第1話「海ガメのシチュー」
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海賊、と聞いたらあなたは、どんなイメージが湧くだろう。
悪者、帆船、大砲、中世、大海原、冒険はたまた人気映画やアニメ、といったところだろうか。
キャプテン・キッドとか、黒ひげなど選ばれし有名な海賊もいるけれど、俺が所属している海賊船は、もっと無名でゆるーいとこなのです。
そんな海賊が大勢いるからこそ、有名人も映えるというものだと個人的には思ったり。
だから、というつもりは毛頭ないんだけどね、たまにはうちらの海賊団の話も聞いておくれよ。いいかな?
あ、言い忘れてたけど、俺はこの海賊船の飯炊き係さ。食堂を任されてるんだ。
ボーダーシャツを来て、バンダナで頭を覆ってエプロン纏ってメシを作る。そういう役目。
仲間からは「飯炊きのモロゾフ」と呼ばれているんだ。
連中の腹を満たして働かさせる大事な仕事さ。
まあ、どちらかといえば、うちの食堂よりも隣部屋のバーの方がずっと人気なんだけどさ。
モリキチ、ていけ好かない奴がマスターしてるんだけどね、いっつもバーボンの仕入れだけは怠らなくてね、下級航海士や舵手どもは下品な笑い声あげて楽しんでいるよ。
俺は壁越しにそんな雑音を気にして、仕込みをしながらデッキブラシで床を磨いている。
ラジオの電波なんてただでさえ悪い状況なのにその笑い声で尚更聴こえないときたもんだ。
ちくしょう、今お気に入りの「ジャイアント・ステップス」が流れているのになぁ。
うちらの場所は海賊船の船底だからさ、いつも湿気との闘いでもあるのよね。食料品が腐らないように、蓄え過ぎず、消費過ぎずに適量に使用していくのがコツさ。
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今日のメニューは、ハードビスケットと海ガメ肉のシチュー。
海ガメの肉は海上では貴重なタンパク源だし、何よりも調味料に使っている黒コショウは、お頭たちが天竺の海賊どもから巻き上げた貴重品なんだ。滅多にお目にかかれない代物だよ。
それを惜しげもなく仲間であり部下に食わせてあげるんだからさ、うちのお頭もなかなかだろ? そういう所にみんな惚れて付いて行ってるわけさ。
あ、今回はね、お頭の話ではないんだ。それはまた別の機会にするよ。まあ俺もお頭を慕っている海賊団の中のひとりではあるし、いつかは語りたくもあるんだけどね。
今回の話題の主役は、平船員のヤスゾウって奴なんだ。
ヤスゾウは寝坊ばかりする男でさ、メシを食べに来るのも一番最後。そのうえ完食するまで30分もかかるという少々困った奴でね、ヤスゾウが食べ終えるまで、俺も休憩に入れないもんだからイライラもする訳さ。
でもね、ヤスゾウは、俺の作るメシをいつも美味いと言ってくれる。保存食のハードビスケットだってさ、他の連中は硬いだのボソボソするだのいうけど、ヤスゾウだけは、卵の味がきちんとして好きだと言ってくれるんだよね。
だから今日もさ、一番遅くに来たけど、海ガメ肉と黒コショウを他の奴らより多めにして食べさせてやったよ。もちろん喜んで完食してくれた。
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でもね、それから数日経った後のことなんだけど、そのヤスゾウに俺は心底腹を立てて怒鳴りつけてしまったんだ。
夕食時間の時だったんだけど、ヤスゾウは隣のバーからやって来たんだ。ベロベロに酔っ払ってね。
それでこう言うんだよ。俺の作る料理はいつも温いってね。
それですごく頭がカーッと来てしまってね、だって俺はお頭をはじめ航海長から平船員まで30人の胃袋を預かってるんだぜ。
物理的に皆全員に出来たてを届けるのは無理ってもんさ。
出来るものなら俺だってアツアツの料理を食べさせたいよ。だけど船の中にはレンジもなければ、注文を受けてから作るなんてこともできない。さっきも言ったけど、船の中は湿気との闘いだから食材の保存が難しいんだよ。
俺はヤスゾウに言ってやったね。「いつも温情かけてやってるのにそれを仇で返しやがって! しばらくここに来るんじゃねぇ!!」てね。
奴は酔いの醒めた顔をしてたけど、もう手遅れと察してションボリ出て行ったよ。
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それからヤスゾウの奴は食堂に現れなくなったよ。保存食のハードビスケットだけを奴と仲良い平船員に持たして渡すように言ってね。
なにせさ、こちらは30人の胃袋を預かっているから、たかが平船員1人だけ気にかけている訳にはいかないのさ。
ある日、うちの海賊船が新大陸に上陸してね、そこの原住民と死闘を繰り返したのさ。
そこで、ヤスゾウが大怪我をしたと耳にしたんだ。槍で脇腹を突かれたみたいなんだ。
うちの船医ははっきり言ってヤブだから、それこそバーボンを傷口に吹き付けて後は包帯巻いてるだけらしい。
俺、ヤスゾウが心配になって、奴に海ガメ肉のローストを作ってみたんだ。ローストタートルとでもいうのかな。まあ名前はどうでもいいや。
それが功を奏したのか、ヤスゾウの傷はどんどん良くなってね。すっかり完治したと、伝聞で聞いたよ。
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今夜もラジオで「ジャイアント・ステップス」が流れてる。食堂は皆メシを食べ終えて俺は食器を洗いながら、明日の仕込みをしている。
最近、陸に上がってないから食材がなくてね、皆の革靴を回収してさ、それをくたくたに煮込んで柔らかくしてから、カラッとカツを揚げるつもりさ。
カランと扉が開く音が聞こえた。
ヤスゾウだった。すっかり傷も治って顔色もいい。奴が食堂に来るのは、俺が追い出して以来だった。
「この前は本当にすみませんでした」ヤスゾウは頭を下げた。「それと、ローストタートルありがとうございました。あれのおかげで傷も早く治りました」
俺は厨房に戻り、「シチューしかないけど食うか?」と言った。
ヤスゾウはニコッと笑って頷いた。
相変わらずメシを食うのに時間のかかる奴だったが、今夜はイライラしなかった。きっと「ジャイアント・ステップス」が流れてるからだろう。
メシ食った後、ヤスゾウはこう言ったよ「シチューって温かい食べ物だったんですね」だって。
相変わらずとぼけた野郎さ。まあ、これからはまたいつものように食いに来いよ。
良かったら、あなたもさ。