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その後。少し雑談してから、水の精は桃のところに戻った。
しばらくすると炎の精もやってくる。
ベッドのすぐ横の床に座り、寂しそうに桃の頭を撫でる水の精に、炎の精は問い掛けた。
「…どうした?眠らないのか?」
光輝は、当然のことながら、精霊達にもそれぞれ部屋を用意してくれてあった。
炎の精と水の精の部屋は、桃の部屋を真ん中にして両隣にある。
「うん…。もう少ししてから…。」
電気スタンドの薄明かりの中では、水の精は幻想的な美しさを見せる。
太陽の光の中とはまた違った透明感が感じられた。
だからかもしれない。炎の精には水の精がとても小さく見えた。
寂しそうな表情が益々儚く感じさせる。
独りにしてはいけないような気がして、すぐ隣に座る。
「どうした?何かあったのか?」
水の精は小さく首を振った。
「…何でもないの。ただ、玲も閃も私と同じ思いを持っているんだなって思っただけで…。」
「…桃や檸檬を襲ったことか?」
香恋はこくんと頷いた。
「あの時あなたは言ったわよね。目の前で桃ちゃんと檸檬を失うくらいなら自分もって…。今なら判るの、その気持ち…。だけど、今頃判っても、もう遅いのよね…。
行動してしまった後だから…。」
エメラルドグリーンの瞳から輝く雫が一粒流れ落ちる。
それを隠そうとした水の精の頭を、炎の精は引き寄せた。
自分の胸に頬を押し当てさせるように。
「もう済んだことだ。幸い、壮のおかげで何事も無かった。
桃も檸檬も拘っていないし、今からどれだけでも償うことができる。そうだろう?」
「…だけど…。」
「なら聞くが、桃や檸檬は、
お前があの時のことを悔やんでこうやって独りで泣くことを望んでいるか?」
炎の精は水の精が小さく首を振るのを感じながら続けた。
「…まぁ、確かに責められた方がある意味楽かもしれないが…。
だが、桃も檸檬も、お前がこうして自分達の側にいてくれることを願い、喜んでいる。」
「でも、赦せない…。自分が赦せないの…。」
「何故だ?」
「今が幸せ過ぎるから…。」
炎の精は首を傾げた。それを察して、水の精も言葉を続ける。
「あんなことをしたのに、桃ちゃんや檸檬は私を幸せな気持ちにしてくれるの…。
その度に苦しくなる…。後悔に押しつぶされそうになるの…。」
炎の精は微かに笑った。
「だったら堪えられなくなった時は俺のところにくれば良い。
過去の行動を悔やむ気持ちだろうが優しくされてやり切れなくなる辛さだろうが、
全て俺にぶちまければ良いだろう?
そうやって自分の気持ちと上手く折り合いをつけながら、
桃と檸檬には笑顔を見せていれば、それで。」
「…どうして…?」
「うん?」
「どうして、そんなに優しいの…?」
「俺、優しいか?当たり前のことを言っているだけだろう?」
言われて水の精は思った。こういう男性だからこそ、好きになってしまったのだ、と。優しい言葉も差し伸べる温かい腕も当たり前のこととする彼にとっては、
おそらく相手が自分でなくても、同じ事を言い同じ事をするのだろう。
それでも、今この瞬間の彼を独占できるのは、香恋にこの上ない喜びをもたらした。
「まぁ、精神的に辛い時は一緒にいてやるから。な?」
水の精は、炎の精の広い胸に頬を埋めて頷いた。
本当に辛さが少しずつ溶けていくような心地がする。
押し黙ってしまった水の精を、炎の精は片腕のみで柔らかく包み込む。
細く柔らかいその身体の震えが小さくなっていくのが判る。
彼女はこれまで、こんなにか弱い姿を見せたことが無かった。
それは多分、前の主人の時に女性はただ一人だった為に、
虚勢を張らざるを得なかったせいだろう。
更に、男達に甘えることを自分に赦さなかった性格の為でもあるといえる。
そんな香恋がここまで弱々しく見えるのは、
やはりこの件に対して心に負うものが大きいのだろうと感じた。
だが、結局のところ香恋自身の力で乗り越えるしかないのだ。
そして自分にできるのは、彼女が乗り越えられるまで側にいてやることしかない。
そう炎の精は思う。
水の精が少し落ち着いたのを見計らって、炎の精は自分の腕から水の精を解放した。
頬に残る雫を人差し指で受け止めて言う。
「涙は俺にしか見せるな。俺にはどんなに甘えても当たり散らしたって良いから。
だが、桃や檸檬の前ではいつでも笑っていろ。
さっき俺の名前の由来で笑ったみたいに、な。」
頷く水の精の頭を、炎の精は優しく撫でた後、立ち上がった。
「いい加減に寝ろよ。桃は朝が早いぜ?」
「ええ。」
水の精はようやく微笑んだ。涙の残るその顔は、それでもとても綺麗だった。