トロイメライ
ご閲覧頂き誠にありがとうございます。
本作品は執筆予定の長編のサブストーリーとなっております。
短いですが、お読みいただけると幸いです。
気づけば白い部屋にいた。私と白いグランドピアノ以外はなにもない。時間の流れはひどく曖昧で、地面が本当にあるのかも分からなかった。
「私、だけ」
「違うよ。私、私もいるよ」
小さな呟きに反響するように、活発な少女の声が聞こえた。少女はピアノの上に座り、切なげに微笑む。
「まぁ、ある意味で君は一人だ。けど、孤独じゃない。……分かるね?」
私が黙ったままでいると、彼女はピアノから降りて言った。目を伏せて、なにも考えていないように虚空を見る。私はそんな彼女に小さく微笑みかけた。すると、彼女は目を丸くしてから意味深な笑みを浮かべる。
「同意が得られたようで嬉しいよ。……それじゃ、こっちへ」
彼女が右手をかざして導くと、ピアノの側に小さな椅子が現れた。私が戸惑っていると、彼女は呆れた顔をして私の手を引いた。そして、半強制的に椅子に座らせる。
「さぁ、弾いてごらん。君が一番好きな曲、それを――思い出して」
彼女の言葉に、私はまぶたを閉じて鍵盤を弾いた。まぶたの裏に譜面が焼きつき、やがて見えなくなる。それでも私は弾き続けた。
しばらくして弾き終わると、彼女が拍手しながら言った。
「トロイメライ。覚えていたんだ――ありがとう」
優しげに微笑む彼女に、光が降り注ぐ。逆光で顔が見えなかったが、微笑んでいるということだけは分かった。
「君は、どんなことを学んだ? それらは君に、どんな影響を与えたんだ? そして、君はそんな自分自身をどう思っている?」
一度に三つも質問を投げかけてきた彼女は、また切なげに微笑んだ。最初よりも悲しそうだ。
私が考え込んでいると、彼女はなにも言わずにピアノを弾き始めた。トロイメライ、私が小さい頃、始めてきちんと演奏した曲だ。
「焦る必要はない。君のペースで、考えればいい」
私が視線をさまよわせていると、彼女が心配して問いかけた。私は微笑んで、冷静に返す。
「……この国の歴史や武術。さまざまな学問を学んだよ。特に哲学や心理学は、私の言動を良いものにしてくれた。しかし……」
そこまで言って、私は言葉を切った。彼女は黙って聞いている。
「私がやりたいと言ってやったのも、母が自ら教えてくれたのも、ピアノだけだった。他のものは、面白いとは思えなかったな」
彼女はまだ黙っている。逆光のせいで見づらいが、微笑んでいるように見えた。
「恨んでいるわけではない。むしろ、母には感謝している。ただ――寂しかったんだ。周りには大勢いたが、それでも寂しかった」
「それが、孤独というものだよ」
彼女はようやく口を開いた。もう顔は見えそうにない。それでも、笑っていると分かった。
「けれど、諦めてはいけないよ? 抗って、守るんだ。君のそのアイデンティティーは、君だけのものなのだからね」
彼女が言い終わると同時に、白い空間が彩られる。ピアノは黒に、壁は七色に。しかし彼女は、彼女だけはモノクロのままだった。
「そして、私のアイデンティティーもまた、私のものだ。たとえ色を失っても、人と違くても、人それぞれなのだからね。孤独ではないと思っているよ」
光は彼女を包みこみ、やがて彼女自身が光になった。
「こちらは夢見事地の人生だ。これからの私がどうなるかは君にかかっている。だから、どうか、希望を抱くことだけは、止めないで欲しい」
「――ああ、もちろんだ。捨てたりするものか。これは私のものなのだから」
私が宣言すると、彼女はふっと微笑んだ。
「ありがとう、あの頃の私」
私が言うと、彼女はまばゆく消えていった。
彩り鮮やかな世界に、それは夢見心地に響いた。
お読み頂き誠にありがとうございました。




