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「…それにしても、思い切ったことをやったね。自分で脚を刺すなんて。」
その夜は久し振りにみんなが揃った。瑞輝の話を聞いた弟が苦笑しつつ言う。
兄がしょっちゅう危ないことをやっていると知っている為、声に重みは無い。
この程度のことはよくあるのだろう。
炎の精は、今日は珍しくシャンパンを呑んでいる。
前述の通り、大谷兄弟の元にある酒類の半分以上が沖田 重行校長からの頂き物だ。
沖田校長が下戸であることを知らない者から沖田校長に贈られる酒類は、
その厳格そうな容姿の為か、日本酒かウィスキーが多い。
ワインやシャンパンが流れてくることは滅多に無かった。
今回は特別に珍しいといえるだろう。
「…だが、こうなる前に風雅は止められなかったのか?」
眉をひそめるびとーに、瑞輝本人が首を振った。
「止められなかったんじゃない。
俺が自分で始末を付けるべきことに、風雅を利用したくないだけだ。
大体、降りかかる危険を自分で回避できないようじゃ、
トレジャーハンターとしては失格だろう?」
びとーにしても、その気持ちは判らないでもない。
というより、男である以上、そうでなければ、という気持ちの方が強いのだが、
無鉄砲さが残る瑞輝の行動を懸念する気持ちも間違いなく自分の中にある。
いらぬ心配だとは承知しているのだが。
「…だが、その石を放置しておくのは、確かにマズい…。」
いつもは日本酒が無い限り出てこない土の精霊が、今夜は光輝の横に座っている。
石というのは大地に属するものであるが故に、
それが人々に害を為すと聞いて黙ってはいられないのだろう。
「…僕の勝手な見解なんだけど、香恋はこの件に関わらない方が良い気がするんだ。
ブラッディダイヤモンドを黒く染めている負の力は、
元々は流された人間の血、水分だから。
香恋が接触した場合、誰よりも汚染されやすいと考えられるだろう?」
光輝が言うと、玲も口を開いた。
「壮さんにも同じ事が言えます。
大地に水が染み込むように、呪いの全てを吸収しかねません。
…勿論人間と違って精霊ですから、瑞輝さんが陥ったような、
殺人の衝動や黒い石に対する猛烈な欲が起こるかどうかは判断しかねますが、
呪いに心身を蝕まれる状態になる可能性があることは否定できません。」
「この石には当然人間も近付かない方が良策です。瑞輝の二の舞になりますから。
一番良いと考えられるのは、
私が黒い石を何重もの空気の層に包み込んでびとーの元まで運び、
一気に燃焼させることでしょう。」
そう言って、風雅は瞳を伏せた。
「だが、あの石をどうやって手に入れるか…、それが最大の難関になりますね。」
「…スプリングフィールド氏は、どうやってその石を手に入れたのかしら?」
水の精が首を傾げる。瑞輝は顔をしかめた。
「それは判らなかった。
氏は縁があって、と言っていたし、情報屋もどうやって渡ったかまでは知らなかった。
更に言えば、前の持ち主だと思われるハミル侯爵の関係者は、
彼が自らあの石を手放した訳じゃなく、消えたと言っている。」
「…騒ぎに乗じて、誰かが盗んだんじゃないの?」
閃が口を挟んだが、瑞輝は首を振った。
「その気さえあれば、誰にでも隙をついて盗み出して売り捌くチャンスもあったとは思う。だけどそれはあまり現実味が無いんだ。
石を見ただけで自我が奪われるような感覚に陥るんだから、
盗んだ者が冷静に次の行動に移れるということそのものに疑問が残る。
なら、スプリングフィールド氏自らが盗みに入ったかというとそれも奇妙だ。
オーストラリアで事業をしている彼に、ロンドンまで単独で行って盗みを働き、
オーストラリアまで戻るなんていう時間的余裕は無かった筈だし、
そもそもSPがいて、単独行動自体があまり無いからな。…だから本当に謎なんだ。」
「判らないんじゃ参考にしようがないな。」
びとーが考えながら呟く。
「それと、これもハミル侯爵の関係者から伺いましたが、
持ち主から指輪を外そうとしても指と一体化したかのように外れなかった、
と言っていました。力で氏から石を取り上げるのも、おそらく無理だと思います。」
使い魔の言葉に頷き、瑞輝は瞳を伏せた。
「…本当に、どうやって石を手に入れるか…。悩みどころだな…。」
だが、これに関しては、誰にも案が浮かばない。人間が近付くと魅入られてしまう。
精霊が動いたにしても、取り上げることはおそらく不可能。
結局、この夜は何も打開策が見つからないまま、解散することになった。