走る
「そんなに怒るなってー」
「……」
「っていうか、だいたいの卵はこうなるし!」
「……」
「心配しなくたって平気でしょ」
ヤイゴの森に、実質トップにたっているアルティラという少し謎のある男に異界に飛ばされ、みなバラバラになっていた。そんな中、今回のミッションの主役、背の高い男ファージルはけだるそうに歩いていた。一緒にいるのは召喚術師のクラヴィスただ一人。
「……おかしい。俺のサポートは八人もいたはず。それがなぜか無口な青年一人」
「……」
三歩後ろを歩くクラヴィス。そして別に彼に話しかけるでもない背の高い男。
「俺、正直アルティラみたいに強くないし、もしかしたらこのまま敵にやられて死ぬかも」
「……」
「あ、でも俺が死んだらみんなが来た意味なくなっちゃうか。って事は俺、何が何でも死んじゃいけない?」
ようやく後ろを振り向き、お供と顔を合わせる。
「俺の名前、知ってるよな?」
そう聞くと、口には出さず静かにうなずくクラヴィス。
「よし。で、お前は俺をちゃんと守ってくれるわけ?」
先ほど召喚獣をだし、方々へ散らせた彼に問えば、再び静かにうなずいた。
「そっか。じゃあまぁよろしく」
そしてまた歩き出す。
なんとも不思議なことに、しばらく歩いていてもまったく敵に出くわさない。しかしそれより気になるのは、クラヴィスの召喚獣からの便りが一つもないことだ。
ファージルは歩くのをやめた。そしてクラヴィスに言った。
「好きにしろ」
「?」
クラヴィスはようやくうなずく以外の動作をした。
「心配事があるんだろ?」
「……」
「俺の感ではあの老婆の気がするが……」
こちらに来てすぐ、クラヴィスが周りを見渡し急いで召喚獣を出したのをみて、彼は察したようだ。
「誰にでも優先順位ってのがある。お前にとって、俺のお守りは圏外だ」
そうだろ、と目線を合わせてやる。普通の人なら気づかないかもしれないが、彼が戸惑っている様子がファージルには手に取るようにわかる。
「俺は……」
ぶんぶん。クラヴィスは首を横にふった。どうやらお守りをとるらしい。彼の優先順位が見えなくなった。
「……まぁ座れ」
適当に腰を下ろす。素直に従うクラヴィス。表情は変わらず。
まだ若いこの青年に、感情という人間の特性が激しく欠如していることがファージルは気にかかった。
「名前は?」
「?」
「お前の名前だよ」
「……クラヴィス」
ようやく彼の声が聞けた。ファージルの想像よりも少し幼い。
「クラヴィス……」
彼はどの質問をしようか迷った。一番効率的で建設的な質問は何か。
「……クラヴィス、それ、どうした?」
ファージルは包帯の巻かれた彼の右目を指差した。なんとなく想像はつくが、それでもこの質問からのスタートを選んだ。
クラヴィスは予想通り、何も答えない。目をそらし、無表情のお面をつける。
「大切なものってのは、ちゃんと大事にしないといけないと思わないか?……お前がその右目を失ったときのように……」
ファージルの言葉に思わず振り返るクラヴィス。ついさっき会って、名前ぐらいしか知らないのに、一体何をいうんだ。そういう彼の心を、ファージルはお面の上から見通す。
「一つ言っておく。お前が俺を知る必要はない。ただ、俺の言葉と対峙するんだ」
「……」
「お前は何のためにここにきた?」
「……」
警戒するクラヴィス。そうだろう、誰でも想定外の事がおきたらそうなる。だからファージルはゆっくりと、ゆるやかな声ではなした。
「伝説の召喚獣か?」
うなずく。
「だがお前には興味のないこと……あの老婆がかかわっているのか。ザイド達は国から、お前らもか?」
たじろぎながらも首を縦にふる。
「国からの脅し……興味はないが……」
ブツブツと考えをめぐらせ色々なシミュレーションをする。
老婆に促された?背後には国の思惑……まぁ何にせよ、今この青年が選択しているものは間違っている。
「老婆の名は?」
「ラリア」
「大事だな?」
反応なし。ファージルは肯定ととる。
「よし、クラヴィス。いいか」
「……」
「お前がここで俺を完璧にまもったところで、ラリアがどこかで死んでいる可能性……有り」
「……」
「お前がここで俺を見捨ててラリアのところへ走り、そのせいで俺が死にお前も任務失敗で結局ラリアを失う可能性、これも有りだな?」
推測で言ってみた。どうやら当たりのようで、クラヴィスがだんだん不快になっていく。
「お前が」
「うるさい」
眉間にしわを寄せ苛立ちを隠さない。そんな彼の変化を、ファージルは快く受け入れる。
「そうだ、それが正しい」
何を言っているのか、クラヴィスの苛立ちに困惑が混じる。
「感情をだせ。お前は生身の人間なんだ。その狭い頭の中で全てをおさめようとするな」
男の言っている意味がまったくわからない。感情をだす?人間だからなんだっていう?
久しぶりに感じる怒り。自然と拳に力が入る。
わかっているんだ。ラリアのための、伝説の召喚獣。そのための、ファージルのサポート。頭では全部、わかっているのだ。
なのになぜ、
「クラヴィス、お前は囚われの身か?」
わけのわからないことを言う。
「もうお前は自分の一部を犠牲にした……お前は、奴隷でもなければしもべでもないんだ……」
――犠牲……奴隷でもなければ……。
その言葉に遠い昔の記憶がよみがえった。
小さい頃。
子ども心に、自分が邪魔であることはわかっていた。理由はわからない。だが、邪魔なのだ。
それでも時々、優しくしてもらった。寒い日に、暖かいスープをくれた。父親は「寒いだろう」と気遣ってくれた。忙しそうな兄の代わりに、山を2つ越えて買物にいった。「ありがとう」と言ってくれた。
ただそれだけだったが、自分には十分だった。
ある日、町がモンスターに襲われた。家族が危ない。自分なんかよりずっと大事な人たちが。
「よう、坊主」
突然現れたソイツはビフロンスと名乗った。
「右目をよこせ」
右目?
「家族を助けてやる」
本当に?
「死ぬほど痛いがな」
クックックッ。
ソイツは怪しく笑った。
俺にとって、痛みなどどうでもよかった。
自分の体だって、どうでもよかった。こんなもの、ただの入れ物なんだ。
俺は悪魔と、契約した。
「……犠牲じゃない」
クラヴィスが口を開く。
「別にいらなかった」
「自分の目が?」
「奴隷でもなんでもいい。関係ない……」
「大有りだ。お前は世界でたったの一人」
「どうでもいい!」
初めての大声。自分の声に驚いた。ファージルと目が合い、そらした。
「何なんだ、あんた」
「お前に自由を望む」
「?」
そらしていた目をまた合わせる。
「お前の幸福を望む」
「そんなっっ」
そんな事、許されるはずがない。何をいってるんだ。
「……」
「許す」
「……」
「お前の自由と、幸福を」
「……頭、おかしい?」
本当に、何を言ってるんだ。この男はバカなんだ。そう、クラヴィスは思った。
「……ッッ」
しかしなぜか、涙が頬をつたっていた。
「なん、なんだっ、」
声がつまる。
「お、まえっっ」
先ほどとは違う理由で拳に力が入る。
許す。許した。許された?
この自分が?
こんな、悪魔と共にいるヤツが?
ポンっ。
「?」
ファージルの手がクラヴィスの頭にのり、ガシャガシャと乱暴になでる。
「???」
「行け」
「は?」
「ラリアのとこだ。俺の心配はするな、絶対大丈夫」
大きな手が背中をおす。
行く?本当に? ラリアに会えても彼が無事でなければ意味がない。伝説の召喚獣を、ラリアが国と交わした約束を。彼と一緒にいなければいけないんだ。だけど今、心配なのは。今一番、会いたいのは……。
「ラリアと一緒に石版のところで会おう。おそらくラスボスいるからなぁ。さすがにそれは俺一人では心細い」
へらっ、と笑っている。何なんだ、この安堵感は。クラヴィスは一歩、彼から遠ざかる。
「強そうな婆さんだったけどもう年だからな、ちゃんと守れよ」
また一歩。
「ついでに他のメンツもよろしく」
行く?
「行って来い」
バッ!!
ファージルの言葉で、クラヴィスは走り出した。全速力。そして新たに召喚獣をよび、空へと飛び立った。
「人間ってのは、いいなぁ」
「余計なことを」
ファージルがクラヴィスの去っていった空を見上げていると、後ろから寒気のする声がした。
「使い勝手のいい術師だったのに、か?」
振り返ればやはり、ビフロンスがいた。
「キサマ等は本当に目障りだ。いつも余計なことをしてくれる」
「自由は命の成分の一つだ。ガタガタいうな」
鋭い目つきでビフロンスをみる。
「ふん、肉体ももてない生き物が」
そんな捨て台詞を残し、彼も去っていった。
「フェイさーん……」
「……」
「うぅ。神族ってのは気難しいなぁ」
「あなたのセリフですか」
「あ、しゃべった」