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狼狽える炎の精霊編。

<8>


 翌日の土曜日。少年二人はやはり部屋に籠もって勉強している。

その為桃は、香恋とびとーと一緒に自分の部屋にいた。

「ねぇ、かれん!おうた、うたおうよ!」

 ねだる桃に香恋は優しく微笑んだ。

「良いわ。だけど、お兄ちゃん達がお勉強してるから、小さい声でね。」

「うん。」

 嬉しそうに頷く桃。二人は小さな声で色々な歌を口ずさんだ。

 びとーはまた、向かい側で壁に寄り掛かって腕組みをし、

見るともなしに二人の様子を見ている。

桃はともかく、香恋の声は透き通っていて心地よい。

びとーはいつの間にか眠ってしまった。

「…びとー、ねちゃったよ?」

 桃がびとーの隣まで行って、座った。それを追って、香恋もびとーの隣に座る。

「そうね。疲れているのかも…。」

「しづかにしてよーね。」

 笑顔の桃に、香恋も微笑み返した。


「…重い。」

 びとーが目を覚ますと、自分の右膝に突っ伏すようにして桃が寝ている。

桃は、ダウン症の特性でもあるが、異常に身体が柔らかい。

胡座をかくように座った状態で、

前にあるびとーの右膝の上に額を押し付けるように寝ているのだ。

だが、眠る桃はいつも以上に重く、同じ格好のままでいるのはびとーでも辛い。

体勢を変えようと身動きすると、左の肩に軽く負荷が掛かった。

意識がはっきりしないまま視線を移して、一気に目が冴える。

 香恋が左肩に寄り掛かって眠っていた。

 膝の上の桃と比べると、細いせいか、あまり重さを感じさせない。

すぐ側にある顔はびとーを見上げるように少し上を向いている。

その小さな顔は綺麗で少し幼くて、とても無防備に見えた。

だが、こんな香恋を見るのは初めてではない気がする。

というか、こんな風に香恋を見ていることが初めてでは無かったのかもしれなかった。

炎の精にそういった自覚が無かっただけで。

『…いつもこうなら、まだ可愛い気があるんだけどな。』

 何故か勿体ない気がして、起こさないようにその寝顔を見つめた。

吸い寄せられるように、視線が外せなくなる。

『どうしてこの唇からあんな綺麗な声が出るんだ…?』

 不思議に思えて、つい無意識に頬に手を伸ばす。

頬に軽く手を当て、親指の先で香恋の唇をなぞるように触れた。

それは驚くほど艶やかで柔らかい。

 何だか悪いことをしてしまった気分になって、びとーは慌てて手を引っ込めた。

視線を逸らす。

 びとーが動いてしまった反動か、香恋が身じろぎする。

腕に縋り付くように身体の向きを変えた。と、ふんわりしたものが密着するのを感じる。首筋には甘い寝息が軽くかかる。

一瞬にして、びとーの血が沸騰しかけた。

だが、それを具現化してしまうと、水の精ばかりか主人である桃まで傷付けてしまう。

 びとーは気を落ち着かせようと、荒く息をした。

急激に起こった訳の判らない感情を抑え込もうとする。

何とか激情をやり過ごすと、もう一度香恋の寝顔を見つめた。

 無邪気な寝顔を見る限り、香恋にびとーを誘惑しているつもりは全くない。

それどころか、一人の男として意識しているかさえ怪しいものだと、びとーは思っている。単に自分が勝手に翻弄されているだけなのだ。

口づけを求めるような薄いピンクの艶やかさや、

腕に押し当てられた信じられない程の柔らかさを誇るその感触に。

 びとーは水の精の唇から瞳を逸らした。

だがそうすると、今度は腕に当たる感触に意識が向いてしまう。

そして結局、また香恋の寝顔に瞳が行く。

「…ったく。本気で、腹立つ女だな。」

 小さく呟いた。

 


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