ティラミス
その日、僕は再び近所のファミレスを訪れていた。
いつもの席に座り、いつもの店員にいつも通りまずコーヒーを頼む。
そうして、一息ついてからもう一度メニューを眺める。
デザートの欄を一通り眺めてから、もう一度ウエイトレスを呼び注文する。
受けてくれたのは、いつも対応してくれる人だった。
コーヒーを啜りながら、しばらく店の中を眺める。
パソコンに向けて何か書き込んでいるOLやしかめ面で新聞とにらみ合う老人、スマホに顔を向けて互いを見ないカップル。
そんな人たちを見ている、自分はどれだけ暇人なのであろうか。
軽い自己嫌悪に浸りながら呆けていると、注文したメニューを引き連れて(・・・・・)、ウエイトレスがやってきた。
「お待たせしました、ティラミスでございます」
魔女がきた。
初めて彼女を見た日と変わらない、黒装束の彼女がテーブルに座っていた。
「あら、久しぶりですね」
彼女は、僕を見るとそう言ってほほ笑んだ。
「あぁ、そうだね」
僕はそれに、静かに返事をする。
「……その感じですと、自身の変化に何かお気づきですか?」
彼女は笑みを絶やさず、僕の頬に触る。
「そうだね、悪化している。という事には、気づけたかな」
僕がみている目の前の女性は、決して現実では無い。
だが、彼女は僕に触れている。
僕は、彼女の暖かさを感じている。
「君は、ティラミスじゃない」
「そうですね、私はティラミスじゃない」
「君は幻想だ」
「でも、私は現実です」
こんな事を望んだのは、僕だろうか。それとも、彼女が、あるいは世界が望んだのだろうか。
「それでも構わない」
いつの間にか僕は、この狂った感覚を望んでいた。下手をすれば現実以上に逃避したいおかしな世界を前にして、僕はそこに跳びこみたいと願っている。
「君はティラミスだ」
幻想を現実として認める。
「はい、私はティラミスです」
彼女は、とてもとても優しい声で答えた。