一人ぼっちのデュエット
この物語に山落ち、意味などありません。あしからず。
「あなた、一人なの? 私もなんだぁ……」
静まり返ったベルリンの夜に、少女の声が響く。
見た目から察するに、帰る家がないというわけではないだろう。
むしろとても大切にされている感が、高そうなドレスからありありと伝わってくる。
「お名前はなんというの? ……そうね、アリア……なんてどうかしら?」
裕福そうな少女は、私を目の前に持ち上げ訊ねてくる。
本当の名前は違った。でも、最初になんという名前をつけてもらったか、もはや思い出せなかった。
「アリア、私と友達になってくれないかな? こんな寒い夜でも、二人ならきっと乗り越えられる……そんな気がするの」
私は寒さを感じない。それでも紅潮した少女の頬から、ベルリンの街が相当に冷え込んでいるのが分かった。
「行きましょう、アリア。歩いていれば、いずれ暖かいところに辿り着けるわ」
そう言うと、少女は私を胸の前に抱きかかえ駆け出す。
この子自体には好感が持てた。着ているものは綺麗だし、可愛くて、純真そうな瞳も。
しかし、正直少女と一緒に行くのは嫌だった。
少女にとって、夜の街がどれほど危険なものか、私には分かっていたから――
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硬い石畳の上で、私は少女を見上げる。
いや、すでに少女の姿は、ボロボロの外套をきた醜い男に遮られ見えなくなっていた。
必死に抵抗しているのだろう。ときおり、悲鳴にもなっていない少女の呻き声が聞こえてくる。
しかし大の男にのしかかられたとあっては、どれだけもがこうと、逃げ出すための活路は見いだせないだろう。
次第に二人の動きが静かになっていく。少女の力が尽きてきたのだろう。
抵抗が止んでしまったら、そしたら――
私はこういう光景が見たくなかったから、連れていって欲しくなかったのだ。
人の悪意は腐るほど見てきたが、目の当たりにするのは、やはり気分の良いものではない。
少女が暴れなくなると、男は小汚い布切れを取り出した。おそらく猿ぐつわにするつもりだろう。
それを少女の口にあてがう時、一瞬だけ、少女の瞳から光が頬を伝った気がした。
でも、仕方ないわよね。こんな夜中に出歩く方が悪いのだもの。
私は目を瞑ることができない。だから無垢な少女が汚されていくのを、私はただ黙って見ているしかない。
そういう時は、なにも考えず、心を殺すのだ。
――本当の、人形のように――
その時、少女にとって救いの神が舞い降りる。
音もなく近づいた黒い影が、男をみぞおちから蹴り上げた。
「――ッ!!? ァ、カハァッ!」
男は苦しそうに路上にうずくまってしまった。
少女は泣き腫らした目で影を見上げ、そこでようやく状況を呑み込んだようだ。
脱兎のごとく駆け出す少女。
男は力を振り絞り、少女を逃がすまいと腕を伸ばす。
しかし、腕は届く前に闇に呑み込まれてしまった。いや、黒い影が男に覆いかぶさったのだ。
希有なこともあるものだ。人助けなど、このご時世には童話の中でしか存在しえないというのに。
「アリアっ!」
少女は私を抱えあげると、脇目も振らずに走っていく。
だが私は少女の肩越しに見てしまった。
黒い影が、銀色に輝くソレを、動けない男に突き立てるのを。
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「どこに行っていたんだ、エリス。みな心配したのだぞ!」
品の良さそうな、立派なあごひげを蓄えた紳士が少女を抱きかかえる。
「ドレスもボロボロじゃないか……一体なにがあったんだい?」
エリスと呼ばれた少女は、紳士の腹部に顔をうずめたままなにも話そうとはしない。
少女の身長では腰に腕を回すことはできないとは分かっていても、紳士の尻に押しつけられるのは良い気分ではなかった。
「……とにかく、家に入ろう。そして暖かいスープでも飲もう。……おや? なんだい、その小汚い人形は?」
いきなり人を小汚い扱いとは、いい性格してるわね、おっさん。
「……私の友達よ。失礼なこと言わないで」
ずっとだんまりだった少女が久方ぶりに口を開いた。
「そうなのかい?」
紳士は訊ねるが反応はない。そして、少女は私を抱きしめ家の中に入っていった。
こうして私、一人ぼっちのアリアには、エリスという可愛らしい友達ができたのだった。
練習としての文章なので、どなたか心やさしい人、批評などください。文章上達のための糧にしたいので……