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 三人がリビングに戻ると、玲が桃に優しく言った。

「桃ちゃん。お手伝いをお願いしても良いですか?」

 桐島家は、障害児を持つ多くの家庭がそうであるように、

桃が自分でできることをひとつでも増やそうと、

なるべく自分のことは自分でさせたり、

いろんな頼み事をして、やり方や手順を覚えさせようとしている。

普段の檸檬の桃に対する接し方を見て、玲もそのことに気が付いたのだろう。

お絵かきや読書など、

家でも学校の休み時間でもできそうなことをここで敢えてする必要は無い。

もっと違うことをさせたいと思ってくれているのが、檸檬にも判った。

「一緒にみなさんのお昼ご飯を作って欲しいのです。」

 玲のお願いに、桃がニッコリ笑った。

「うん!」

 玲もニッコリ笑い返す。

「今日はたくさんいらっしゃいますので、

桃ちゃんの助けが無いと、ご飯ができないんですよ。頼りにしていますね。」

「うん!まかせて!もも、がんばる!」

 心底嬉しそうな桃に、檸檬も笑顔になった。

「玲さん。ありがとうございます。」

 小さく囁くと、さりげなく玲は穏やかな微笑みを返してきた。

 実際に台所に立つと、意外な効能が明らかになった。雷の精である。

これまで自分より年長の者達ばかりに囲まれていた彼は、

見た目は小学校の三、四年生くらいだが、甘えることを赦される環境にあった為、

精神的にはもっと幼かった。

それ故、最初は桃が大好きな玲と一緒に台所に立つことにかなりの難色を示した。

仲間はずれになるものか、と人間サイズになり、一緒に手伝うことにしたのだが、

桃と接したことで、自分より弱い者を初めて実感として理解し、

優しく守ろうという心が芽生えたのである。

結果として、玲は雷の精に作業を頼み、雷の精が丁寧に桃に手順を教えながら、

一緒に作業をするという構図ができた。

そして当然のことながら、桃にとってもう一人、

年の近いお兄ちゃんができた瞬間でもあった。

 三人が作っていたのはちらし寿司である。

まずは薄焼き玉子を作る為の生卵を幾つか割ってみる。

失敗して殻が入ったり、黄身が壊れたりと、雷の精と桃は声を上げながらやっていた。

次は、玲が作った合わせ酢を、雷の精が桃と交替でご飯に混ぜたりうちわで扇いだりする。とても楽しそうだ。

更に今度は二人で、玲が用意した具をご飯の上に順番に散らす。

この時も雷の精は、桃に優しく話し掛けながら一緒にやっていた。

とても微笑ましい二人だった。

 こうして出来上がったちらし寿司は、当然のことながらみんなに好評で、

桃も喜んだが、それ以上に雷の精が嬉しそうだった。

今までは周囲に甘えているばかりだったのが、

今回初めて人の役に立つ喜びを知ったのだ。


 そして午後。

 慣れないお手伝いをした為か、桃がまたびとーの膝で眠ってしまった。

少し寂しそうに桃を見ている雷の精に、檸檬が声を掛ける。

「一緒に遊ぼう?」

 それを見て光輝は

「学校の体育館、使って良いよ。ボールなんかも使って良いから。」

と笑顔で言う。

檸檬と亨は、雷の精を連れて、元気に飛び出して行った。

 ボールを使って遊ぶのが初めてだった雷の精霊の為に、

二人は固いボールは避けて、ビーチボールを持ってきた。

バレーボールのパスのようなことをしてみたり、サッカーのパスのようなことをして遊ぶ。最初は上手く出来なかった雷の精も、二人に教えてもらって段々出来るようになってくる。そうなるととても楽しくなってきたようで、

歓声を上げながらクタクタになるまで大喜びで遊んだ。

 ボールを片付けて塔に戻ってくると、さすがに雷の精も疲れたと見えて、

ソファでうたた寝を始めた。

 それを見て、玲が言った。

「…檸檬くん、亨くん、ありがとうございます。」

「…何が、ですか?」

 不思議そうに檸檬と亨が瞳を上げると、玲は穏やかに微笑んでいる。

眠る雷の精に目を向けて言った。

「彼はこれまで年の離れた者ばかりに囲まれていました。

今日のように、誰かと遊ぶという経験は殆ど無かったのではないかと思います。

勿論、檸檬くんや亨くんとも少し年が離れていますが、

今までのような大人の間にいるのとは全く違う楽しさを知ることができたでしょう。

…特に檸檬くんには嫌な思いをさせたこともあったのに、彼を受け入れてくださって、

本当にありがとうございました。」

 檸檬は肩をすくめた。

「済んだことは別に良いです。それに良い子ですよ、彼。亨もそう思うだろう?」

 以前のことは判らなかったが、後半部分は事実なので、亨もしっかり頷いた。

「俺達も楽しかったし、これからもこんな風に一緒に遊べたらって思ってます。」

 檸檬と亨は顔を見合わせて同時に頷いた。

「「な?」」

 大人達はそんな二人を本当に好ましく思った。

大人でも些細なことを根に持つ者も多いというのに、中学生とはいえ二人は男気がある。


 雷の精はうたた寝、

桃はレディーファーストの理念のもと、水の精霊と一緒に一番風呂に入っている。

 そこで、残りの者達で、夕食の餃子を包むことにした。

テーブルに集まってみんなで餃子を包みながら、

桃にびとーが付くことになった経緯から始まる長い話を、亨の為に始めた。

語り手は順々に代わるが、玲がしてしまった過ちも、

雷の精と水の精が犯してしまった罪も、隠さずに全て話した。

 実際に起こったことのみを簡単に話すこともできたかもしれなかった。

だが丁寧に、その時の心情なども重ねて説明する為、どんどん長くなってしまう。

途中で桃と香恋が戻ってきても、雷の精が目覚めても、夕食に突入しても、話は続いた。亨はその話の全てを吸収するように聞いた。


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