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その日の夜は、宿題を終わらせた後、檸檬と亨の勉強の邪魔にならないように、
桃はびとーと香恋と一緒に自分の部屋に戻った。
「桃ちゃん、お絵かきする?」
香恋が尋ねると桃は大きく頷いた。
「うん!」
桃の部屋には、学習机とベッド、箪笥の他に、小さなテーブルがある。
これは檸檬の部屋でも同じだが、
要するに兄妹一緒に宿題をしたり本を読んだりできるように置いてあるのだ。
桃は自分でお絵かきの準備をして、自分でお絵かきを始めた。ただ時折
「これはおにいちゃん。」
とか
「びとーのえ。」
等と言いながら、香恋に絵を見せている。
桃の隣には香恋が座っていて、笑顔で
「桃ちゃん、上手ね。」
とか
「色がとっても綺麗。」
とか言って、桃を喜ばせていた。
炎の精霊は二人の向かい側に、壁に寄り掛かりながら座っていた。
ぼんやり二人の様子を見ている。
桃はいつものように何の邪気も無い極上の笑顔を見せている。
だが、その隣の香恋も、温かく柔らかい微笑みで桃を見つめている。声もとても優しい。
「…俺には絶対あんな顔見せないクセによ。」
つい呟いてしまってから、自分の言葉を意識する。視線を外した。
「…何、言ってんだ?俺…。」
香恋が瞳を上げた。眼差しがキツい。
「何、一人でブツブツ言ってんの?気味が悪いじゃない。」
これである。
「何でもねぇよ。」
びとーも素っ気なく言った。
「かれん、おててよごれちゃった。」
「見せて。」
水性ペンでお絵かきしていたせいで、手にペンの色が付いてしまったのだ。
その手を香恋がゆっくり優しく撫でると、桃の掌はすっかり綺麗になった。
代わりに香恋の人差し指の先の色が変わる。
それは、指先に色が移ったというのではなく、指の色そのものが黒っぽく変わったのだ。
「…香、恋。その指…。」
びとーが驚きで上体を起こすと、香恋は呆れたような顔をした。
「ペンのインクを取り込んだだけよ?
親父さんと一緒に住んでた頃にも、こういうことあったでしょ?
マクがソースをぶちまけちゃって。」
香恋の言う親父さんとは、二人を召喚した最初の主人である。
「そんなこと、あったか?」
「あったわよ。あの時は私の手首から下が変色したのを見ていた筈よ?」
そう香恋に言われて、びとーは肩をすくめた。
「覚えてない。」
「ほんと、自分の興味の無いことには一切頭を使わないのね。」
香恋の指の色が段々薄くなっていく。
「色が戻ってきたな。どうしてそうなるんだ?」
「自然治癒力よ。」
「治癒力?」
「そう。びとーが浄化する時は高温の炎で一気に焼き尽くすでしょ?
私の場合は自分の身体に取り込んで、自分の治癒力で浄化させるの。
だから、強い穢れや大量の汚れを取り込むことには無理がある。
限度を超えると、人間が毒を飲むのと同じで、
治癒し切れずに消滅することもありうるから。
勿論、桃ちゃんの手の汚れを取るくらいなら、何ともないけれど。」
「そうなのか。知らなかったぜ。」
香恋は視線を逸らした。
「良いんじゃないの?別に知らなくても困るようなことじゃないでしょ?」