始まり
「さすが」
満足気な笑顔がアルドに向けられた。
両手に軽く火傷を負っていて、立つ事が出来ずに地面に転がっている彼は、それでもルイスに誉められた事のほうが嬉しくて笑っていた。
「増幅はたしか学校では第一しか教えないよね。術に潰されずによく頑張ったね」
はい、という返事は弱く、アルドはそのまま意識を手放した。
駆け寄ったロマドはボロボロの息子を強く抱き締め、
「バカ息子が」
と安堵した表情を浮かべるのであった。
「それは、本当ですか?」
デマに決まっている、と言いたげな顔をしているのはルイスの父、ダラン。
いつも通り事務作業を黙々とこなしていたところ、
「さすが君の息子。表彰もんだな!」
と背中を叩かれた。
ケンカ中の息子の話など微塵も耳に入れたくはないが、どうにも避けられないほどの大事になっていた。
「被害は激減だろうな」
「漁師の話じゃ、そのモンスター相当な大きさだったみたいだな」
「カギヅメだけ漁港にあるみたいよ!」
ダランは周りの言葉にハッとし、急いで漁港に向かった。
息を切らせてやっとの思いで着くと、すでに人だかりが出来ていた。
「すいませんが、魔術師のルイスはどこに?」
隣にいた男性に聞いたが、どうやらここにはもういないようだった。
「……家か?」
ダランは直感に従い、また走りだす。そしてその直感は当たりだった。玄関を勢い良く開け名前を呼べば、ソファーでぐっすり眠っている息子がいた。
「あなた聞いた?ルイスったら」
「あぁ。それよりも怪我は?」
「え?別にどこも。ただすごく疲れてたみたいですよ」
ダランは気が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。
「まったく。バカ息子が……」
立ち上がり、落ちかけていたブランケットを直しながら息子の寝顔を見る。
幼かった面影はなく、そこに眠るのは一人の男だった。
思えば、小さい頃からこの息子には手を焼かされた。
「あなたに似たんですね」
「俺に?」
「こうと決めたら遣り遂げるところ」
「こいつは自分勝手なだけだ」
「ふふっ。どっちも引かないからよく言い争いになりましたね」
「今でもそうだな」
「親子ですもの。そう簡単に変わりませんよ」
リュックに詰められているなかの殆どがお菓子である事はさておき、鼻歌混じりにそれを背負うアルドは今まで生きてきた中で一番胸が高鳴っていた。
「ちゃんと連絡はよこせよ」
「わーかったよ」
「ほら、これも持っていきなさい」
「はいはい」
アルドが玄関を出ると、近所の人が見送りに来てくれていた。
「頑張れよ!」
「体に気を付けて」
「お土産よろしく!」
しばしの別れを惜しむ声を背に、アルドははやる気持ちを押さえられず走りだした。
『ルイスさんについていく!』
一週間程前に宣言し、ついに今日、生まれ育った故郷を旅立つ。
どこまで付いていけるかなど考えられないが、一歩でも近づきたい。
アルドの中でルイスはただの憧れではなく、目標となったのだ。
「あ、いた!お待たせしました……って、あの……」
待ち合わせ場所に着くと、そこには不機嫌オーラをバシバシ放つルイスがいた。しかしアルドを見つけるとそれはスッと消えた。
「やぁ、本当に着ちゃったんだね」
「んな!?やっぱり、迷惑でしたか?」
ショボくれて聞いたが、ルイスは優しく笑った。
「弟が一人増えたみたいで嬉しいよ」
「えー。俺はルイスさんの弟子になるんです!」
「この前も言ったけど、師匠、なんて呼んだら口きかないからね」
「わかってますよぉ」
そんな会話を済ませ、ルイスは地図を取り出した。
すでに行き先は決まっていた。
「魔術大国ですか?」
たしか記憶によればルイスはすでに行っている。
「会いたい人がいるんだ」
それを聞きピンときた。
「姫様ですね!」
「まぁ……それともう一人……」
ふと、ルイスに影のある笑みがこぼれた。
「最後になるかもしれないけどね」
ボソッと呟いたルイスのセリフが聞き取れなかったアルドは首を傾げたが、同じセリフは聞けず、二人と一頭は歩きだしたのだった。
「なんだか静かね」
わりと広いその家に、三人は夕食を囲んでいた。
「煩いのがいなくなったからな」
「父ちゃん素直じゃないなぁ」
そういうゼンの顔はほころび、
「ご馳走さま!」
食器を片付けタタタッ、と二階の自室へと向かった。
「ずいぶん嬉しかったのね」
「ふん、絵など腹の足しにならん」
そんな事を言いながらも、昔のようなトゲトゲしさはまったく感じられなかった。
「久々だなぁ」
目を輝かせて白いキャンパスに向き合えば、自然と筆をとっていた。
色も形も思いのまま。
無心になって筆を動かしていたら、十二時を過ぎていた。
さすがに眠気を覚え、キャンパスの前で毛布一つ掛けただけで眠ってしまった。
兄には夢があった。
俺にも夢があった。
兄は夢のために出ていった。
俺は夢のためにとどまった。
『ゼン、約束するよ』
『なぁに?』
『僕、強くなる』
『うん』
『ゼンの夢を守れるぐらい、強くなるから』
『うん』
『だから……』
――諦めないで。
目を覚ますと、ゼンの頬にはすっすらと涙の跡があった。
「……夢」
まだ幼かった兄ちゃんと俺。
あの時俺は親に言われた通りにするしかない悔しさから泣いていた。
兄ちゃんは?
一緒に泣いたのは、なぜだったんだろう。
「兄ちゃん……」
また遠くに行ってしまったたった一人の兄。
幼いときに約束した通り、強くなって帰ってきた。そして、夢も守ってくれた。
昨日キャンパスに描いたものはあまりにまとまりがなかった。
腰をあげ、新しいキャンパスを出す。
真っ白なキャンパス。
俺のキャンパス。
「ゼン、朝ごはん出来たわよー」
下から母ちゃんの呼ぶ声。
「はぁーい」
学校が終わるまでのお預け。それでも気持ちは下がることを知らない。
「っありがとう」
俺のたった一人の兄ちゃん。
「そうだわあなた、サレオスさんにお礼の電話をしないと」
「ああ、そうだな。彼には世話になったしな」
「ルイスがイリューマを出たっていう時なんて、私達以上に心配してくれていたわね」
「お詫びにわざわざオーヴァルガンまで来てくれるとは……まったく、ルイスも一緒にいたなら少しは見習うという事を」
「あなた」
「……」
「……」
「仕事に行ってくる」
「いってらっしゃい」
「先生、お兄様の容体は……」
聞いたところで、快い返事は返されなかった。
医術師は深く頭を下げて退室し、マナは閉められた扉を見つめた。
「マナ……」
ベッドで横になっていた体が起き上がろうとしたが、それは制された。
「何も心配はありません。私、魔術は全然ですが事務仕事は性にあってるみたいです」
フワリと笑ってみせ、席を立つ。
「すまない」
「今はご自分の体の事だけ考えて下さいね」
廊下にでて歩き始めれば、すぐ後ろに兵が二人いた。
中庭を抜けて大きな建物に入り、マナの目付きはかわる。
会うものは皆脇にそれて膝を折る。
煌びやかではないこの建物は、イリューマ国の行政機関。ここにマナが通うようになってからすでに半年。そろそろ“国王補佐”という立場ではいられなくなると、日に日に目付きが悪くなるのを実感していた。
「では、一週間後に戴冠式を行うという事でよろしいですな」
イリューマのトップに立つ者達が円卓を囲む会議はすぐに終わった。
マナは特に発言するでもなく、溜まっている仕事を片付けるため執務室へと向かう。
大きな机に山積みの書類。しかしため息を吐くわけでもなく、椅子に座りペンを握る。
ようやく終わったと背を伸ばして窓を見るともう夜だった。
窓に近づき空を見上げる。
『夜空をみるのは好きだね』
――ルイスさん……。
連絡がとれなくなって心配していたら、例の精霊がやってきた。シルフの話では戦いの中で水晶が壊れてしまったらしい。
――ルイスさん……。
今、どこにいるのですか?
ケガ等していませんか?
私の事、忘れないでいてくれていますか?
私の方は、とても環境が変わってしまいました。
正直、ついていけないところもあります。
ですが、周りも時間も、止まることは許してはくれません。
ルイスさん。
私は、
女王になります。