前日
冷房のきいた部屋に二人。一人は初老の男で、イスに座り机に向かって一枚の紙に目を通している。もう一人は黒髪に黒い瞳を持つ少年。対峙して立っている。
沈黙が長い。外からはセミの鳴き声が聞こえてくる。初老の男はため息をつきながら紙を机に置いた。
「認められないな」
「なぜですか?」
初老の男はイスをくるりと百八十度回転させ、窓の方を見る。
「……君は実に優秀だ、ルイス君」
「自負しています。」
「それは驕りだよ」
「……」
しばしの沈黙。
「ご両親はなんと?」
「僕の人生は両親のものではありません」
「君はまだ十六歳だろう。」
「……」
「……この事に関しては日を改めて話をしようか」
「わかりました」
ルイスは一礼すると静かに部屋を出て行った。入れ違いに一人の女性が入ってきた。
「失礼いたします。理事長、こちらの書類にサインをお願いいたします。」
「あぁ。……夕方ごろ取りに来てくれ」
「わかりました」
ルイスは午後の講義をサボり図書館へと足を運んだ。町から徒歩1時間かかるにも関わらず、ちらほらと一般の人が利用している。
ルイスは三階まで上っていき、高等魔術の本を手に取った。しばらくその場で立って読んでいたが飽きたらしく、医術の本があるところへ行った。
「あ、テムイ」
手に数冊の本を持って机のあるほうへ移動中のテムイと遭遇した。
「ルイス、お前講義は?」
「テムイこそ」
「今日のところはもう頭に入ってるから俺はでなくていんだよ」
こいよ、とテムイはルイスを勉強机の方へさそった。
「これ、何か分かるか?」
席に着くなり一冊のノートを渡された。パラパラっと軽く目を通したルイスは少しばかり驚いた表情を作った。
「これってまだ研究中の薬品について?」
「そ。まぁあと一ヶ月ぐらいで研究中じゃなくなるけどな」
軽く笑うテムイ。ルイスにはその意味が分かった。ノートは半分以上埋まっていて、最後の方を見る限りこの薬品の完成が間近であることがわかる。
「天才医術師現る、だね」
「大げさだろ。だいたいそんな賞賛のためにやってるわけじゃねぇし」
「じゃあ何のため?」
さぁな、とはぐらかされてしまったがルイスは少し粘ってみた。しかし理由は聞きだせず、研究の邪魔をするなと席を立たされた。
夕食になるまで適当に勉強をして時間をつぶし、星空が見える時間になったころいつものように屋根に上った。
「結局なんだったんだろ」
「何がですか?」
いつものようにどこからともなく声が聞こえてくる。高すぎず低すぎず、しかし柔らかい、女性であろう声。
「何のためにあんなにがんばってるんだろうと思ってさ。好奇心が旺盛、ってわけでもなさそうだし……」
「誰かのためでございましょう」
「何でそう思うの?」
「自分のために働く力など高が知れています」
ふぅん。さして興味がなさそうである。そしてルイスは軽くため息をもらす。
「どうしました?」
「今の、嫌味にしか聞こえないよ」
「そう聞こえるということは一応自覚はあるのですね」
今度は盛大にため息をついた。
ルイスは今まで自分のために行動してきた。ここに入学したのも、魔術を専攻したのも、それを高めるのも。アルドを助けたのだってたまたま見つけて、モンスターと戦うチャンスだと思ったからであって、酷い話アルドのため、というのはその時頭にはなかった。誰かのために動いたことなどルイスの記憶にはなかった。
「どうせ僕はこの程度の人間だよ。幼少期に出来た人格は直らない」
「直らないのではなく、直そうとしないのでしょう。直るものも直りません」
「……それよりさ、明日でるから」
「さようですか」
「一応理事長に連絡したし、両親にも手紙で後から連絡する」
「直ぐに連絡なさった方が良いのでは?」
必要ないよ、と言いながら身を起こし部屋へと戻っていった。
夜空には黒い雲がかかってきた。
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