アルティラさん
召喚術師は知っている。
「よーし、今日こそは幻のビッグフィッシュを釣り上げるぞ!」
男は意気揚々と、大きな湖へと釣竿を振った。湖の端々にはヤイゴの森の映像がうかんでいるが、彼はまったく気にしていないようだ。
「さぁ来いビッグフィッシュ!カモンビッグフィッシュ!!」
あまり頭の良くなさそうなセリフを元気よく飛ばす。そこにいつものようにモンスターや精霊達が寄ってきた。
「またやってるの〜?」
「無理無理!アルティラって全っ然釣りの才能ないし!」
「そんな幻よりも、イーラちゃんを釣り上げてみなよー」
外野がいつもの如く彼、アルティラをからかってきた。みな本当に楽しげだ。
「才能なんてなくたって根性でどうにかなる!!」
「えー、イーラ様口説く度胸もないのに?」
彼の周りに集まってきた者達が明るく笑いあい、中心の彼は顔を少し赤くして「うるさーい!」とささやかに抵抗しているそんな時、噂の彼女、イーラがやってきた。
「あ!ちょうどいいところに!!」
「イーラ様お疲れ〜」
「わっ!もう戻ってきたの??……っていうか何その付属品!?」
アルティラが指差した先、イーラの後ろには、クラヴィスを筆頭にルイス、ラリア、ガーバにモンスターであるバランが立っていた。
彼らの登場に湖の周りはざわめく。
「付属品だなんて、もう少しお言葉を選んでください、アルティラ様」
イーラは眉を上げて怒ってみせたが、その表情も綺麗だ。
そして後ろからルイスが尋ねる。
「あの人が、あなたの言っていたこの森で一番強い方ですか?」
その声に反応するかのように、アルティラの周りにいた者達が一瞬緊張した。
――彼が……。
いくつもの目が彼を捉える。しかし、その視線を浴びている本人は、そんな事微塵も気づかぬようで、ただアルティラを見た。
イーラもそうだが、彼もまた、綺麗だった。彼の友人であるベルクスよりも光を放つ金色の髪に目、整った顔立ち。ただそこにいるだけで何かを感じさせる存在感。
「こりゃまた、随分と綺麗な男じゃのう」
ラリアが思わず思ったことを口にすると、後ろでガーバが無意識に頷いた。ただクラヴィスだけは、いつものようにまったく動じていない。きっと頭の中は、彼をどう従えさせるか、その事でいっぱいだろう。
「……面倒だなぁ……」
はぁ、とアルティラはわざとらしく、盛大にため息をついてみせた。
「説明すれば、彼らも引き上げていただけると思ったのですが……」
「うぅ〜ん……」
こんな所でドンパチ始める気のないアルティラは腕を組んで少し悩んだが、何か名案でも思いついたのか、手を叩いて満面の笑みを見せた。
「そうだ!じゃあまず君達に一つ、頼みごとをしよう。それをクリア出来たら、取りあえず俺達の事について話してあげる……“伝説の召喚獣”の手がかりが見つかるかもね」
今度は意味あり気な笑みを浮かべ、「どうする?」と楽しそうにルイス達を見た。
それに対し、ルイスが答えるよりも早く、クラヴィスが左手を上げた。
「ビフロンス」
その名を呼べば、一瞬の眩しい光とともに一体の黒い召喚獣が姿を現した。
「!!」
「クラヴィス!?」
ラリアが声を上げたが、呼ばれた当人の目は金髪の男しか捕らえていなかった。
どうやら彼らはアルティラの申し出を拒否したようだ。もちろん、この答えも考慮に入れていたアルティラは静かに、
「……みんな、逃げて」
と、突然のことにすっかり固まってしまっている周りの者達に声をかけた。彼の声を聞いて皆一斉に森の中へと逃げていった。
「イーラも……」
「いえ、私はこちらで見学を」
「わかった……って、ん?見学!?」
そう言うと彼女は少しだけその場から離れ、心配するでもなく、むしろワクワクしているのではないかという顔でアルティラ達を見届けるようだ。
彼女の意外な行動に少し脱力したアルティラだが、気を取り直して召喚獣、ビフロンスを見やった。が、またしてもアルティラは以外なものを目にした。
「あなたバカですか?キチンと脳あります?機能してます??」
そこには、賢卵であるルイスに説得、というよりも脅されている可哀相な召喚術師がいた。
「ルイス、もっと言ってやれ!!このガキんちょはワシの言うこと一切きかん!!」
「えぇわかっていますともラリアさん。日頃からのあなたに対する態度も頂けませんが、今この状況での彼の思慮に欠け過ぎている判断。まったくもって許されるべきことではありません。バカとしかいいようがありません」
いつの間にかクラヴィスはルイスの術で体の自由を奪われていた。そんな無抵抗な彼に対し、ラリアは手に持っていた杖で彼女の力の限り殴り始めた。
ちなみに彼の召喚獣であるビフロンスもいつの間にか消されていた。ルイスとラリアの恐ろしいまでの連係プレーだ。
「ラリア……痛い……」
普通に、ごくごく一般的に考えてこれは“リンチ”というものに分類されるのではなかろうか。ラリアからの物理的暴力。そしてそれに勝るであろうルイスからの言葉の暴力。
そして彼らの後ろで身を小さくして震えているこれまた可哀相な召喚術師のガーバ。
アルティラもまた、少しばかり体が恐怖し、事が自然に収まるのをただ見守るしかなかったのだった。
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「不出来な息子で申し訳ない!!」
「バカは死んでも直らないといいます。どうか寛大なご処置を」
「あ、う、うん。まぁほら、若いからこう、焦りって言うか、猪突猛進的なものがあるからね。今のことはサラッと水に流しちゃおうね」
心身共にボロボロにされたクラヴィスの頭を地面につけ、ラリアもまた頭を下げていた。ルイスも一応、軽くではあるが頭を下げる。そしてガーバも。
ようやく内輪もめが収まり、アルティラはほっと胸をなでおろした。まさかこんな展開になるとは、さすがの彼も予想出来なかった。
だがまぁ事は穏便に進んでくれそうだからこの際良しとしよう。
「それで、アルティラ様の頼み事を引き受けるという事でいいのよね?」
一部始終を見物していたイーラが近づいてきて、ルイス達に一応聞いた。彼らはもちろんです、という顔をして頭を縦に振った。
「一体ワシらは何をすればいいんじゃ?」
クラヴィスの頭の上に置いていた手をようやく離し、ラリアが質問をした。
「そんなに難しい事じゃないよ。俺達の仲間に割りと年の若い、ちょうどルイス君ぐらいなんだけど、その子が大人になるための試練がちょっとあってね。その付き添いをしてもらいたいんだ」
「「試練?」」
ラリアとガーバの声が重なった。
「そ!洞窟に入って石版に名前を彫るんだ。洞窟の中はここにいるモンスターとはまったく違う生き物がうじゃうじゃいて、とてもその子一人じゃ無理だから、護衛って感じで!」
「なるほど……ですが“試練”なのに他力が加わっていいんですか?」
ルイスが頷きながらも浮かんだ疑問を投げかけた。
「え〜別にいいんじゃない?用はその石版に名前彫ればいいんだし?っていうか洞窟入った後の事まで責任負えないから、その辺はどうでもいいかも〜」
アハハ〜、などと何とも適当な答えが返ってきた。これがルイスの見知った人物ならば、「何適当な事言ってるんですか?ここ大事なとこですよね?焼かれたいんですか?」と、火の玉の1発や2発くらわせているところだ。だが彼は大事なキーマン。ルイスは小さな怒りをグッと堪えたのだった。
「では、私はファージルを呼んでまいります」
「うん、じゃあ俺達は先に洞窟いってるね〜」
イーラと別れ、アルティラを案内人に一行はその洞窟へと向かった。
その道すがら、ルイスはここぞとばかりに彼に質問攻めを繰り出した。
「すみません、アルティラさん」
「ん?何?」
「ズバリお聞きしますが、あなた方、つまりあなたとイーラさん、それにこれから会うファージルさんは、し……」
「神族じゃないよ」
アルティラはルイスに全てを言わせなかった。そして質問を阻まれても欲しかった答えが聞けたことに、ルイスは内心驚いた。
彼は振り向きもせず、前を歩きながら話し始めた。
「だからと言って無関係じゃないよ。それと、ルイス君の本当に欲しい答えは今向かっている洞窟の中にある。洞窟の中は“こっちの世界”とは“別物”だから、“こちらの神族”は入れない」
こちらの神族?
ルイスは彼の言葉の意味をすぐに理解することは出来なかった。そしてすぐ後ろを歩いていた三人の変化に気づくのも少しばかり遅れた。
「おぬし、今何と?」
ラリアの声にアルティラが足を止め振り返る。
「……何って?」
「あの、まさかあんた、俺達を異界に送るつもりなのか?!」
ガーバが顔を青くしている。異界、という言葉をルイスは頭の中で探ってみた。
たしか、世界というのがいくつかある。一番解りやすい例が獣界だ。召喚獣の住む世界をそう呼ぶ。今自分達のいる世界、つまり中界からは渡る事が出来ないとされている。このように、実際はリンクしているのだろうが、お互いに極めて干渉出来ない時空をそれぞれの“世界”と定義し、自分達とは違う時空を“異界”とする。
そして今ガーバが言った「異界に送る」というのは、簡単に言えば、今いる世界から違う世界へと移動するようなものだろう。
それが一体どんなに大変な事なのか、ルイスはイマイチ掴めなかったので、取りあえず黙っていた。
「まぁそうなるね。でも案外大した事ないよ?別に入った途端体に異常が出るとか死んでしまうとか、そういうんじゃないから。そうだなぁ、この森の住人がもうちょっと凶暴で強さを持った、ってぐらいの感覚かな?」
「十分大した事あるだろ!?」
日頃からこの森に出入りしているガーバとしては、これ以上強いモンスターなど、しかもそれがうじゃうじゃいるなど、そんな場所は許容範囲を超えている。
「俺死ぬ!絶対死ぬ!!この中で一番弱いの俺じゃん!?」
一同頷く。
「……じゃあ帰れば?」
状況が整理できたルイスは事も成しに言い放つ。そしてそれに対しても一同頷く。ガーバは心を簡単に折られた。
「ひっど!!え、マジで言ってる?ここまで一緒に旅した仲だろ!?」
「いや、別に旅なんてしてないから」
「そうかよ!!」
ガーバも半ばヤケクソになりながら、そして涙を目に溜めながら叫んだ。そこにラリアが優しく諭す。
「のうガーバよ。ワシがいうのもなんじゃが、ここから先は本当に危険じゃ。ハッキリ言っておぬしの手にはおえん。ワシらも自分の事で手一杯になるじゃろう」
ガーバの目にはやはり涙が溜められている。
「おぬしはまだ若い。才能もある。ルイスと一緒にいるぐらいなのじゃから」
ラリアはそっと笑い、ガーバの緊張を解いてやる。
「だ、けど……」
さきにある不安か、それとも悔しさなのか、拳を握り締めるガーバ。彼の目から、涙が落ちた。
世界と世界、全てをひっくるめた世界すら。