閑話
ザイドさんが死んだ。
俺を、エルランを救ってくれた、俺達の唯一の人が……。
「シュワルガ〜?」
エメラルド色が光るかわいらしい召喚術師は、窓の外をボケッと見ている彼の名前を呼んだ。しかし返事はない。ちょんちょん、と肩を突くが、それでも反応がなかった。
ヤイゴの森を出て早一ヵ月。ずっとこの調子。ちなみに、
「エルラン?」
とキョロキョロ辺りを探して、見つけたら手を引いて、ギュッと抱き締める。しばらくすると解放されて、また彼は窓の外を見る。きっかり一時間に一度の確認作業。
「はぁ」
日増しにため息の回数が増えるエルラン。幸せ逃がすかっ、と思い切り吸い込んだらむせてしまい苦しむ。でも彼は振り返らない。
「……」
いい加減この状況に飽きがきていたエルラン。だから、彼の前にいき、チュッ、と軽いキスをした。
「……エルラン?」
目をパチクリさせる彼の顔は面白かった。
「大丈夫だよ」
昔にも言った。
「シュワルガは大丈夫!」
そう、昔にも……。
「俺はエルランみたいに強くない……もう、疲れたよ」
まだ私達が子供だった頃。
「疲、れた?」
そう言って死んでいった子をどれぐらいみただろう。
「うん」
力なく頷く。細身の彼は今すぐにでもきえてしまいそうで。
「じゃあ……」
私は、
「ご飯食べようか!」
とりあえず食事をすすめた。
戦争の傷跡が見えなくなったこの街に最近人が増えてきた。私達は街を守った小さな英雄としてちょっとした有名人で、レストランでおかわりをサービスしてくれた。
「お腹……空いてた?」
予想外にガツガツ食事をすろシュワルガに聞けば、首を縦に振る。
「エルランはさ」
もぐもぐしながら俯く彼。
「強いよね」
「そんな事ないよ?」
何をどう感じて強いというのか、エルランには不思議だった。
「泣かないし」
「人前でね」
「気遣うし」
「ただのおせっかい」
「いつも、笑って……」
泣きだしてしまった彼は袖で涙を拭く。自分より大きくて、年上で。目を赤くして頼りない顔で見つめられて。
「大丈夫、だよ?」
だから私は、笑った。彼の隣に腰掛けて、頭を撫でた。そしたら私の首に顔を埋めて、喉をならしながらまた泣いた。
ツーッ、とシュワルガは涙を流した。そして、いつかと同じように愛しい人の首元に顔を埋め、強く抱き締める。
「エルランっ」
「何?」
「死なっないでッッ」
つかえながら必死に願う。
「一緒にっ……いっ」
「うん」
一人にしないで。
彼は消え入りそうな声で伝え、エルランはそんな彼を抱き締め返した。
ルイス様が無事に帰ってこられ、ただただホッとした。
「フェイ?」
私を呼ぶ声に応えれば、彼は少し間を置いて「なんでもない」と。故郷への船の上、何度目になるか。痺れを切らしたのは私ではなく、ハクセン様だった。
「何を出し惜しみしている」
「いや、そういうワケじゃ」
小さなベッドの上でソワソワしだすルイス様。けれどハクセン様は逃がさない。
「さっさと言わぬか」
「別にたいした事じゃ」
「ほぅ」
少しばかり挑発するような声音。目を細めてそらさない。うっ、と言葉をつまらせるルイス様が子どもにみえ、
「思うところがあるのなら、遠慮せずおっしゃって下さい」
と優しく声をかける。
眉間にしわをよせ口をへの字にしてしばらく。ようやくルイス様の口が開いた。
「その……僕は、さ」
ルイス様に似合わない、自信のなさそうな瞳が動く。
「正しかったの、かな?」
泣きだしそうだと感じたのは私だけだろうか。ハクセン様が何の事かと問えば、ルイス様はヤイゴであった、ザイド様の事を話した。
話し終え、小さな部屋に小さな沈黙。怯えているのがわかった。彼の黒い瞳はたった一つの言葉を求めていた。しかし私には、その言葉を言っていいのか、また、それが真実なのかわからなかった。
「ルイス」
びくっ、とするルイス様。どんな答えが出るのか、私も少し震える。
「おぬしは、真に正しきをした」
ハクセン様はそれだけ言うと部屋を出ていってしまった。残されたルイス様は、
「よ、かったッッ」
泣いた。肩を上下に揺らし、目を擦り。
こんな時ほど、肉体がない自分を悔しく思う事はない。彼を抱き締め、震える体を撫でる事ができたなら。涙を拭い、ほほ笑みを向けることができたなら。
「ルイス様」
私にあるのは声だけ。
「私は」
だから、
「いついつまでも」
伝えます。
「あなた様とともにおります」
真っ直ぐに。その御心に届くように。
―テムイへ
師匠が死んだ。これから一人で練金をやっていく。クソむかつくルイスの野郎とは縁を切った。よろしく。ベルクス―
「……短っ」
電話でいいじゃん、などと開封後の開口一番、テムイは懐かしの友からの手紙にそんな感想をこぼす。
「誰から?」
テムイの正面に机を置く同僚のハイアが、研究資料片手に尋ねてきた。
「ベルクス」
「へぇ」
さして興味はないようだ。ルイスとでも言えば少しは食い付いたのだろうか?
「なんかケンカしたみたいだ」
「ふぅん」
こちらを見向きもしない赤毛の彼女の態度が気に入らず、テムイは椅子の背もたれをギィっとならす。
「……ルイスとケンカしたみたい」
「え?今ルイスって言った?」
ようやく顔を上げたがやはりテムイは気に入らず、
「言ってない」
などとそっぽを向き、ついでに部屋をでようとしたが、
「“よろしく”、ってどういう意味?」
と手紙をヒラヒラさせて聞かれた。
「……“俺は別れたけどお前は別れるなよ”って意味」
「何その以心伝心」
言って笑うハイアは学生の頃から変わらない笑顔を向け、テムイに席に戻るよう促す。コーヒー入れてあげる、なんて事まで言われ、テムイは渋々机へと向い、長い片思い相手のコーヒーを飲みながら仕事に勤しむのだった。