ティラミス
「お待たせいたしました。ティラミスでございます」
魔女が来た。
きめ細かく、ほのかな苦味を生み出す漆黒ココアパウダーの下に隠れた。天使の肌ように、白い美しい甘いサバイオーネ・クリームの色の対比の美しさ。
混声合唱のソプラノのように甘さを主張する、カスタードとマスカルポーネと、その甘さにアクセント加えるテノールの如く、エスプレッソに浸されたビスケットが織り成す苦さ。調和された苦さと甘さのハーモニー。至高の味と美しさ併せ持った究極の芸術品。
ではなく、魔女が来た。
「……え?」
「え?」
僕の戸惑いから漏れた声に対して、きょとんとした目でこちらを見つめてくる少女。
「ティラミス?」
「ティラミスですけど」
「……あ、ティラミスさん?」
「いいえ」
「えー……」
「何か問題でも?」
問題しかありません。
「あの、僕はスイーツのティラミスを頼んだのであって、決してあなたのような麗しきお嬢さんを頼んだ訳ではないのですが」
「いえ、ティラミスを頼まれたので、私が来たのですが」
真顔で返された。
「……えーと、なんというか、その出で立ちから察するに、貴女は魔女ですよね?」
「はい」
彼女がうなずく。小さく澄んだ小鳥の鳴き声のような声と共に、黒い帽子がふわりと縦に揺れた。
「ティラミス?」
「はい」
「魔女?」
「はい」
「……ティラミス=魔女?」
「世界の常識じゃないですか」
どこの世界の話ですか、それは。
「いや、僕が頼んだティラミスというのは、黒と白の質素ながらに美しい色合いを持つ根源の色の見事な調和と対比を見た目と味で同時に楽しむデザートであって……」
「一緒です」
「は?」
「だから、一緒なんです」
何を言ってるのだ、この子は……。
「ティラミスは黒と白。そして、魔女も白と黒」
彼女の顔が近づく。ほのかに、ココアの芳醇な香りが鼻をくすぐる。僕の目を見つめながら、彼女は言葉を続ける。
「だから」
彼女が笑う。甘ったるいクリームのように、脳みその中をもったり、もったりとかき混ぜるような感覚を誘う。天使のような可愛らしい笑顔で。
「ティラミスと魔女は、一緒なんです」
その笑顔で、僕の理性と常識はどこかとんでもなく遠いどこかへ吹っ飛んだ。
言われてみれば、彼女の純白のクリームのように、きめ細かく麗しい肌と、その身に纏う、漆黒の衣はココアパウダーのように繊細で僅かな暖かさで溶けてしまいそうな程、儚げな趣を出している。
その対比と調和たるや、まさしく……。
「そうか! ティラミスと魔女は、一緒の物だったんだ!」
「そんな訳ないじゃないですか。バーカ」
意識を取り戻すと、そこには、ちょこんとティラミスが置かれていた。
それでも、あの時僕は認めてしまった。その美しさはまさしく彼女と一緒なのだと。
かくして、ケーキに少女の妄想を抱く、周りから見ればかなりの変態である男が一人生まれた。