<23>
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檸檬はアロマキャンドルを点けて起きていた。
びとーの帰りが遅く、心配になのだ。
仕事があると言ってはいたが、もう日付が変わっている。
呑みに行った時でさえもここまで遅いことは無いのに、
こんなに遅くまでびとーが仕事をすることを、光輝が赦すとはとても思えなかった。
本を読む気にも、参考書を開く気にもならず、檸檬はただぼんやりと座っていた。
明かりが点いているのに気付いたのだろう、香恋が部屋に入ってきた。
「…どうしたの?」
「びとーがまだ帰ってこない。」
短く言うと、香恋も怪訝な表情を浮かべた。
「…確かに遅すぎるわね。ちょっと見に行ってくるわ。」
と、その時、やっとびとーが姿を現した。
「…遅くなって悪かった。」
謝るびとーの瞳は暗い。
「何があったの?」
間髪を入れずに檸檬が尋ねた。
「…何も無かった、といって承知してもらえる訳はないよな。」
ため息をついて、びとーは腰を下ろした。二人に向き直る。
「檸檬も香恋も、瑞輝が追っていた呪われた石の話は知っているな。」
二人は同時に頷いた。
「あれが塔に現れた。」
「「えっ?」」
「…今日の午後、持ち主だったジョージ・スプリングフィールド氏が変死したらしい。
ミイラのように血液が無くなっていて、黒い石の指輪も消えていたという話だった。
そして夕方、突然塔にその指輪が現れた。
…どうやらあの石には自分で持ち主を選び、追い掛けてくるだけの力があったらしい。
スプリングフィールド氏の命を奪った後、
魅入られそうになりながら上手く逃げた瑞輝に執着したのか、
それとも流された血を追い求めて現れたのかは解らないが……。
で、折悪しく、いつもは光輝の胸ポケットにいる壮が、
今日は面倒だからと、塔のリビングに瑞輝と風雅と一緒にいたんだ。
そこに黒い石が現れた為に、血の呪いを吸収してしまった。
その頃、俺はまだ仕事をしていて、光輝が顔を出したんだが、
壮の契約者であった為に大きく影響を受けたらしく、その場で倒れて今も意識が無い。
慌てている間に、血の呪いは全て壮が吸収してしまったらしく、
気が付いた時には純粋なダイヤモンドの指輪だけがリビングに転がっていたぜ…。」
檸檬は眉をひそめた。
「…それってもう浄化できないの?」
びとーは瞳を伏せた。
「指輪自体はもう完全に呪いの力から解放されている。
単なる普通のダイヤモンドになってしまったんだ。
あの指輪に呪いが閉じこめられたままだったなら、
俺が炎で浄化し、焼き尽くすことができたんだが、
呪いの全てが壮の中に入ってしまった今では、もう為す術が無い。」
「そんな!理事長先生も壮さんも助けられないの?」
「手立てが無い。」
それまで静かに聞いていた香恋が顔を上げた。
「ひとつだけ方法があるわ。」
「何?」
聞き返す炎の精を、水の精は押し止めた。
「まずは檸檬にお願いよ。私との契約を切って。
それが二人を助ける為の最低限の条件なの。」
「理由を聞かなきゃできない!」
激しい檸檬の反発に、水の精は微かに微笑んだ。
「今は時間が無いの。後でびとーから説明を聞いて。とにかく契約は解除して欲しいの。」
とりあえず檸檬は頷いてみせる。もう一度水の精は微笑んで言った。
「今夜はもう遅いから、檸檬は眠りなさい。
明日になれば、びとーが全て説明してくれるわ。」
香恋はびとーに向き直った。
「行きましょ。」
檸檬がそれを止める。
「少しだけびとーと話をさせて。」
そして耳打ちした。
「香恋が何を考えているか判らないけど、
多分俺が理事長先生のようにならない為に、契約を切ろうとしてるんだと思う。
だけど俺は、それなら尚更、契約を切りたくはないんだ。
香恋に頼るだけ頼っておいて、いざとなったら捨てるような真似はしたくないからね。
だからびとーも、それだけは承知しておいて。」




