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亨の打ち明け話編。長いです。
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「…檸檬。ちょっと良いか?」
桃を連れて学校を出ると、躊躇いがちに亨が口を開いた。
「何?」
「久し振りに、桃ちゃんに会ったけど…、何か…、精霊率、高くない?桃ちゃんの周り…。」
檸檬は一瞬、親友が何を言ったのか、掴めなかった。
一拍遅れて、その意味するところに気が付く。
「とっ、亨?!」
躊躇いを隠しもしないまま、亨は続けた。
「…桃ちゃんがひとり連れてるから、檸檬には言っても大丈夫だよな。
実は俺、小さい頃から視えるんだ、精霊とか妖精とか…。」
思いもよらない親友の告白に、いつもはクールな檸檬も口を開けて硬直している。
その様子を横目で見ながら、不安そうに亨は続けた。
「これまで、誰かに話しても信じてもらえなくって、頭がおかしいみたいに言われるから、あんまり打ち明けたこと無かったんだけど…。」
亨は瞳を伏せた。
「檸檬にだけは知っていてもらいたいって思う反面、
檸檬にまで異常だって思われるのも怖くて、なかなか切り出せなくて…。」
そういえば、檸檬も香恋と契約したものの、香恋には桃に付いていてもらっていた為、自分が連れている姿を亨に見せたことは無い。
「そうだったのか…。凄いな。」
笑顔で言った後、檸檬は桃の手を取り、亨に向き直った。
「亨。悪いけど、もう一回理事長先生のところに行って良いか?」
亨は素直に頷いた。
「理事長先生!」
一度は帰った筈の檸檬が血相を変えて飛び込んできた為、光輝も玲も驚く。
「どうしたんだい?檸檬くん。」
「すみません!でも…。」
檸檬が亨に促すような眼差しを向けると、亨は頷いて口を開いた。
「桃ちゃんの肩に女性がひとり、俺には透視の能力は無いんで確実ではありませんが、
理事長先生と秘書の方の胸のポケット、微かに気配を感じるので多分ひとりずつ、
そして事務局にいる凄い綺麗な男の人も。」
亨は真っ直ぐ光輝を見た。
「精霊、ですよね?」
「「えっ?!」」
驚く光輝や玲にも、実は、仕事中のびとー以外の精霊達の姿は見えていない。
ただ各々、自分の胸に一人隠れていることをなんとなく感じるだけだ。
「…実は俺、視えるんです。子供の頃から…。」
「亨くん。檸檬くんも、座って。」
光輝が言い、玲が内線でびとーを呼び出す。
それから玲は冷たい麦茶を人数分、用意した。
小さくなって桃の肩に座っていた香恋も、大きさはそのまま、見える姿になる。
テーブルの上に降り立った。
水の精に倣って、土の精霊、雷の精霊も、小さい姿のまま現れ、テーブルの上に座る。
「改めて確認するけれど。」
びとーも現れて、光輝の横に座る。
その膝に桃を座らせるのを確認して、光輝は切り出した。
「亨くんには見えるんだよね、精霊が。」
「…はい。」
「そして、人間の姿になっている精霊も見分けることができる。」
亨は堅い表情のまま、頷いた。
「その通りです。」
「まぁ、桃ちゃんにも見えているようですから、
他に見える方がいても不思議ではありませんが。」
玲が言うと、光輝は嬉しそうに微笑んだ。
男の亨でも惚れ惚れするような笑顔だった。
「でも、その内の一人が檸檬くんの親友で、しかもこんな良い子だっていうのが嬉しいな。運命の不思議を感じてしまうよ。」
檸檬以外にも笑顔で受け入れてくれる相手がいたことに、亨は喜びを隠しきれない。
頬を紅潮させて話し出した。
「俺、小さい頃から、幽霊は見えなかったけど、精霊や妖精の姿は見えていて…。」
みんな頷きながら聞いている。
「でも、それを言うと、両親にさえも信じてもらえないばかりか異常だと思われて…。
だから、親友の檸檬にも何回打ち明けようと思ったか判りませんが、
その度に檸檬にまで疑われたらって、異常者のように思われたらって考えると、
怖くて怖くてずっと言い出せなかったんです…。」
「不安になって当たり前だね。…でも多分、檸檬くんなら大丈夫だったよ。
桃ちゃんにびとーが付いた時も、驚いたのは一瞬で、
その後は、普通の人間から見ると異常とも言えるこの状況に、
しっかり順応していたからね、僕達以上に。」
と光輝が言うと、亨が驚いて声を上げた。
「えっ?!桃ちゃんと契約した精霊がいるんですかっ?!
ただ、桃ちゃんを慕って側にいる訳じゃなくてっ?!」
確かにダウン症である桃と精霊が契約しているなんて話は、常軌を逸している。
「じゃあ、さっき肩に乗っていた女性は…。」
「いえ、彼女ではありません。今、桃ちゃんがぴったりくっついているでしょう?」
玲が言うと、亨は桃を抱っこしているびとーに視線を移した。
炎の精は微かに頷いて見せる。
「じゃあ、桃ちゃんの為に、人間に化けてまで仕事までしてるんですかっ?」
「いや。これは成り行きなんだが…。」
だが、亨は瞳を輝かせた。
「そうだったのか~。凄いな~。」
「…で、亨くん。今君は、誰か精霊と契約しているのかい?」
亨は首を振った。
「いえ。俺は見ることはできますけど、
契約っていうのは、これまで一度もしたこと無いんです。」
「…そうなのか。」
頷いた光輝は、真剣な瞳で亨を真っ直ぐ見た。
「亨くんにお願いがあるんだ。」
「お願い、ですか?」
「うん。」
光輝だけでなく、その場にいた、桃以外の全員が真剣な顔で見つめてくるので、
亨は緊張で顔を強張らせた。
「何でしょう、か…?」
「桃ちゃんの為に、協力してもらえないかい?」
亨は光輝の言葉を反芻する。
「桃ちゃんの、為に…?」
「うん。その力を桃ちゃんの為に使ってほしい。」
亨は顔を上げた。
「桃ちゃんは俺にとっても可愛い妹です。俺にできることなら、言って下さい。」
亨のこの思い切りの良さは、確かに檸檬と似通ったところがあると、
好意的に感じる大人達だ。
「桃ちゃんが精霊と契約してしまった以上、
それに絡むトラブルも出てこないとは限らない。
だからもし、悪意を持って桃ちゃんに近付く精霊を見掛けたら、
檸檬くんや僕達に教えて欲しいんだ。」
「要するにセンサーの役割をすれば良いってことですね。」
頭脳のキレも良く、余計な説明を必要としない亨に、
更に大人達は顔には出さずに感心した。
こういう少年は檸檬くらいかと思っていたが、
類は友を呼ぶというのを目の当たりにした気分だ。
「判りました。…いつも桃ちゃんと一緒にいられる訳じゃないけど、
俺にできる範囲で頑張ります。」
「ありがとう。」
みんなの笑顔を向けられて、亨は益々嬉しくなる。
これまで忌み嫌っていたこの能力を認め、必要としてくれる相手がいるのだ。
そしてその中には、自分が大切に思っている親友の檸檬もいる。
「ありがとうって言いたいのは、俺の方です。これから宜しくお願いします。」
亨は朗らかに笑った。