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神族

「ケッケッケッ。つまんねー生き物だなぁ」

「!」


ルイス達が急いで辿り着いたその場所には少しばかり傷を負ったモンスターが一体、愉快そうに地面に転がっている四人を足蹴にしているところだった。


「なんという……」


ラリアは足を止め、杖を前に突きだし術を唱えはじめた。


「っブロウズ!」


地面も切り裂くほどの風がモンスターめがけて吹いていき、見事命中したら標的は派手に吹っ飛んだ。

そしてそれに続いてルイスが術を放つと、モンスターは痙攣しながら地面に膝を落とす。

ルイスは真っ先にベルクスの元へと走った。


「ベルクス!」


体を起こして揺さ振るが全く反応がない。しかし息はある。回復術をかけようか、とも考えたがそれはすぐに消えた。モンスターが立ち上がったのだ。


「っのクソ野郎共が」

「やめろ」


モンスターが右手に光を纏った時、ファージルの声がモンスターの耳に入った。


「なぁんだ、まだ生まれてもいないガキじゃねぇかよぉ」


右手の光は消えたが、代わりに激しい殺気を放つ。ファージル以外、みな体を震わせた。


「随分と下僕を従えて、大層なご身分だなぁ」

「もう帰るところだ。退いてもらおう」


空気が緊張している。二人とも瞬きせず睨み合い、ルイス達は寒気さえ覚えた。

一体ヤツは何者なのか。聞きたくとも口が動かない。


「俺はよぉ、なーんにも落ち度がないのにこんな姿でこんな墓場みたいなトコに閉じ込められた」

「だから?」

「だからよぉ、今まさに神族として生まれようとしてるテメェ見てるとよぉ」


ククッ、と喉をならす。


「ここに引きずり堕ろしたくて堪んねぇんだよ」


五つの目がギロリとファージルを捕らえ、風を切る早さで殴りかかった。ファージルはなんとかそれを避けたが間髪入れず次が襲い掛かる。くっ、と両腕で防いだがその体は何メートルも飛ばされた。


「はっはー!まぁ仲良くやろうぜ、兄弟」


ニタッ、と笑うその顔に灼熱玉が飛んできた。


「ぐげッッ!」


ルイスは肩を上下に揺らし、また何か唱えはじめる。

そんな彼にはっとしたラリアとザイドは攻撃態勢に入った。

ラリアは激しい稲妻を立て続けに放ち、それで出来た粉塵でザイドは鋭い刄を作り出し串刺しにした。

そして止めとばかりにルイスの超巨大光玉がモンスターに命中した。


「や、ったか……?」


ザイドの額には汗が滲んでいる。


「無理だ」


振り返り、そう答えたファージルを見れば、明らかに両腕の骨がやられていた。


「……大丈夫ですか?」

「ああ。それよりも早くここを出よう。石版の所までみんなを……」


一連の戦いをただ見ているしか出来なかったクラヴィスがようやく召喚獣、ビフロンスを出し意識のない四人を担がせた。

たったあれだけの戦いだったが、ルイス達もすでに体力を相当消耗してしまっていたので一緒に担いでもらい、石版の元へと急ぐ。


「一体、あやつは何者なんじゃ?」


一番に口を開いたのはラリアだった。


「……俺の落第バージョン」


彼の目がにごる。

落第、つまり試練に失敗したらああなる。

ルイスは呼吸を整えながら頭の中を整理しようとしたが、ベルクスの事が気になってしまい上手くまとまらないでいた。

程なくして再び石版の前へと戻ってきた。これから何が始まるのかと皆静かにファージルを見つめる。


「……あとは扉を開く言葉を言うだけ。もし俺が失敗しても人間は向こうに帰れるから心配するな」


先ほどまで濁っていた瞳に力強い光を宿し、彼は言った。そして心に呟く。


――生まれてみせる……。神族として。


口を開けば人の知らない言葉。そして瞬間、石版が巨大な扉となり、それは開け放されていた。


「成功、ですか?」


ルイスが聞けば、


「まだわからない」


とファージル。


「とにかくコレを通りゃいいんじゃろ?ぐずぐずしとらんでさっさとゆくぞ」


臆する事なく、ラリアは女の子エルランを肩に、そしてそれに続くようにクラヴィスが背の高い男、シュワルガを背に真っ暗な扉の向こうへと消えていった。残ったルイスはベルクスを、ザイドがアーキルを運ぼうとしたその時。


「っいッッ!!」


ザイドの肩に地面から伸びた槍のようなものが刺さる。


「なっ」


振り向けば不適に笑う巨体。


「あ、はぁはー……馬鹿が、逃がさねえよぉ」


ぐっ、とザイドは手で肩を押さえ顔をしかめる。体が熱い。呼吸が乱れ、意識が飛びそうになり地面に崩れた。


「ザイドさん!」


ルイスが叫んだ。担いだベルクスを扉の向こうへと投げ出し、彼のもとへ駆け寄ろうとした。が、強い重力が体にかかり地面に叩きつけられた。なんとか立とうともがくが、体はいう事をきいてくれなかった。


「け、ケケ……みっともねぇ姿だなぁ。人間なんて、本当に……下らねぇ生き物だ」


最後の方は弱々しく、どこか寂しげに吐き捨てる。


「なぜだ」

「?」


両腕をやられたファージルがゆらりとザイドを庇うように立つ。


「なぜ、神族として生まれる資格を持っていたお前が、そんな事を……」


命を嘲笑うような、生きようとする魂を侮蔑するような事を言う。ファージルは睨んだが、鼻で笑われた。


「体はもれぇ、心は弱ぇ。頭は悪ぃし……救いようがねえじゃねーかよぉ」

「……」

「そりゃ俺も初めは希望ってのを持ってたさ。だけどな、本当にどうしようもねぇんだよ、人間ってのは」


扉をくぐり見せ付けられたのは、これまで人が犯し続けた罪。そしてこれからも続くであろう汚れた未来。あんなものを見せられ、どうして人と共に生きるのか。


「……それでも」


モンスターと化した仲間に、ファージルは言った。


「彼らもまた、我々の愛すべき命だ」


プツン、とそこでルイスの意識が途切れた。


「なら……扉、くぐれよ」


口じゃどうとでも言える。モンスターはファージルを笑う。


「……くぐりたいのは山々だが、彼らも、とはいかないんだろう?」


ククッ、とモンスターは喉を鳴らす。


「あぁ、ぶち殺してやるよ」

「ッッ!」


一気に距離を縮め、思い切り腹に拳が入れられる。ファージルはまたしても体を飛ばされた。

モンスターは吹き飛ばしたファージルには目もくれず、人間であるルイス達の方へと足を向ける。


「ッやめろ!」


モンスターの耳にその声は届かず、ルイスを目下に据えた。


――殺サナケレバ……人間ヲ。


モンスターは使命でもあるかのように、その手を高くあげ爪をたてた。あとは振り下ろすだけ。


「死ネ」


無機質な声とともに鋭い爪がルイスの体へと落とされる。


キィィン!

「何だぁ?!」


突如、鉄の壁がルイスを包んだ。まさか、と思い顔を動かせば、そこには肩から出た血で体を染めるザイドが立っていた。


「ッッんのクソが!」

「な、めんな」


ザイドは自らの血を練金術で何百という銃弾へと変えた。モンスターが怯んだ少しの隙に、地面を連続練金してうまい事ルイスとアーキルを扉の向こうへと誘う。しかしまたしてもザイドの体に地面から伸びた槍が突き刺さる。


「がっっ」

「テメェらの命に価値なんざねぇんだよ!」


その言葉にザイドはキッとモンスターを睨む。


「ふざけるな!」


そして赤い髪の友を見る。

ボロボロの体に虫の息。皆を守るために最後まで戦ったのだろう。そういう男だ。抜けたところはあるが、信頼できて……失いたくない。ザイドは今一度、体に力をこめる。


「……ファージルさん、二人をお願いします」


いけない!

ファージルは思ったがこの状況ではまずあの二人を何とかしなければならない。全力で扉の元へと駆けた。


「はっは、お仲間優先かぁ?馬鹿な奴だ。どうせ裏切りの生き物なのによう」

「だからさ、なめるなって言ってんだろ」

「おめぇは何にも知らねーんだ。人間って生き物を」


人間を。

たしかに、わからない事は多い。しかし、とザイドの頭にあの言葉が浮かんだ。


「……“万物全て、移り変わり、刻々と変化する”」

「?」


ザイドは目を瞑り、優しく微笑む。その間にファージルは扉の元へとたどり着き、折れた腕の痛みに耐えながら二人を扉の向こうへと押し入れる。


「……俺は、賢者には遠く及ばない。けど、お前の知らない事を知った」

「なにっ?」


目を開き、両手を広げるザイド。その顔は穏やかで、モンスターはなぜか焦りを覚えた。


「つまり、人間なめんなって事だ」

「はっ!くたばれ!」


ザイドは両手を前に振り巨大な爆発を、モンスターは地面を槍の山へと変えた。

激しく、大きく太い音が廃墟の世界に響いた。


「ザイド!」


ルイスとアーキルを何とか扉の向こうに押し入れたファージルが叫ぶが、それは虚しく消えた。砂煙に立つ影は、人の形ではないほう。ギリッ、と噛んだ口から血が流れる。


「見てみろよ」


モンスターの目は幾本もの槍に突き刺されたザイドを映していた。


「馬鹿みてぇだなぁ……俺は死んでないぜ?」

「お、前はッッ」


本当にコレが自分と同じくして生を受けた者だったのか?ファージルは悔しさに、そしてザイドの無惨な姿に体を震わせ、一筋だけ、涙を流した。


「さぁ、行ってこいよ……ここでテメェを待ってるぜ」


ファージルの体は半分以上扉の中に入っていた。モンスターは耳障りな嘲笑と罵声を放ち、その声は扉の閉じる重厚な音にかき消されていった。




――ここは……扉の、中?体が軽い。どこかに流されてるみたいだ。僕はどうしたんだろう?ザイドさんのところに行こうとして、それで……。


『死んだよ』


誰だ?!


『君の友人の大事な師匠、落第モノにやられて死んだよ』


なっ!?そんなワケない、彼はすごく強くて、


『でも死んだ』


嘘だ!


『賢卵の君に特別、選択の権利を与えよう』


選択?


『君の、大事な友人の大事な師匠が死んだ』


うるさい!


『その師匠、生き返らせてあげようか?』


え?


『さぁ、どうする?一応言っておくけど、彼が死んだっていうのは事実だよ』


生き、返らせる?


『そう』


何で


『僕は君の答えを聞きたいんだよ』


そんなの、全部嘘だ!適当な事ばかり言うな!


『わかったよ。じゃあそういう事にすればいい。だけど答えだけは聞かせて』


ふざけた質問に答える気はない!


『まったく強情な……質問を変えよう。君の大事な人が死んだとして、もし生き返らせる事が出来るとしたら、君は何を選択する?』


下らない事聞くな!


『早く、時間がない』


生き返らせるなんて……。


『なんて?』


いくら、大事な人でも……死は受け入れないといけない。


『どうして?せっかくの権利を、捨てる?』


そんな権利、もとからありはしない。あるのはその力だけ。


『力を使っちゃいけないの?』


違う。力は……


『うん?』


力は、使い方を……間違っちゃいけないんだ。




ルイスのその言葉でカッ、と世界がまた変わる。目を開くと太陽の光が差し込む綺麗な森の中で、体を起こした先に大きな湖があった。


「やぁ、起きた?」


湖の傍で釣りをしていたのは金色に輝くアルティラだった。


「みん、なは?」


立ち上がり彼の方へ歩くと違和感に気付く。自分の体を見れば、傷はキレイさっぱりなくなっていた。


「ベルクス以外は帰ったよ。ザイドって人は……残念だ」


ルイスは目を見開いた。まさか本当に……あの時の誰かもわからない声は嘘じゃなかったんだ。


「た、すけ」

「?」

「助け、られたのに」


自分の選択は正しかったのだろうか?ベルクスの、大事な人だったのに。

アルティラまであと数メートルのところで歩みを止めて俯く。すると、ガサガザッと茂みから誰かが出てきた。


「ベ!」

「何、言ってんだ?」


なんと悪いタイミング。アルティラは無視を決め込んだ。


「ベルクス、違うんだッッ」

「は?何が?俺、まだ何も言ってねーけど」


しかしベルクスの顔は怒りを表していた。


「つーか、助けられたって、どういう意味だ?」


ゆっくりとルイスに近づく。


「お前、見殺しにでも」

「違う!」


ルイスの声にまったく反応せず、二人の距離はあと数歩。


「扉の中で、聞かれたんだ、生き返らせるかって」

「で?」

「僕は……」


グッ、とベルクスはルイスの胸ぐらを掴み、右手を強く握る。


「僕は、頼まなかった」

ドガッ!


ルイスの顔に拳が入り、尻餅をついた。


「ベル!」


ルイスの声もきかず、ベルクスは馬乗りになってまた殴る。


「ふざっけんな!」

「ベルクス、やめっ」


口と鼻から血を出すルイスなど気にもとめず、思い切り殴り、彼の目から水滴が落ちた。


「なんで、なんでだよ!」

「ゲホッ。ベル、クス」

「なんで助けなかった!?」

パシッ、ゴッ!


ルイスはベルクスの拳を掴み、殴り返した。ベルクスの体が地面に転がる。


「て、めぇ」

「死んだんだろ?!」


絞りだすような声。


「助けるも何もない!死んだ人間は生き返らない!」


ルイスもまた、泣いていた。


「それがルールなんだよ!!」

「うるせぇ!」


体を起こし、ルイスを睨む。


「もうテメェなんざダチでも何でもねぇ。とっととどっかで野たれ死んじまえ」「ッ!」


立ち上がり、ルイスを見る目にはまるで感情がなかった。




「行っちゃったね」

「……」


ベルクスが森を去り、ルイスはアルティラの隣でボーっと湖を見ていた。ヤイゴの森を忙しなく映し出す湖に、見知った顔を見つける。オコジョを肩に乗せたガーバだ。


――もし彼もベルクスと同じ立場になったら、僕から離れていくだろうか。


あまり働いていない頭でふとそんな事を思う。


「ルイス君。あまりここに長居されてもちょっと困るよ」

「……すいません」

「一つ、昔話をしてあげるから、それ聞いたら出てってね」

「?」




昔々、全ての種族が生命のトップに立とうと戦争を始めました。それは百年以上続き、大地は荒廃し、全ての種族が生存を危惧するほど酷い戦いでした。それでもなお、終わりをみせない戦いに七人の人間が立ち上がりました。彼らは皆人間を代表するもの達でした。彼らがいなくなれば人間という種族を潰せる。他の種族は我先にとその首をねらいましたが、なんとその首自ら各主要種族のもとへと出向いたのです。そして口々にこう言いました。


『私の命で止まるものがあるのなら、喜んで差し上げます』


その言葉にハッとした種族の長達は、涙とともにその首を切り、今度は戦争を終わらせようと立ち上がったのです。

また、神族のもとへ出向いた人間はこんな会話をしていました。


『もっとも高貴なあなた方に、どうか願いたい』

『なんぞ』

『我々人間がまた、大きく許されるべきでない罪を犯した時、どうかお止め頂きたい』

『こたびの件、人間だけの罪にあらず』

『それでも我々は、あなた方に采配を望みます』


深く下げたその頭は、二度と上がらなかった。

神族の長は落ちた頭にそっと口付けをし、そして契りをかわした。


『愛すべき子よ。汝の願い、しかと聞き届けたり』


それから程なくして戦争は終わり、それと同時に神族は姿を消したのだった。




「さ、帰る時間だ」

「……な、んで」


今そんな話を。たしかに神族の事が知りたくてここに来た。まだ知りたい事がたくさんある。だが、今なにをすべきなのか、考えるべきなのかわからない。もう少しここにいたい。そして、言って欲しい言葉がある。


「もうここで学ぶ事はないよ。また、新しい旅に出るんだ」

「でも」


すがるルイスにアルティラは態度を変えはしなかった。


「これから君はうんと苦しむ。さっきのような事とか……失望と絶望を味わい、何度も奈落の底にたたき落とされる。だけど諦めちゃいけない」

「……はい」


なぜだか素直にその言葉が耳に入ってきた。


「神族は君達の事を“愛すべき”というけど、俺たちはこういうんだ」

「?」

「“愛しい子よ”、と」


ピカッ




眩しい光に襲われたと思ったら、ガヤガヤとうるさい場所に移っていた。目を開けばそこは見慣れた街のルーパで、


「あれ?ルイス?」


と振り返れば、買い物袋を手にしたウィルが立っていた。





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