ななついわい・弐
翌朝、村の広場に呼び出された僕は村人に囲まれていた。
村をあげての祭事だ、恐らく村に住むものは全員ここに集まっているのだろう。
輪の中心には僕、村長、傍らには母。
「今年のニエは、タエんとこの坊だあ。」
村長は集まった村人に呼びかける。
村人たちは、母の名前を聞くなりざわついた。
(7年前の事件の女かあ……)
(トオル様さ騙して……逃げたくせに……)
(あいつが村さ来なければ……)
祝いがこんなに殺伐としているものか。
僕はこいつらの為に、神に祝詞をあげるわけじゃない。
ただただ、母の為に。それだけだ。
「これが成功したら、かあさんはもう、かなしくないんだよね」
「え、ええ…」
歯切れ悪く返す母を押しのけ、村長が割って入ってくる。
「んああ、勿論だども!お前が社に行って、ヌシ様へお供えをする、そして7日の間お世話をする。
そんだけの事じゃ。そしたら、おまえも、母ちゃんもおらたちの仲間と認めてやる」
別にこいつらに認めてもらいたいとか、そんな事は無いのだけれど。
それでも、母への冷遇がなくなり、平穏に暮らせるならばどう思われようと構わない。
「ミサキ、ごめんね。ごめんね…」
「泣かないで母さん。どうしてあやまるの?僕、できるよ。だから泣かないで」
「ごめんね……私は……だわ……おねがい……を……■して」
「えっ……??かあさん、今なんて……」
その言葉の意味を聞き返す間もなく、母と僕は村人たちに引き離された。
母から告げられた言葉が、そして先日薔薇の女に告げられた言葉が脳裏をよぎる。
この儀式は一体なんなのか。
村の意図を、母の意図を問いただすべきなのだろうか。
しかし、僕は振り返るのが怖かった。
どちらにせよ、この階段を進むしか選択肢は無いのだから。
それならば、たとえどんな真実が隠されていたとしても
今の自分にできることはニエとして社へ進む、これしか無いのだ。
僕は、すうっと深呼吸をした。
胸元に忍ばせた、ハンカチーフからかすかに薔薇が香る。
それは、不思議な事に、遠い記憶を呼び起こす香りだった。
そして、更に不思議なのは、呼び起こされたその記憶は僕自身のものでないという事だ。
【幻視】とでも言うべきだろうか。
かつてここで起こったのであろう【事件】が眼前で繰り広げられている。
社の方から、若い男が、ゆらり、ゆらりと階段を降りてくる。
手には今しがた使われたばかりであろう、刀身の赤く煌く小刀をぶら下げて。
真っ白な着物は、夥しい量の血液がその地紋にそって吸い上げられている所為で
まるで赤い花が乱れ咲いているように、布地を華々しく染め上げていた。
するとそこへ、若い女が懐に飛び込んでいく。
凶行の痕に恐れる事もなく、愛情と慈しみをもって男をしかりつけている。
ああこれは、土地の記憶か、でなければ母の記憶だろう。
(ぐしゃぐしゃに泣き腫らした女の顔は、僕の良く知っているものだったからだ)
「かあさん……?」
僕の呼びかけに2人は気付く様子はない。
そして、2人は何か話しているがあちらの声も僕には届かない。
社から降りてきた血塗れの男。
ありし日の母。
親密な間柄と思われる2人。
きっとあの社には、母に、そして僕に関わる何かがある。
そう確信した途端、先ほどまで全身を支配していた恐怖感はすうっと消えてしまった。
僕は母をこれほどまでに苦しめるものの正体を知りたい。
そして、それが自身にとってどのような存在なのかを知りたい。
僕は、速やかに山頂にそびえる社へ歩みを進めた。
手にはあのハンカチーフを握り締めながら。