第2話「ラビットカツ」
1
今宵、ラジオから「アナザー・カインド・オブ・ソウル」が流れている。
サックスの高音とピアノの軽快な連弾音が食堂中に鳴り響く。
ここ、海賊船食堂は本日も大盛況だ。
なんたって、今日はイングランドの砦を強襲して、お宝をごまんと手に入れたからだ。
船員たちは宴で盛り上がる。
茹でたてのロブスターの甲羅をぽきぽき折るたびに肉汁が床に飛び散る。
ナイフで突き刺したプロシュート・ハムを大口を開けて歯で食いちぎり、ぶどう酒で胃袋の中へかっ込む。ダチョウのゆで卵。ほくほくの湯気の中、荒くれどもが下品に黄身を食い散らかす。
俺はそんな光景が好きだ。なんたって元気に飯食って、ぐっすり寝ることが人間には一番だと思っているからだ。
散らかされた食堂の掃除は楽じゃないけど、まあそこは大目に見るよ。
その代わり、明日のウェールズの砦もきっちり落としてくれ。
俺の名前はモロゾフ。ここの食堂の飯炊き係さ。ボーダーシャツを着て、バンダナ巻いてエプロンをまとって、仲間の胃袋を満たす。
そんな大事な仕事を任されているのさ。
さっきも言ったけど、今夜は宴。奴らの働きのおかげで、俺も厨房で大わらわってわけで。
あらかた仕事も一区切りついたところで、俺も参加しようとテーブルに着いたよ。向かいに座っていたのがポラ爺さんさ。
爺さんはガタイのいい豪傑野郎たちに挟まれて、ひっそりぶどう酒を飲んでいたよ。
そしてゴホゴホ咳をしていた。
そう。今回の話の主役はこの老人なんだ。
もし、あなたがお手隙だったら話を少し聞いてくれないかい。
2
ポラ爺さんはね、昔からの生粋の海賊ではなくて若い頃は漁師だったんだ。
まあ、こんなご時世だからね、海の男が同じ海に生きようとするのは不思議ではない。
「兄さんはどうして海賊に?」
ポラ爺さんは俺に聞いた。
もちろん俺にだって、過去はある。嬉しいことや哀しいこと。光り輝く栄光の日々を過ごしたこともあったよ。
だけど、海賊になった理由は人に話したくはないんだ。誰にだってあるだろ。語りたくない過去ってさ。
ポラ爺さんは、そういうことは粋に理解できる人でさ。すまんかったな、と一言言っただけでそれ以上は聞いて来なかったよ。
ぶどう酒をくいっと飲んでね。
「でもな、わしくらいになると無性に人に聞いて貰いたいときもあってな」
そう言って、うさぎ肉のカツの思い出を話してくれたんだ。
3
ポラ爺さんが若くて漁師だった頃、恋人が居たんだ。
漁師ってのは朝が早くて明けの明星が見えるだろ?
爺さんはその明星を見上げて仕事をするのが大好きだったんだ。
そして夜は恋人と宵の明星を見上げて愛の言葉を語らったりしてたんだって。
恋人の得意料理は、ウサギ肉のカツ、つまりラビットカツだったそうで、それは絶品だったと爺さん笑っていた。
味はチキンカツのようにあっさりとしていて、且つ鳥よりもぷるん、とした食感なんだって。そして衣はサクサクで、若いポラ青年は何枚も何枚もそれは食べたそうな。
でもね、恋人たちに別れの時は訪れる。
恋人の方の親の都合で、隣の島の網元へ嫁に行かされることになったんだ。
2人は駆け落ちすることにした。明日の宵の明星が見える頃、砂浜で待ち合わせよう、と。
でも、そこに恋人は現れなかった。
ポラ青年はそこで悟ったそうだよ。自分よりも親の意向を優先したんだって。
そして彼は1人で故郷を離れた。
そして海賊になった。
それから10年程経って故郷に帰った時、彼は真実を知ったんだ。
実は、あの日の夜、恋人は砂浜へ行こうとしたが、父親に見つかり、納屋へ閉じ込められたんだって。そしてポラが故郷を去って海賊になったことを知って、嘆いて自死してしまった。
ポラ青年は涙が止まらなかった。
どうして恋人を信じてやれなかったのかを。
10日泣いて、ようやく彼は理解した。
愛した者を信じられない自分だったからこそ、堅気を続けられず、海賊になったのだと。
言わば自分が海賊になったことは必然だったのだ、とね。
そしてポラ青年は、海賊として七つの海を航海し、略奪を続け、何十人も人を殺し、ポラ爺さんになった。
4
「それからラビット・カツは食ってないのかい?」
俺は聞いた。
「食ってないね。そりゃ懐かしくて食いたくなる時もあるけど、なんだか少し怖くてね。過去の感情を思い出してしまいそうで」
「それならカツ丼ならどうだい?」
「カツ丼?」
「そう。ジパングの食べ物でね。ジパング人は『コメ』という野菜を毎日食べる。そのコメに卵とオニオンでとじたカツを乗せて食べるんだ」
「それは旨そうだな」
「コメなら丁度ある。ウサギは明日のウェールズ攻略で手に入るだろう。とびきり美味いカツ丼を作ってやるよ」
ポラ爺さんはそれは嬉しそうに笑ったんだ。きっと本当はラビット・カツをずっと食べたかったんだと思う。
「でもコメとかいう野菜ばかり食ってるジパング人は世界一の偏食家だな。世の中には美味いもので溢れているというのに」
……それが俺の知ってる爺さんの最後の言葉さ。
5
翌日のウェールズの砦の攻略中にね、爺さんは咳込んでしまったんだ。元々結核持ちだったからね。その隙にウェールズ兵のロングソードが突き刺さり、血を吐いて爺さんは、この世を去ってしまった。
遺体は仲間が海へ流したそうだよ。海の男は海へ還るものだからな。
ウェールズの砦の攻略自体は成功でね、ウサギは手に入ることができた。
俺は、約束通りカツ丼を作ったよ。
でも、失敗してしまった。
味付けがいつもよりしょっぱいんだよな。
それが俺の涙だって気づくのに、時間がかかったのは言うまでもない。
爺さん、今度は人を信じ抜く人生送れるように生まれ変わりな。
俺はラジオをつけた。今宵も「アナザー・カインド・オブ・ソウル」が流れている。