表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

トロイメライ

作者: 椎名円香
掲載日:2012/01/04

ご閲覧頂き誠にありがとうございます。

本作品は執筆予定の長編のサブストーリーとなっております。

短いですが、お読みいただけると幸いです。

 気づけば白い部屋にいた。私と白いグランドピアノ以外はなにもない。時間の流れはひどく曖昧で、地面が本当にあるのかも分からなかった。

「私、だけ」

「違うよ。私、私もいるよ」

 小さな呟きに反響するように、活発な少女の声が聞こえた。少女はピアノの上に座り、切なげに微笑む。

「まぁ、ある意味で君は一人だ。けど、孤独じゃない。……分かるね?」

 私が黙ったままでいると、彼女はピアノから降りて言った。目を伏せて、なにも考えていないように虚空を見る。私はそんな彼女に小さく微笑みかけた。すると、彼女は目を丸くしてから意味深な笑みを浮かべる。

「同意が得られたようで嬉しいよ。……それじゃ、こっちへ」

 彼女が右手をかざして導くと、ピアノの側に小さな椅子が現れた。私が戸惑っていると、彼女は呆れた顔をして私の手を引いた。そして、半強制的に椅子に座らせる。

「さぁ、弾いてごらん。君が一番好きな曲、それを――思い出して」

 彼女の言葉に、私はまぶたを閉じて鍵盤を弾いた。まぶたの裏に譜面が焼きつき、やがて見えなくなる。それでも私は弾き続けた。

 しばらくして弾き終わると、彼女が拍手しながら言った。

「トロイメライ。覚えていたんだ――ありがとう」

 優しげに微笑む彼女に、光が降り注ぐ。逆光で顔が見えなかったが、微笑んでいるということだけは分かった。

「君は、どんなことを学んだ? それらは君に、どんな影響を与えたんだ? そして、君はそんな自分自身をどう思っている?」

 一度に三つも質問を投げかけてきた彼女は、また切なげに微笑んだ。最初よりも悲しそうだ。

 私が考え込んでいると、彼女はなにも言わずにピアノを弾き始めた。トロイメライ、私が小さい頃、始めてきちんと演奏した曲だ。

「焦る必要はない。君のペースで、考えればいい」

 私が視線をさまよわせていると、彼女が心配して問いかけた。私は微笑んで、冷静に返す。

「……この国の歴史や武術。さまざまな学問を学んだよ。特に哲学や心理学は、私の言動を良いものにしてくれた。しかし……」

 そこまで言って、私は言葉を切った。彼女は黙って聞いている。

「私がやりたいと言ってやったのも、母が自ら教えてくれたのも、ピアノだけだった。他のものは、面白いとは思えなかったな」

 彼女はまだ黙っている。逆光のせいで見づらいが、微笑んでいるように見えた。

「恨んでいるわけではない。むしろ、母には感謝している。ただ――寂しかったんだ。周りには大勢いたが、それでも寂しかった」

「それが、孤独というものだよ」

 彼女はようやく口を開いた。もう顔は見えそうにない。それでも、笑っていると分かった。

「けれど、諦めてはいけないよ? 抗って、守るんだ。君のそのアイデンティティーは、君だけのものなのだからね」

 彼女が言い終わると同時に、白い空間が彩られる。ピアノは黒に、壁は七色に。しかし彼女は、彼女だけはモノクロのままだった。

「そして、私のアイデンティティーもまた、私のものだ。たとえ色を失っても、人と違くても、人それぞれなのだからね。孤独ではないと思っているよ」

 光は彼女を包みこみ、やがて彼女自身が光になった。

「こちらは夢見事地の人生だ。これからの私がどうなるかは君にかかっている。だから、どうか、希望を抱くことだけは、止めないで欲しい」

「――ああ、もちろんだ。捨てたりするものか。これは私のものなのだから」

 私が宣言すると、彼女はふっと微笑んだ。

「ありがとう、あの頃の私」

 私が言うと、彼女はまばゆく消えていった。

 彩り鮮やかな世界に、それは夢見心地に響いた。

お読み頂き誠にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ