二人で
ザイドさんがとてもすごい錬金術師だという事は十分わかった。あのベルクスが弟子になるぐらいだ。本物に決まっている。
それでも、そうとは頭でわかっていても、やはり信じられない事が今目の前で起きている。
「……あの」
「ん?」
声をかけ、飄々とした顔をこちらに向ける錬金術師。彼ごしに見えるのは横たわっているモンスター達だった。
「お、お強いですね」
「え?マジでー?!もしかして俺今すごい??いやぁ久々に褒められたかも!!」
大きく照れるザイドだが、何のかわいげもルイスは感じられなかった。
「疲れは、大丈夫ですか?」
「あー、ちょっとダルいけどこれぐらいなら全然大丈夫!ほら、先急ごう」
ものの数秒、短すぎる戦闘だった。しかもさっきからこんな事ばかりで、さすがのザイドもあきがきているようだ。
「ここは一つ、親睦を深めるために会話に花を咲かせようじゃないか」
などと、ビュンビュン飛ばしている乗り物の上でいってくるぐらいで、
「は、はぁ」
「よし、では第一問!」
「問題?」
「現在恋人はいますか!?」
なんていきなりの質問をぶつけてきた。
「こっ……ザイドさんはどうなんですか?!」
「えぇ!?何言ってるか聞こえないぞー!!」
風に飛ばされ聞き取りづらいことこの上ないに決まっている。
「だから、ザイドさんは?!」
「俺?!俺は女に興味はない!!」
「えぇ!?」
「俺には錬金だけだ!」
キキキッッ!!!いきなりの急ブレーキにルイスは乗り物から振り落とされそうになった。
「ど、どうしたんですか急に??」
「疲れた、今日はこの辺にしておこう」
そういうとさっさと乗り物を消してしまった。そしてついさっき、『全然大丈夫!』といっていた男は平たいところに体を横たえた。突然の事に唖然とするルイス。今は正直、一刻も早くみんなと合流したほうがいい。こんなよくわからない異界に飛ばされたのだ、とても体を休めて寝れる気分でもない。
しかし、すでに寝転んでいるザイドは大きなあくびをしていた。
「ザイドさぁん……」
「ルイス君も休んだほうがいいぞー。ってか結局彼女いるの?」
話が戻ってしまった。
自分よりは確実に上の人にたいし、ルイスは何も言えなかった。
「彼女というか、好きな人は……」
ザイドの近くに腰掛けた。一応周りには警戒を持ち、いつでも術がはなてるようにしておく。
「第二問!」
「次!?」
まさかの突っ込み質問なしという展開にツッコミを入れたくなるルイス。しかしここは耐え時だ。
「魔術はいつから?」
「えっと……もうずっと前からです。子どもの時から」
「子どもの頃、一番イヤだったこと、許せなかったことは?」
「……親の勝手な期待、勝手に決める道」
「今現在、許せないことは?」
「うぅん……」
ルイスは悩んだ。今、許せないこと。しかしパッとは出てこない。
「今のルイス君は幸せなんだ」
ザイドが顔だけおこしてルイスをみる。
「俺は物心ついた時から錬金をしてた。両親が錬金術師だったし」
「そうなんですか」
「子どもの頃はとにかく楽しかった。毎日が新しい発見。両親が教えてくれた、ってのもあるけど、自分でも色々つくってた」
ザイドが片手をちょっと動かせば、そこから小さな光が無数に輝き始めた。
「……“転変の賢”」
「?」
もう片方の手を振りかざすと、光は虹色に光り、四方へ飛んでいった。
「七賢者の一人、錬金術師の事だ」
ルイスは身を乗り出した。自分が求めていることの一つだ。
「『万物全て、移り変わり、刻々と変化する。それを知る者、錬金の者よ。汝に世界を与えん』」
ザイドの言葉に首をかしげ、ルイスは記憶をたぐった。しかしそんな言葉はどの書物にもなかったし、人から聞いたこともない。
「それは……」
いったいなんの言葉ですか、と聞こうと思ったが、彼はもう眠ってしまっていた。よくもまぁこんな状況でスヤスヤと、とあきれたが、どうしようもないので今は休むしかない。
「世界を、与えん……か」
一昔前の自分であったらすぐさま食いついていたかもしれない。だが、力をつければつけるほど、知識を得れば得るほど、今まで見えなかったものが見えてきてしまう。それゆえに、恐れが顔を出す。
もしかしたら、とルイスはザイドを見た。彼もまた、恐れを抱いているんじゃないだろうか。力の先、知識の先はきっと自分たちの想像を超える世界があるかもしれない。それを目の当たりにした時、はたして……。
「っおかしくなるかな」
乾いた笑い。うなだれて目をつぶる。
周りには風もなく音もない。今のルイスの気持ちと似ている。
とても静かで、揺るがない。
彼は思った。その静かで揺るがない心に。
――欲しい。
世界を、求めた。