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夜。桃は眠りに落ち、檸檬と亨は眠ったかどうか判らないが、
それぞれの部屋に戻って久しい。
いつものように、風呂上がりの光輝は缶ビールを片手にソファに腰掛けている。
だが、今夜は壮と二人ではない。
びとーも香恋も帰る必要が無い為、精霊達と大人が顔を揃えていた。
光輝や瑞輝は大抵ビールだが、壮は好んで日本酒を呑む。
その為、壮が呑んでいる時は、アルコールなら何でもイケる炎の精も、
一緒に日本酒を呑む。今日は『天狗舞』である。
大谷家に来る酒類の半分は、ほぼ沖田校長からの戴き物である。
本当は沖田校長が他から貰うらしいのだが、彼は下戸の為、こちらに流れてくるのである。そのせいか、良いお酒が多く、壮やびとーを喜ばせている。
ちなみに水の精はあまり呑まない。
呑めない訳ではなく、かなりのハイペースで呑まなければ
心地よく酔う前に治癒と言う名の浄化作用が為される為、
酔うことを前提に呑むとかなり慌ただしくなるのだ。
かといってゆっくり楽しむのであれば、水でも酒でも大差ない。
それならば、と自然の恵みを多く含む果汁百パーセントのジュースの方を選ぶのである。
そして玲はびとー同様、酒なら何でも大丈夫で、
しかも大谷兄弟よりも遙かに強いが、あまり呑まない。
酒を嫌う訳ではないが、思考能力が鈍ることを不快に思うのである。
今夜も、日が変わりそうな時間になっていても、一人だけカプチーノである。
まだまだ眠る気は全く無く、
頭を使うような何らかの行動をするつもりでいるということだ。
「…今日は楽しかったかい?」
笑顔で尋ねる光輝に、雷の精は俯いて頷いた。
「…うん。」
兄貴分である炎の精が言った。
「…お前が襲ったのがあいつらだったことに感謝するんだな。
普通の人間は、自分の命を奪おうとした相手に、
あんなにわだかまり無く接したりはしてくれない。疎まれても仕方ないくらいだ。」
「…うん。判ってる…。」
雷の精は、覚悟を決めたように、顔を上げた。
「僕…、僕、やっぱり玲さんと契約して良い…?」
そして、大人達の反応を見るのが怖いかのように、また俯いた。囁くように話す。
「…僕さ、前のマスターの命令があったとはいえ、
本当にやっちゃいけないことをしちゃったんだよね…。
びとー兄さんが言うように、恨まれても文句が言えなかった…。
でも、桃ちゃんは曇りのない笑顔で懐いてくれて…。
頼りにしてもらえるっていうのがこんなに嬉しいことだって、初めて知ったよ。
…それに、檸檬にいちゃんも、
本当は桃ちゃん以上に僕がしようとしたことの意味を判ってる筈なのに、
一言も責めないんだ…。
それどころか、一緒に遊んでくれて、すっごく優しくて…、僕、楽しくて仕方なかった…。
どうして良いか判らなくなるくらい幸せな気持ちだった…。」
隣に座る光輝が、雷の精の頭にぽんぽんっと触れた。
それが合図になったかのように、雷の精はもう一度顔を上げた。
「僕、もうあんな過ちは繰り返したくないんだ!
だけど、僕にはまだ、判らないことも迷うこともたくさんあって…。
だから、道を外さないように、取り返しのつかない罪を犯さないように、
玲さんに導いてもらいたい!
そしていつか僕の力で、桃ちゃんと檸檬にいちゃんの役に立ちたい!だから…。」
雷の精を見る大人達の瞳は温かかった。
玲が口を開く。
「…あなたも、先程の話を、途中からでも聞いていましたね。」
「うん。」
雷の精が頷く。
「私もあなたと同じ、あのお二人に酷いことをしてしまいました。
あの時、檸檬くんに言われたのは、
あんなに優しい桃ちゃんを私が傷付けようとした、との一言だけ。
ご自分のことは一切言いませんでした。
そしてそれ以降は、私の罪に触れることすらしないのです。
更に、光輝さんも瑞輝さんも、こんな私のことを受け入れて下さって…。
みなさんが何事も無かったかのように温かく接して下さるから、
今の私はとても幸せな日々を歩ませて頂いています。」
玲の瞳はとても穏やかだ。
「ですが、私の中で私の犯した罪は決して消えることはありません。
ですから私のこれからの人生は、桃ちゃん、檸檬くん、光輝さん、
そして瑞輝さんの為にありたいと思っています。
多分あなたも私と同じ思いを持っている…。
私と共に、皆さんにご恩をお返ししてゆく道を行きますか?覚悟、できますか?」
雷の精は大きく頷いた。
「このまま、後悔を続けるだけの毎日は嫌だ。
玲さんと一緒に、桃ちゃんと檸檬にいちゃんの為の毎日を生きたい。」
玲は周囲の者達を見回した。
「いかがですか?私と彼が契約してもよろしいでしょうか?」
全員が一斉に頷いた。
「…判りました。」
玲は静かに瞳を伏せた。
「あなたの新たな名前は閃です。
雷の持つ閃光…、その力が桃ちゃんと檸檬くんを脅かす闇を
切り裂き、光を与えることができますように…。」
小さな囁き。だが、雷の精、閃は頬を紅潮させて頷いた。
「うん!」
「しっかし…。」
少々不機嫌そうな声を出すのは炎の精だ。
「玲は上手いこと、名前を付けるな…。」
しみじみ言う炎の精に、水の精が思い出したように言った。
「…そう言えば、私、桃ちゃんと一緒にお風呂に入ってたから、
びとーの名前の由来、聞けなかったわ。」
閃も頷く。
「寝てたから僕も。」
びとーは苦虫を噛み潰したような表情になる。光輝は苦笑して言った。
「缶コーヒーだよ。」
「「缶コーヒー?」」
「びとーの色味が、
桃ちゃんのお父さんがよく飲んでいる缶コーヒーの缶の色に似ているんだって。
だから微糖。」
「ぷ。」
ツボに嵌ったらしく、水の精が爆笑した。
その声は、いつものように弱冠の嘲笑を含むものではなく、本当に楽しそうで明るい。
なんとなく炎の精の表情も緩んだ。それでも言い足す。
「瑞輝も最初は、お前等と契約できたら、
コーヒーつながりで低糖だの無糖だのにすれば良いって言ってたんだぜ?
それがいざ契約するとなると風雅なんてカッコつけた名前にしやがって。」
「てっ、低糖~。」
水の精は益々笑う。少々苦しそうだ。光輝も口を挟む。
「僕も壮と契約した時、壮は寝惚けているし、僕は夢の中だったしで、
初めは砂糖増量が頭に浮かんだよ。瑞輝のせいでね。さすがにそれにはしなかったけど。」
何度も言うが、壮はここの精霊の中では最年長で一番力もある上、
神の領域ともいえる美しさを誇る凄艶な存在である。
「そっ、そっ、壮がっ、砂糖増量~。だっ、駄目っ。苦し~。」
水の精は笑い続けている。ようやく落ち着いてくると、明るい笑顔のままで言った。
「…今度から私、びとーの名前を呼ぶ度に笑ってしまいそう~。」
渋い表情を作りつつも、炎の精は言った。
「まぁ、俺を呼ぶ度にしかめっ面されるよりは良いけどな。」