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お家

標準より大きく、品のいい家の前で意気込む青年が一人。


「一発までは許す」


どうやら殴られる覚悟があるらしい。


「よし!行……」

「ルイス君!?」


意を決しての第一歩は女性の声に挫かれた。振り返ると、なぜか目を潤ませている何となく見覚えのある顔。


「え、と……」


誰だったか思い出そうとするが、生憎彼の脳の大半を占める女性と言えば“マナ”という某国の姫で。


「アカデミーの時……」


女性がそっと言う。なるほど、記憶にないのはしょうがない。学生の時はとにかく外へ出たくてしょうがなかったのだ。などと考えていると、いつの間にかギャラリーが増え、


「ルイスさん!」

「きゃー!戻られたんですか?!」

「ルイス様〜!」


実家の前に人だかりが出来てしまった。大衆の力とは恐ろしいもので、成人したルイスの体は軽々と人の波によって町の中へと引きずり込まれたのだった。






オーヴァルガンのトップ校というと、ルイスの通っていた術を扱う者を育てる国立アカデミー、政治家を育てるオーヴァルガン大学、そして軍の人材を育てる国防校がある。

ルイスの弟で、今年十五になるゼンはそんなトップ校、国防校のラウンジでまったりしていた。


「平和だ」


ジュース片手に窓を覗けば緑豊かな中庭。生徒の笑い声と、それに寄り添うような小鳥のさえずり。


「ジジくさい事言ってんじゃねーよ」


ゼンの隣にいた友人のケインが海事法から目を離さずにそう言えば、ハハッと笑う。


「平和が一番」

「知ってるか?俺達がなろうとしてる職は“金食い虫”と評判なんだ」


ここウン十年、内乱もなければ戦争なんてものとも無縁のオーヴァルガンは、それでもやはり軍人を育てている。


「でも最近モンスターさんが活発なんだろ?」


陸はもちろんの事、海にまで顔を出す。おかげで漁獲量やら物流が芳しくない。


「っていうか何で突然そんな話?」


たしか平和を噛み締めていたような。ゼンが問えば、彼は本を閉じて体を机に預ける。


「平和の裏には犠牲があるだろ」


なるほど、彼はどうやら一般人希望らしい。自分も平和に浸かりたいと。しかしゼンに言わせてみれば些細な事だった。ので、無視の方向で決めた。ゼンが応えなくてもブツブツ言っているケイン。とそこに、他の友人が小走りで寄ってきた。


「ゼン!」


何事かと次の言葉を待てば、ゼンは目を丸くしてものすごい速さでラウンジをあとにしたのだった。






さて、とルイスは今の状況打破策を考える。実家からあまり離れていないカフェ。老若男女関係なしによってくる人。しかも不思議な事に、


「この町の誇りだな!」

「本当よねぇ。お姫様の先生なんて」


イリューマにいた時の事がだだ漏れなのだ。たしかテレビでイルハウ大会が流れていたのは知っている。そこまではいい、そこまでは。


「このタイスが噂の古代獣!?」

「姫様との仲は?あ!料理がお上手なんでしょ?」


これはどう考えてもアウトだろう。アウトでないワケがない。まさかテムイかベルクスがふれ回った?いや、彼らにそんな趣向はない。ではなぜ?


「そうだわ、あの剣師さんはお元気ですか?」


一人の女性が声をあげ、“あの剣師さん”がものすごい速さでルイスを囲む。


「すごくステキな方だったわね!」

「祭りの手伝いしてくれていい奴だったしなぁ」

「しかもちょっとミステリアスな感じ……」

「そこがまたいいのよねー!」


――さようなら、サレオス……。


ルイスは懐かしの旅仲間に別れを告げた。パッと浮かんだ別れ方は、海に沈めるという古典的なもので。


「……すいません、僕用事があるのでこの辺で」


えー、という声を振り切り、ルイスは怒りをぶつけられる場所を探しに実家と逆の方へと走った。

が、走る事による疲れが彼の怒りを増長させる。ハクセンは付いてきていない、というか目立つ事は極力避けねば、と子どもの頃の記憶を引っ張りだし狭い路地へと姿を消した。




ルイスが走っている頃、その弟のゼンもまた走っていた。


『お兄さんが帰ってきてるって!』


伝えてくれた友人には何か海の幸を送ろう。そんな事を考えながら走っていたら、家にほど近いカフェに人だかりを見つける。あれか、と近寄ってみたが一足遅かったようだ。


「お、ゼン坊。ルイスなら向こうに走ってったぞ」

「ありがと!」


魚屋のおっちゃんが指差した方へと足を向けたゼン。だが、


「あー!ゼンくぅん!」


人当たりのいい彼は人気者であった。しかし今はそんな人当たりの良さを披露している場合ではない。また今度、と片手を上げその場を去った。


「路地か」


面倒だがゼンは考えるより先に体が動く。この辺は子どもの頃兄とよく遊んだ場所。


「懐かしいっ」


鬼ごっこかかくれんぼか。ゼンはルイスを追っているこの状況に笑みをこぼしたのだった。






カモメの鳴き声に塩の匂い、そして男達の威勢のいい声がルイスを誘う。路地を抜けるのは簡単だった。だがここ、港に出たのは想定外。ひょこんと顔を出せば、そこに見えるのはあまり知らない顔だった。


「観光客かい?」


不精髭を生やした中年の男が話し掛けてきた。


「え、と。まぁそんな感じです」


知らぬ顔が多いのも無理はない。家庭の事情でこういった所には嫌悪感を抱いていたのだ。


「今ちょうど漁に出る船があるが、乗るかい?」


少しためらったが、小さな声でフェイが勧めてきたので首を縦に振った。


「酔っ……」


漁船に乗るのが初めてだったルイスは素晴らしき洗礼を受けていた。グラングラン揺れる船。いっそ破壊してしまおうか?そんな事を思いながら、必死に口を押さえる。


「大丈夫か?出したほうがスッキリするぜ?」

「いえ、お気遣いありがとうございます」


素直に頷けばいいものを、小さなプライドがせっかくの救済を拒む。まぁ人間誰しもある事だろう。

ある程度沖に出れば揺れは収まり、なんとか吐き気は落ち着いた。


「……すごいですね」


網を手繰り寄せて姿を見せるのは大量の魚、魚、魚。


「こんだけ獲れりゃあ気持ちいいってもんだ!」


満面の笑みで答える男にルイスの顔も綻ぶ。


「俺達漁師がこうやって仕事出来るのも、ダランさんって人のおかげなんだ」


邪魔にならない程度に手伝ってみていたルイスに、男は嬉しそうに話しだした。


「輸入ものが安く手に入ったり、肉ばっかり食べるようになって魚の需要が減った事があってよ。漁港が次々消えてったんだ。海一本の奴は次の職探すのは難しいし、現役の奴だってキリキリの生活だった」


網を全部船にあげ、売れそうにない魚は海へ、その他は船の中にしまっていく。


「そんな時さ、ダランさんが漁業おこしをしたのは」

「漁業おこし?」


額の汗を拭きながらルイスは聞いた。


「徹底的に無駄なコストを切って、同時に宣伝しまくったんだ。魚介類がどんだけ体にいいかとか、あと色んな店に足運んで使ってくれって頼み込んだり」


魚の仕分けも終わり、コーヒーは?と休憩を入れる。


「町の人達にももっと身近に感じてもらおうって、漁船に乗せるようにもなった」


今のお前さんみたいにな、と指を差される。


「いい経験が出来ました」


笑って答えれば、だろ?とまた嬉しそうに笑う。


「今じゃダランさんは海上連盟の役員になってな、滅多にこっちに顔出す事はないが、俺達はあの人に本っ当に感謝してるんだ」


感謝と、そして誇りのようにダランについて語った男は腰を上げた。


「そろそろ帰るか!」

「はい」


ルイスの心はいつになく温かさでいっぱいになった。

漁港へと帰路、いくつかの漁船と合流し威勢のいい会話が飛ぶ。


「ん?」


そんな時、海上に一つの大きな影を見つけた。


「まさかっ!」


漁師達がみな視線を空へと上げる。


「くそっ、また出やがったな!」


空にいたのは大きく凶暴そうな鳥型のモンスターだった。


「坊主、船の中に隠れてな!」


ルイスにそう言うと、男はどこにしまっていたのかライフル銃を手にし、モンスター目がけて撃ち放った。他の漁師達も加勢しつつ、みな船の速度を上げる。


「ちっ、ちょこまか避けやがって」


モンスターは体の角度を変え、全ての銃弾を上手くかわす。そしてギィイイ!と鳴くと急降下して海にもぐり、


「やべぇ!」


と他の船の漁師が慌てる。が、ものの数秒で船に垂らしていた大きな魚がモンスターに持っていかれてしまった。しかも器用に空中でそれを食べほす。


「くそっ」

「……船の速度、少し落としてもらえますか?」


ライフルを再び構える男にルイスは頼む。あれ位なら一発で済むだろうが、今の船の速度では当てるのは難しい。顔色を悪くしながらもモンスターをしっかり見やるルイス。が、うっ……と口に手を添える。


「危ねぇから中に入ってな!」


船酔いの上に一般人のルイスを心配し、男は声をあげる。


「一応……うっ、こう見え、て……魔術師っ」


ぶ、という音とともにルイスはあろう事か船に出してしまった。


「げっ!勘弁しろよ坊主!」


速度を少しだけ落とし、男はルイスに駆け寄った。


「大丈夫か?!」

「も、申し訳ありません。あとでちゃんと掃除します」

「んな事より中に」

「とてもスッキリしました。アレは任せてください」


口元を拭い晴れやかな顔でルイスは立ち上がった。


「任せるって、何い……」


ルイスの言葉を理解できないままの男を余所に、彼はブツブツと言い始めた。本来それは術を唱えるものなのだろうが、


「ちょうどウップンを晴らそうと思ってたし、海の上だし、アレをサレオスだと思っておもいっきり……」


と怪しげに笑いながらルイスは両手に力を込める。

もちろんルイスの只ならね様子に男は慌てて立ち上がったが、


「エンブロウズ!」


と両手を前に突きだし、その先からいくつもの鋭い炎を広範囲に放ったルイスに尻餅を突いてしまった。


「なんだぁ?!」

「魔法!?」


他の漁師達から驚きの声が上げる。

ギギャアアア!とそれを避けきれなかったモンスターは、体に炎をまとって海に落ちていった。




「いやぁ、マジにすげーな!」

「ホント、まさか坊主が魔術師だったとはな!」


無事漁港に戻り、汚してしまった船の掃除をしてからルイス達は捕ってきたばかりの魚を堪能していた。


「坊主じゃありません」

「あぁ?俺の大事な船にゲロったくせに何を言う!」


ダハハッ、と大きく笑う男達にルイスは何も言い返せず、少し拗ねながら焼魚を口にする。


「おいしい」

「だろ?捕れたてが一番なんだ!」


モンスターを撃退したルイスの噂はあっという間に広がり、港は男ばかりの小さな宴会のようになっていた。


「つっても杖もないのになんで魔法が使えんだ?」

「必要ないぐらい強いんです」


ここぞとばかりに名誉挽回をはかるルイスに男達はまた大きく笑う。


「なるほど!」

「頼もしい限りだなぁ」

「でもそこは謙虚にいっとくとこだぜ?」

「波には弱いしな!」


掘り返さないでください!とムキになるルイスは漁師達に随分気に入られたようだ。


「またいつでも来いよ!」


ひとしきり海の幸を堪能し、みな各々の仕事へと戻っていく。

ルイスもそろそろ家に行かねば、とお礼を言って手を振った。


「元気でな!坊主!」

「だから、坊主じゃありません!ルイスです!」


プリッとした表情を残し、ルイスは港をあとにする。しかし彼の機嫌はすこぶる良かった。

一方、港の男達は彼の名前を聞いてポカン、としていた。


「ルイス、って言った?」

「言ったな」

「黒髪で魔術師……」

「んでもって名前がルイス」


男達の頭に一人の人間が浮かぶ。


「ダランさんの息子とはな」


不精髭の中年の男がやれやれ、といった顔で彼、ルイスの背を見送ったのだった。




「あー、楽しかった」

「お父様のお話も聞けましたしね」


フェイのセリフにルイスは難しい顔をする。


「うぅん……まぁ……」

「先入観はいけませんよ。ハクセン様も常日頃より仰っていました」

「わかってるよ。僕だって昔のままじゃないんだから」


でもな、とまだ夕焼けも出ていない今。ルイスは気持ちの整理が必要と思い、くるっと方向を変えた。






「もぅ!どこにいるんだよー?!」


夕飯のおいしい匂いがする時間。ゼンはクタクタになって町中で叫んだ。

いく先々で一足違い。どうにもこうにも兄に会えず、出るのは溜め息だった。


「はぁ……今日はもう帰ろう。お腹も空いたし」


グゥ、と鳴るお腹を擦りながらトボトボと、重い足を引きずって家へと帰った。


「ただい……」

「一体お前は何を考えてるんだ!」


家のドアを開けた瞬間、父親の怒鳴り声が聞こえゼンは慌ててリビングに向かう。そこには、睨み合っている父と兄。少し離れて母親がオロオロしていた。

何年と音沙汰のなかった不良息子が突然帰ってきているこの状況。ゼン、焦る。


「だから!」


微妙な沈黙を破りルイスが口を開く。何を言うのか、ゼンはゴクッと喉をならす。


「お腹空いたから夕飯食べたいって言ってるんだよ!」


……はい!?


「ノコノコ帰ってきて第一声がそれか!?」


まったくだ!

と思わずゼンもツッコミたかったが、後ろでとりあえず静かに首を縦に振るだけにした。


「昼間魚食べたから肉がいい!」

「このバカ息子が!お前に出す食事なんかない!」

「それは母さんが決める事だ!玉子焼きも作れないくせに偉そうに言うな!」

「なっ!?親に向かってなんて口の」

「せっかく帰ってきた息子に対してその態度はないと思うけど!」


いやいやいや、勝手に家飛び出して何を言うか兄ちゃん。ゼンは一気に脱力してしまった。


「母ちゃーん、お腹空いたぁ」


溜め息混じりにケンカしている二人の間をスタスタと歩いて椅子に座り、ポチッとテレビをつける。


「「ゼン!」」


二人の声が重なる。しかし面倒なので無視。第一さっきまで町中走り回っていたので疲れているのだ。付き合ってられるか。


「元気そうだね!」

「いや、今スゴイ疲れてる」

「っていうか大きくなったねぇ。もしかして僕より高い?」

「母ちゃーん、夕飯まだぁ?」

「あ!ゼンゼン、これお土産っ」

「何?食べ物?」


立ち上がり、ゴソゴソしている兄の方へと近寄る。出されたお土産は食べ物もあれば、絵の描いてある不思議な本。靴も出てくれば奇妙なお面まで出てきた。


「……多くない?」

「ゼンの買ってたら母さんと父さんの買えなくなっからね」


ルイスにとっての優先順位第一位はかわいい弟なのだ。


「まぁ今度送るから。母さん何がいい?!やっぱり食べ物?」


台所でせっせと夕食の準備をしている母に声をかけ、そのままルイスは台所へと消える。


「……バカ息子が」

「いいじゃん。兄ちゃん帰ってきて俺普通に嬉しいよ?」

「だけどなっ」


父親の言葉を最後まで聞かず、ゼンもお土産の食べ物を手に台所へと消えたのだった。

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