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陰り

わかっていたのかもしれない。君と僕の人生が、仲良く隣同士を歩くことはないと。

それでも望んでいるんだ、今でも。

君が、幸せに生きていって欲しいと。






「ルイスさんッッ、ここ、モンスター多くないですか?!」

「そういう所だから」

「ぇえ!?」


杖を一振り、モンスターに毒を浴びせ、本日四度目の敵を撃退した。まだ太陽は真上にきていない。


「なるほど、修行ですね!ただ旅をしてたら勿体ないですからね!」


両手で持つ杖に体重をかけながら目を輝かせる。さすがルイスさん、なんて効率的に物事を考えているんだ。自分の判断は実に正しかった。などといつものようにルイスを崇拝し、自分をも褒めながら旅が続く。

イリューマへはあと三日もあれば着く。たまに馬車が通り「乗っていくか?」と誘われるが、すべて断ってきた。師匠などになるつもりはないルイスだが、アルドを一人前にしてやりたい、という気持ちはあるのだ。


「アルドは補助の方が得意みたいだね」


唐突に口を開くルイスにアルドは顔をあげる。


「そうなんですか?」


あまり考えた事がない話に首を傾げる。


「うん。僕は直接攻撃ばかり使うから、アルドの戦い方を見てるとなんだか目新しいんだ」


何!?と慌てて背筋をのばす。


「俺!変えますっっ」

「そ、そんな必要ないよ」


今度はルイスが慌てた。


「それぞれの特性があるんだから、無理に変えるとかえって遠回りだよ?」


つい昨夜、「俺、めちゃくちゃスゴくて、強い魔術師になります!」と言っていたアルド。最短ルートでいくならやはり得意分野を強化すべきだろう。


「そうですか……ルイスさんと違うスタイルで……」






女王の戴冠式を終えたイリューマはまだ熱気が冷めないでいた。街に人は溢れ、口々に新女王のすばらしさを語る。


「あの美しさときたら」

「まだ若いのに才女と聞く」

「五十年ぶりの女王だわ」


等々。とにかく、女王マナは国民に歓迎されていた。

そんなマナは王宮で何度目かのため息をついていた。


「スダン、いくら勧められようと私、結婚はいたしません」


もはや目も合わさず、マナは席を立った。


「陛下!」


残されたスダンは肩を落とす。

マナの教育係りから王族補佐官、いわば秘書のようなものになっている彼は、いきなりの壁に四苦八苦していた。

より安定を、という周りの期待とは裏腹に、女王マナに身を固める意志が皆無なのだ。なぜそこまで拒否するのか、スダンは頭を悩ます。


「まさか……」


ふと思い出された一人の少年。数年前、まだマナが姫だった頃に魔術を教えたあの黒髪の魔術師。

しかし、頭を左右に振りその考えは早くも捨てた。

もう子どもではないのだ。例え恋愛感情があるにせよ、それを持ち出す程今のマナは幼くない。

女王としての自覚は、周囲が思っているよりもキチンとお持ちだ。

そこまで考え、スダンは他に溜まっている仕事を片付けに部屋を出るのだった。




――今下手に結婚なんてできるわけ無いじゃない!


マナは憤慨していた。

一国の長の結婚は平治は良いとして、不安要素のある場合には命を張らなければならない。勿論、マナには国のために全てを捧げる覚悟はあるが、今はどうしても死ぬわけにいかなかった。


「眉間に皺がよっていますよ」


ハッとして顔を上げると王族補佐官長のカガリが立っていた。両手に大量の書類を持って……。マナの眉間の皺は消えて代わりに眉じりが下がる。


「感情をそのまま表に出すのは頂けませんな」


書類をマナの前に置き、空いた手で立派なヒゲを撫でる。

スダンの伯父にあたる彼はほっそりとした体つきで、いかにも文官という雰囲気を纏っている。しかし魔術の腕もかなりあるとか。


「毎日毎日結婚しろと言われたら、誰だって気が滅入るわ」

「誰だってそうだとしても、あなたはそうではいけませんな」


どんなに周りを見渡してもマナの味方はいないようだ。それを実感し、またため息をついた。


「ため息などもっての他ですな」


カチン、という音が聞こえた気がした。


「そ・う・で・す・な」


カガリの真似をしながら、マナはペンをとって仕事に励むのであった。




「伯父上」


長い廊下を歩いていると、後ろから声がかかった。振り返れば甥っ子が疲労を隠さない顔でこちらに近づく。


「どうした」

「私には手に負えません」


ただの泣き言か、とカガリは止めていた足を動かそうとしたが、残念ながら甥っ子に阻まれた。


「見捨てないでくださいっ」


軽くため息をつき、仕方なくカガリは人のいない部屋を探した。

入った部屋は鎧が飾ってあり、簡素なテーブルとイスがあるだけだった。


「まず、廊下では話をするな」

「はい?」


スダンはマナの結婚についてアドバイスが貰えると思っていたので、伯父が何を言っているのか直ぐにわからなかった。


「困り事の話など、もっての他だな」

「あっ!す、すいませんでした」


政敵、というのはどの国にもいるものだ。平穏に見えるイリューマにも、暗い部分はある。しかしスダンの認識では、今は特に危険視するほどの人物はいなく、不安要素も見当たらない。

なので伯父の言葉に首を傾げた。


「まったく……お前の頭は平和ボケか」

「すいません」


しゅん、と肩を落とす。


「……ローリアに動きがある」


えっ、とスダンは顔を上げて息を飲んだ。

ローリアと言えば、数年前に戦争を仕掛けてきた軍事国家。今は無期限での停戦中。双方痛みだけが残った戦いだった。そのローリアが、一体何の目的で今動いているのか。


「あとは自分で探れ。もう子どもではないだろう」


カガリは部屋を出て、スダン一人残された。

その後のスダンの行動は早かった。

ローリアと近隣諸国への諜報員の派遣、国内の警備強化、そして改めて、新女王の身辺調査。勿論これら全てスダン一人で出来るわけがない。協力者として、最も信頼できる人物に相談しながら、情報を集めた。

夜も深くなった頃、スダンはその相手の部屋をノックした。返事を待ってから部屋に入り、その人物に一礼する。


「スダンさん、あなたの方が年上なんですからそんな畏まらないで下さい」



困ったように笑うのは、イリューマが世界に誇る魔術師団のトップ、ダルキスだった。


「いえいえ、ダルキスさんの方がお立場は上ですので」


スダンはすすめられたイスに腰掛けた。

ダルキスはとても穏やかな人物だ。甘いものが好きで、趣味はお菓子作り。

今夜もコーヒーにプラス、お菓子が出された。


「早速ですが、女王陛下の事でハッキリした事があります」


スダンは口にしたコーヒーカップを戻しダルキスと目を合わせた。


「陛下は若く、女であり、さらに魔術があまり使えない事から、反対派が生まれています」


頷き、先を促す。


「残念ながら、私のもとにも反対派がいます」


スダンは重く息を吐いた。

自分の信頼できる人物の部下は、信頼できないらしい。


「他に大雑把に言いますと、内大臣、下大臣、赤大臣、アリスベル家、サザスナス家、といった感じです」


それを聞き、先程重く出された息はまた飲み込まれた。


「それじゃあまるで……」


――まるで、国が真っ二つにされているではないか!


思わずイスから立ち上がったスダンは顔に焦りを滲ませる。


「どういう事ですか!?なぜそんな事態にッッ」


国の権力の半分が、現女王を認めていないなど、内乱はすぐ目の前ではないか。


「私もこの結果には驚いています。しかし、これが現実。早急な対処をしなければ、手遅れになります」


力なくイスに座り落ち頭を抱えた。もとは伯父の一言が始まり。蓋を開けてみればとても二人では手に負えない事態だった。


コンコンッ。


突然のノック音にスダンは体をビクつかせ、ダルキスは微笑んだ。


「大丈夫ですよ、強力な助っ人です。どうぞ」


ダルキスの言葉でドアが開いた。


「オ、オーヤ様!?」


スダンは驚いて思わず一歩下がってしまった。

部屋に入ってきたのは、腰が曲がり小さな杖をついているイリューマの元軍師、オーヤであった。


「ほっほっ、楽しみな夜じゃな」


スダンとダルキスは立ち上がり、右手を胸の前に頭を下げた。その光景に目を細めて、


「ほぅ、わしもまだまだ捨てたものではないのう」


オーヤは九十を越える老体を少しばかり重そうに歩き、機嫌よくイスに座った。


「このような所まで足を運んで頂き、ありがとうございます」


ダルキスは再度頭をさげ、スダンも慌てて続いた。

オーヤはもう引退し、王都から少し離れたところで隠居生活をしているとスダンは聞いていた。


「それにしても、ここの守りは頼りないのう。ここまで簡単に入ってこられるとは」


事もなげに言い放つ。という事は、オーヤは許可なく王宮に入り、中にいる兵達に気付かれず今この部屋にいる。

ダルキスは苦笑いで申し訳ありません、と兵達の、また自分の指導力のなさを謝罪した。


「まぁよい。して、今味方はどれほどか」

「全てにおいて半分です」


ダルキスが集めた情報によれば、軍、政治家、貴族の全てにおいて半分ずつ、反対派が隠れている。

それを聞き、オーヤは首をひねった。


「はて、なぜそこまでの事態になったのじゃ。わしの記憶が正しければ、ほんの五年前までは正常だったはずじゃが」


五年前と言えば、国王はデューマで、ローリアとの戦争があった年。その時までは確かに、例え反対派がいたとしても引っ繰り返される心配などない状況だった。


「あの、どうやらローリアが我が国で動き回っているようなのです」


スダンが小さな、それでも十分信頼できるネットワークから得た情報。

どうやら貴族や豪商達はローリアと取引をしている。イリューマの情報や魔術たる技術を流す代わりに、麻薬、奴隷などを買っている。


「ふむ。アンネリーか……」


オーヤは眉間に皺を寄せた。

ローリアの国首、アンネリー閣下。五年前の戦争時にその座につき、停戦後には隣国を吸収、もしくは属国てして国力を上げてきた。

その独裁ぶりはなかなかの評判だ。もちろん、悪い意味で。


「陛下はどこまで知っておるのじゃ?」

「まだ何も伝えてはいません。ただ、周りから強く望まれている結婚を頑なに拒否しています」


それを聞き、オーヤは満足気に頷く。


「素質は十分じゃのう。恐らく本能的に危険を察知しているか、それとなく耳にした事に的確に対応……いや待て、側近は誰じゃったか?」

「特別な側近はいませんが……あえて上げればカガリさんでしょうか」


スダンは伯父の名前を出し、ダルキスに顔を向ける。彼もその考えのようで首を縦に振った。

するとオーヤは一段と大きく体をゆすりながら笑った。


「ほっほっほっ。なるほど、では一先ず陛下の身は安全じゃな」


上機嫌にお菓子を口にするオーヤにスダンは心中首を傾げた。伯父はそれほどすごいのだろうか、と。今まで一緒に仕事をした事はほとんどないし、正直マナに付いているならどこかに嫁ぐまで、と気楽にしていた部分があった。だから情報面でこれだけの遅れを取ったのだ。


「して、今後の事じゃが、陛下の事は置いておき、ローリアの動向に細心の注意を払うべきよのう」

「はい。反対派にはどう対処すればよろしいでしょうか?」


ダルキスの問いにオーヤは即答した。


「自身を固めよ」


その言葉にダルキスは苦い顔でこぶしを握り直したのだった。




翌日、ダルキスは部下の一人を部屋に呼んだ。中隊長の女である。気の強そうな彼女は生真面目でもあった。


「何か御用でしょうか?」


ダルキスはとりあえず彼女に座るよう促し、今朝焼いたパイを振る舞った。


「どう?」

「はい、とてもおいしいです」


そう言いつつも、あたり減らないパイにダルキスは少しばかり悲しげな表情を見せる。


「ほ、本当においしいです!嘘ではありません」


慌てて食べるスピードを上げるが、飲み込むのに必死な顔は笑いを誘う。


「無理しなくていいよ……君が甘いのが苦手なことは知っているから」


え、とおどろいた顔で見られたので、ごめんね、と軽く謝った。


「誰にでも得手不手があるからね」

「申し訳ありません」

「それは、女王陛下だって同じだよ」


女王という単語に女は反応し、表情を隠した。


「私の言いたい事は、わかるね」


口元は笑っているが、鋭い視線が女に汗を流させる。


「君はとても真面目で、魔術大国であるイリューマに生まれた事を誇りに思ってる。それは素晴らしい事だけど、周りに期待ばかりを持ってはいけない」

「そのような事は……」

「私達は守り、支える立場の人間。間違っても、偏見を持って勝手に失望しない事」

「……」


女は俯いたまま部屋を出た。

ダルキスはイスに座り直し、視線を下げる。話をしなければならない相手がまだいるのだ。小隊長二人はともかく、大隊長はそう簡単にはいかないだろう。考えると眩暈がしそうなので、仕方なくいつもの仕事に取り掛かるダルキスだった。

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