島
縁とは不思議なもので、二十一になったルイスは、十八になり今年アカデミーを卒業したアルドと一緒に船の上にいた。
「俺本っっっ当に嬉しいです!また尊敬するルイスさんに会えるなんて!夢みたいです!」
目を輝かせ、両拳に力を入れて体を震わせるのはそのアルド、アカデミーの時後輩だった男の子だ。
「あー俺もう感激でいつ死んでも悔いはない」
言いすぎだろう。正直、前よりはマシになったかもしれないがルイスは決して人様から尊敬されるような人間ではないと思う。
「ありがとう。僕もまたアルドに会えて嬉しいよ」
しかしあえて賛辞を否定しないのが彼の流儀らしい。そんな彼は、このかわいらしい短髪の男の子を割に覚えていた。クラス対抗戦の時、今と変わらず自分に尊敬の念を抱いてくれていた明るくていい子。弟と重なるかと以前フェイに聞かれたが、昨日久方ぶりに会ったかわいい弟は結構冷静だった事を思い出し、少しだけシュン、としてしまった。もっと喜んでくれてもいいのに、などと子どもみたいな事を思っていたら「どうしました?」とアルドが心配してくれた。
「……アルドは本当にいい子だね」
「え!?そ、そんな事ないですよ!」
照れて顔を赤くするアルドをルイスはそこらの女の子よりかわいいな、と一瞬思ってしまい、違うだろ!と早急にそれを頭から掃き出した。
「おーい坊主、そろそろお前の言ってた所に着くぞ」
そう言って操縦室から顔を出したのは、昨日お世話になった漁師さんでアルドの父親のロマドだ。
「坊主じゃありません」
「そうだ父ちゃん!ルイスさんに失礼な事いうな!」
「へいへい」
困ったように笑うロマドは息子には弱いらしい。
三人が向かっているのは沖に出てしばらく行った島だ。島と言っても浜はなく、断崖絶壁で人を寄せ付けない岩の塊のようなもの。なぜこんな所にわざわざ来たかと言うと……。
数時間前。
「ゼンから筆を取り上げるな!」
「少し黙れないのか?!だいたいお前には関係ない!」
鶏が鳴き、台所からトントントン、とリズムのいい音が聞こえる頃、成人している男同士のケンカの声。
「僕の弟だ!」
「勝手に家を出た奴が」
「人の話を聞かない父さんが悪い!」
父親の言葉を遮るルイス。
「父さんがちゃんと聞く耳持ってたら一言ぐらい残したよ」
まるで自分は何一つ悪くないような口振りはゼンやハクセンのため息を誘う。
「ハクセンも大変だね。あんな兄といつも一緒だなんて」
どうもすいません、と頭を下げる。
「む、しかしなかなかに面白い男よ」
「へ?」
間の抜けた声でハクセンを見やる。そんなハクセンはホワイトタイガーのメスが出ているテレビに釘付けだ。
「もういい!出ていく!」
親子喧嘩も終盤で、ついにルイスは席を立った。振り返りもせず玄関へ行けば、バタンっ、と派手な音が家に響く。
「あなた……」
「荷物はある。また帰ってくるさ」
第一ルイスの古代獣が一歩も動かないのだ。心配する母親の顔は少しだけ緊張を解いた。
「ルイス様、私が口を挟むことではな」
「わかってるよ!全部僕が悪い!」
昨日今日とどれぐらい大きな声をだしているか。つい喧嘩腰になってしまう。なぜキチンと話せないのだろう。ルイスは近くの公園のベンチに崩れるように座り込んだ。
「……でも父さんも悪い」
ボソッと言ったところでフェイにはしっかり聞こえている。
「……よし、まずは冷静に」
「はい」
「なぜここに帰ってきたか」
「なぜですか?」
ヤイゴの森から出たら何の迷いもなく故郷を目指した。長年共にいるが、ルイスの考えている事にフェイは及ばない。かといって彼に及ぼうとはまったくもって願いもしない。
「ベルクスがさ、いなくなったでしょ?」
「はい」
「それで思ったんだよね、大事なのは……ちゃんと大事に、大切にしないと、って」
フェイは首を傾げる。
大事にしていたと思う。もともと彼は優しいのだ。たしかに自己中心的なところはあるが、決して誰かの不幸を蜜にするような人間ではないし、それこそちゃんと彼なりに彼の周りの人達を大事にしてきたと思う。
「あぁ……マナに会いたいなぁ」
「飛びましたね」
話が。
フェイの言葉には耳を貸さず、ルイスは唯一召喚できる精霊、シルフを呼び出した。
「パパー!」
「違ーう!」
ルイスの見事なチョップが可愛らしい男の子の頭に舞落ちる。羽をパタパタさせていたその子は両手で頭を抱えて、泣きながらルイスの足元でうずくまった。
「うぅ……パパなんか嫌いだ」
「僕もシルフみたいに学習能力のない子は嫌いだよ」
つい先ほど「大事にしなきゃ」と言っていたルイスは意地悪く笑う。
「ママにいいつける!」
ルイスに必死に抵抗するシルフの姿はなかなかかわいらしい。しかし結局彼はルイスのお使いを頼まれるのだった。
シルフが空に消えてしばらく。ルイスは「よしッ」と立ち上がる。
「認めてもらおう」
「何をですか?」
魔術師としての自分を。親の期待には応えられなかった。けれどそれがいけない事なのか、といったら決してそうではないはず。どちらが間違っているとか正しいとか、そんな話はどうでもいいだろう。いい大人なのだから。
「最近モンスターが善良な市民に迷惑被害を起こしてるみたいだよ」
やってやりますか、といった顔でルイスは公園を後にした。
「はぁ、こりゃスゲェ」
島の近くまできてロマドはため息まじりに溢す。正直、ここからすぐにでも立ち去りたい。しかしルイスの顔を伺うとなぜかご機嫌のようだ。
「新作を試せる」
帰省の船の上、ルイスはヒマだったのでいくつか新しい魔法を考えていたのだ。
その中の一つ、雷系のものがいいだろう。
「船をゆっくり近付けて下さい」
「これ以上はゴメンだ」
大事な息子が乗っているのだから、ロマドの拒否は至極当然だろう。しかし残念な事にその大事な息子はルイスに忠実である。
「父ちゃん!さっさとしてよ!ルイスさん、俺は何したらいいですか?」
杖を握り締めアルドはワクワクしながら指示を待つ。彼の中でルイスはもうヒーローを超えた存在になっていた。
「大技の上に新作だから発動までに時間がかかるんだ。三分……以内にやってみせるから、その間」
「ルイスさんを守ればいいんですね!?」
任せて下さいと言わんばかりの顔で答え、そんな彼の後ろで父親はまだ迷っていた。
ルイスの強さは昨日この目で見ている。しかし、だ。自分一人なら未だしも息子がいるのだ。なのにあのモンスター達の巣窟に近づくなど……。
なかなか進まない船に気付いたルイスはロマドを見やる。顔を見れば何を考えているか一目瞭然だった。
「ロマドさん」
「無理だ」
「父ちゃん!?」
アルドが怒った顔で父親のもとへ行こうとしたが、ルイスがそれを止める。
「なぁ坊主、オメェの気持ちは嬉しい。俺達漁師や町の奴らのために一肌脱ごうってのは……だけどやっぱダメだ」
ロマドにしてみれば一緒に船に乗っているのはまだ子ども。ましてや自分と、あのダランさんの息子なのだ。
ルイスはそんな彼の気持ちを察し、
「帰りましょうか」
と言った。
ロマドもアルドも一瞬止まり、
「ここまで来たのに!?父ちゃんがさっさとしないから!」
自分から戻る事を提案したロマドも、こんなあっさり受け入れるとは思わなかった。
「ただ、僕はここでお別れです」
ルイスの言葉に二人はハテナを浮かべる。
「では」
ニコッと笑うと彼は船の先へ行き片手をあげる。そして聞いたことのない術を唱え、腕を振り落とした。
「うわぁっ」
「なんだコリャ」
ルイスが腕を下ろしたまま直線に、氷の道が出来上がった。道はそのまま島まで続いている。
ヒョイ、とその道に降りたルイスは船を振り返ることなく真っすぐ進んだ。
「スッゲェェー!!」
「マジか」
目を輝かせるアルドに目をパチクリさせるロマド。魔術師というのはこんな事までやってのけるのか、とロマドは先程まで持っていた不安を小さく感じざるをえない。
これなら本当に……などと考えていたら、
「ルイスさん!俺っ!どこまでもついていきます!!」
と息子が船から降りたのに気付かなかった。
「まっ、戻れ!」
しかしロマドの声は届かない。
一方アルドはルイスに追い付き肩で息をしている。
「アルド!?ダメじゃな……」
「一生ついていきます!」
目の輝きがハンパではない。いわゆるパねぇ。ルイスはこの純粋無垢な少年を全力で守ろうと誓った……ような顔をしていた。
「援護は頼んだよ」
「はい!」
目で頷き合うとアルドはルイスの前に立ち杖を構える。実戦経験は少なくとも、彼には優秀な成績でアカデミーを卒業した自信がある。杖を握る手に力が入る。
「怖い?」
見上げれば数えきれない程のモンスター。普通なら足がすくむ。しかしルイスの問いにアルドはやはり目を輝かせて振り返り、
「ワクワクしますっ」
とだけ言った。
二人は同じ方向に向く。
ルイスは両手を胸の前に持ってきて目を瞑る。ブツブツ唱え始めると同時に彼のまわりに風が起き、パチパチッと火花の音がなる。
「来たッ」
口元以外動かないルイスを背に、アルドは杖をかまえ頭上のモンスターをとらえる。モンスター達は甲高く鳴くと、二人目がけて一直線に落ちてきた。
杖をダンッと氷に突き刺し、アルドも何か唱え始める。モンスターとの距離があと数メートルというところ、
「……っ囲め」
杖を中心に薄いバリアが現れ、ベチッ、ベチッ、とモンスターを寄せ付けない。
一呼吸入れてから杖を抜き、それを横にして再び唱える。その間バリアが弱まり、数体のモンスターが接近してきた。
ギギャアアァ!
「遅いって」
横にしていた杖をそのまま横に切るように流す。すると、二人に襲い掛かってきたモンスター達は真っ二つに切れた。
甲高い鳴き声は混乱も交ざるようにうるささを増す。
「ちょ、疲れた」
よく見るとアルドの額にはうっすら汗がにじんでいる。
しかしモンスター達も巣を守るのに必死。先ほどの倍の数が落ちてくる。
「ふぅ……うん。いい修行」
さっ、と杖を頭上高く持ち上げ、その先端に光が灯る。
「ジュ・ライト!」
強い光はモンスター達の視覚を奪い、互いぶつかりあったり混乱したりと、次々に海に落ち、氷の地面に叩きつけられていった。
「アルド!」
また一呼吸入れようとしたら後ろから声が聞こえた。それはルイスではなく、
「銃ねぇ」
ライフル片手に走ってくる父親のものだった。
「ハァ、ハァっっお前は!」
「ケイジ!」
杖を差しまたバリアをはる。
「父ちゃん、あんまソレ役に立たないと思うけど」
「なっ!」
「まぁ父ちゃんもルイスさんもオレが守るからいいけどね」
自信に満ちた笑顔を父親に送り、くるっ、と島を見る。
実力差がわかったのか、モンスター達は巣の方に戻り始めていた。
「ルイスさんが出るまでも……」
なかった。
というセリフは飲み込まれた。ブワッ、という重さを感じさせる音とともにそれは姿を現す。
「なんつー」
親子が見上げれば、太陽の光が遮られ、
グガァァアア!!
と、思わず両手で耳を塞ぐほどの鳴き声。
「でかさ」
「うん」
親玉登場。
ロマドが銃を撃ち、アルドが術を放つが痛くもかゆくもなさそうだ。
「ル、ルイスさん」
振り返ったが、どうやら彼はまだ唱え続けているようだった。
「坊主!たしか三分とかっ」
「何とかしなきゃ」
アルドは杖を握る手に力をいれ、アカデミーで教わった事を思い出す。
『そう、増幅させるのよ』
『先生ー、それなら単に高等術をつかえばいいんじゃないですかー?』
『時間とコストの削減。以上。やってみなさい』
そう言えばあの先生年の割にきれいだったな、なんて余計な事も思い出しながら、今度は増幅のレベルを思い出す。
「おい、ここにいたら危険だ!」
親玉が三人に標準を定め、空高く飛んでいく。おそらく繰り出してくるのはごく単純なもの。体当たりだろう。
「アルっ」
「任せて」
ふぅ。焦っている父親をよそに深く息を吐く。
増幅魔法は三段階。ジィ・ヴィ・リィ。
ケイジは元々封印術。下手にレベルを上げて防御としての形を崩してはいけない。
「第二……」
アカデミーで習ったのは第一のジィのみ。しかしあの親玉相手ではそれは意味をなさない。
アルドは杖をガッ!と先程よりも強く突き刺し、目を閉じた。
「ッくそ」
父親であるロマドは、息子が静かに術を唱えているところをただ見守るしかなかった。