3.異世界に喚び出されて
その日、城にはピリピリと張り詰めた空気が漂っていた。
星詠みたちが決めた日取りに合わせ、国に名だたる魔術師たちが一同に会し、城の地下で儀式に望んでいるからだ。
勇者召喚の儀式。
世界の大部分が魔族に侵略されてしまっている現状を打破するために残された、唯一とも言って良い手段だった。
「まもなくゲートが開かれます。陛下、お下がりくださいませ」
地下神殿とも言うべき広い一室。壁、柱、ありとあらゆるところに施された魔法陣の文字。中央の円形の台座を囲うように配置された魔術師たちは、皆一心に呪文を唱え、その身には魔術に使われている文字が帯のように浮かびあがり、ゆっくりと部屋に広がっていく。
王は頷くと、声をかけてきた神官の後ろに下がった。
王は魔法には疎かったが、この部屋に充満するマナの濃さを肌で感じていた。
この儀式は失敗できない。この日のために半年も前から準備を進めてきたのだ。星の並び、術者たちの状態、必要な触媒、どれをとっても今を逃せば次に最高のものを用意できるのは早くても数カ月後になるだろう。王の意気込みは、危険とわかっていながらもこの場に居合わせていることからも伺える。
術者たちの詠唱が続く。空間を包んでいたマナが更に濃くなっていき、魔力として空気に質量を負わせ始める。これほどの量の魔力を必要とする術など、そうありはしない。
勇者。
神によって選定され、この世界へとやってくる被召喚者の中でも、特に強力な力とスキルを持った存在。
その力は神に通じ、たった一人で万の兵と同等かそれ以上の力を持つものもいたと言う。過去にも世界の危機を救った、確かな存在だ。
そのような力を持つものならば今のこの現状も打破しうるだろうと、国の神官、魔術師たちは声を揃え、今日に至るのである。
「来ます!」
魔術師の一人が叫ぶ。と、その瞬間、その場にいた全員が今まで見たこともないほどの輝きが部屋の中央からほとばしった。誰もが目を塞ぎ、それでもまぶたを貫通してくる光に苦悶する。
――ズンッ!!
地下神殿全体が揺れるほどの衝撃が走ったかと思うと、パリパリッとした乾いた音と、焼け焦げたような臭いが辺りを漂った。
まだ戻らない視界に、王がまぶたを何度も瞬かせていると、次に聞こえてきたのは信じられない言葉だった。
「ま、魔王だ! 魔王だーーー!!!!」
驚愕の声を上げる神官や魔術師たちを尻目に、神殿の中央の台座からゆっくりと立ち上がる、黒髪の青年がそこに居た。
□ □
俺は水に流されるような感覚を味わっていた。息は苦しくない。一体どこまでこの空間は続いているのだろう。
黒い闇の中を、光の粒子が散らばり、俺に触れては輝いて後ろへと流れていく。いや、粒子はその場で漂っているだけで、俺が進んでいるからそう見えるのだろう。
しばらく時間が経つがいっこうに出口に出る気配がない。
ただ光の粒子を眺めているのも悪くないが、なんとなしに俺はストレッチを始めた。出た瞬間に体が強張っていてコケたりしたら格好がつかない。
ストレッチを始めると、俺の体がくるくると回転したり、逆さになったりしたものの、特に不快に感じるわけでもなく、時間は過ぎていった。
まだつかないのか。どれくらい時間がたったのか、感覚も薄れてきた。
そういえば、と自分のステータスを改めて見てみる。自分のステータスならば、特殊な能力を持たなくとも少し念じるだけで確認できた。
先ほど読み取れなかった名前とユニークスキルが気になったのだ。
名前:ーーーーーー
種族:人間(異世界人)
レベル:5
称号:なし
※スキル:
徒手格闘Lv3
武術Lv5
運搬Lv2
他2つのユニークスキル
レベルがひとつ下がって推定じゃなくなったのと、称号欄が横棒から「なし」に変化し、かすれかけていた武術がはっきりとした文字に変わっている。
が、相変わらず名前とユニークスキルの詳細は確認できない。これはまだ神の力の影響があるということなのだろうか? 世界にかかる負荷というのはいったいどういうものなのだろう。
そこでふと、俺はあることに気づく。
神の名前を聞いていなかったのだ。世界に存在する神は一柱だけではないならば、名前くらい聞いておけばよかったと今更ながら思う。
そして神の顔を思い描こうとして、再び気づいた。
思い出せない。
何故だ? ぐるぐると巡る思考の中、俺が神について覚えていることが子供のような字を書くということと、あとは大切な何かを奪われたような気がする。
思い出せない
何だ? 何を俺は奪われた? いや、本当に何かを奪われたのか? 相手は神だぞ?
疑問がぐるぐると巡り、俺の脳内を占拠していく。
もう一度ステータスを確認しよう。何かそこに関係するものだった気がする。
名前:神野 定臣
種族:人間(異世界人)
レベル:5
称号:なし
※スキル:
徒手格闘Lv3
武術Lv5
運搬Lv2
他2つのユニークスキル
うん、大丈夫そうだ。何も変わってはいない。
気のせいだったのだろうか。ほっと一息ついたところで、進んだ先に光が見えた。
□ □
――ズンッ!!
(……いっっってえ!!!!)
光をくぐった先、視界が開けたかと思えば、突然薄暗い部屋の硬い床に叩きつけられそうになり、咄嗟に体を縮こませて何とか脚から着地する。脚を軽く伸ばしてクッションに出来ればよかったのだが、縮こまった体制のままだったせいで、衝撃がモロに脚腰に響く。痺れる足を堪えて立ち上がろうとすると、男の叫びが耳をつんざく。
「ま、魔王だ! 魔王だーーー!!!!」
魔王? おいおい冗談じゃない。召喚された瞬間にラスボスにエンカウントなんて、強制死亡イベントもいいところだ。
隙を見せないように奥歯を噛み、表情を引き締めて周りの状況を伺う。呆けた顔なんてしてたら一瞬で殺されてしまうんじゃないかという危機意識がそうさせていた。
まず周りを囲うように立つ、白いローブを着た集団が目に入った。それらの間を縫うように鎧を着込んだ兵士が抜身の剣を構えている。正面に見える通路の入り口には、他のローブの連中よりも上物のローブを着た男が俺を睨みつけ。その男の影に、ひときわ派手な服装の小太りの男が驚いたような顔を向けている。
え?
なんだこの状況。魔王はどうした?
と、眉をひそめそうになった途端、俺の体が光の帯でぐるぐる巻にされた。かなり強い力で縛られ、思わず苦悶の表情を浮かべてしまう。
「拘束陣発動を確認! 続いて対魔法術式の発現も確認しました。もう大丈夫です陛下。魔王とは言え生まれたてでは、この状況下、何も出来ますまい」
上物のローブの男が後ろに居た小太りに声をかける。うむ、と陛下と呼ばれた小太りが返事をすると一歩前に出てきた。
もしかしてこの状況は、俺が魔王だと思われているってことか? おいおい冗談じゃないぞ!?
弁解しようと口を開いた瞬間、光の帯が俺の顔を覆う。口を塞がれると同時に視界も覆われて何も見えなくなってしまった。
「まさか勇者を召喚しようとして魔王を呼び出してしまうとはな……おい何をしている! 即刻この者の首を刎ねよ!!」
「お待ちください陛下。この者が伝承通りの魔王ならば、今ここで首を刎ねるのは危険でございます。溢れかえった魔力が暴走しないとも限りませぬ。このまま拘束し、地下牢に一旦閉じ込めておき、然るべき準備の後に処刑したほうがよろしいかと」
「うむ……そうか、まかせるぞ」
「はっ。では兵をお借りします。……聞いていたな、その者を運び出せ」
首を刎ねるとか処刑とか物騒な言葉が聞こえてくるたび、俺は不甲斐なくも体をこわばらせてしまった。
俺は、世界を救うために呼ばれたんじゃなかったのか? なぜ俺は魔王などと言われているんだ……?
俺が、一体、何をしたっていうんだ……?
疑問を口にだすことを許されず。心で誰ともなしに尋ねても、答えるものはない。
やがて俺の体は何人かに担ぎ上げられ、どこかへと運ばれていった。
極力毎日書いてはいるのですが、なかなかまとまった文章量にならず……
毎日更新してる人はすごいですねホント
予定よりも話が進んでません。プロットを書かず、設定もぼんやりしたまま書いている弊害がものすごくでてます。一度しっかり固めてから書いたほうがいい気もするのですが、練習を兼ねてるのでこのまま行けるだけ行きたいと思います