同じ
「なんだか面白いような、面白くないような事が起こってる」
「あら、面白い事この上ないじゃないですか」
「う〜ん。でも面倒でもある」
「見ているだけですもの、面倒な事など起きませんわ」
綺麗に笑うその女性はそのままどこかへ行ってしまった。残された男は、“ヤイゴの森”を忙しく映している大きな湖を見て胡坐をかいていた。
「見てるだけなら、ねぇ。でも“賢卵”がいるんだよねぇ……」
その湖は黒髪の魔術師、ルイスを映していた。
「しかしその年で杖がいらぬとは、将来が楽しみじゃのう」
「そんな、僕なんてまだまだです」
謙虚にそう答えるルイスをラリアはますます気に入っていた。そんな仲良くお喋りしている二人を、クラヴィスは後ろから相変わらずの無表情で見ていた。
「あの、クラヴィスさん」
ふと、自分の斜め後を歩いていたガーバが声をかけてきた。
「伝説の召喚獣ってどんなのか知ってますか?あ、それと俺達を呼んでくるように命じたあのビフロンス、あれものすっごいリャオですよね?一体どうやって従えたんですか?やっぱペランタ出来るぐらいのレベルじゃダメですか?」
結構な勢いで質問が飛んできた。それもまだ止まる様子がない。
「クラヴィスさんはどんな修行してたんですか?どうしたらクラヴィスさんみたいにリャオを従える事が出来るんですか?いや、一応方法は知ってますけど、でもそんなんでリャオって手に入らないし……でも俺もいつかリャオを従えて、クラヴィスさんみたいカッコイイ通り名をつけてもらえるようになります!……そう言えば、その右目どうしたんですか?」
いつの間にか隣に来ていたガーバに顔をヒョイ、と覗き込まれた。クラヴィスは面倒なので無視したが、どれだけ避けようとも彼は粘り強く話しかけてきた。
そんな一方通行な二人に気付いたラリアが、また無駄に元気よく注意をした。
「クラヴィス、お前はなぜ人の質問に答えん?!何も自分から話し掛けろなどと難しい事は言っとらん。ルイスを見習わんか!敬語も使えて物腰柔らかく、それでいて楽しく話をしてくれとる。何よりも礼儀という――」
「……うるさい」
ようやく彼から言葉が出たかと思えば、それはラリアを怒らせるのに十分な要素を持ったものだった。
「こんのガキんちょが!!誰に向かってそんな言葉をはいとる!?まったく、育て方を間違えたわい!」
そんな彼女に少しため息をつき、例外無しにクラヴィスは無視して歩いた。が、そんな事はあのルイスに見逃してもらえるはずはなかった。
「クラヴィスさん、あなたは今までそうやって失礼極まりなく生きてきたんですか?それでいいと思ってるんですか?」
「……」
「僕たちは先程会ったばかりだから大目に見るとしても、ずっと一緒にいるラリアさんに対するその態度は許されることじゃありま」
「うるさい」
一言だけ言うと、また歩き始めた。ラリアが慌ててルイスに頭を下げようとしたが、彼はそれを止めた。クラヴィスは黙々と先を歩く。ルイス達も仕方なく彼についていくが、やはり少しばかり彼との距離は出来ていた。
「すまんのぅ。昔から口数の少ないやつで……優しいところもあるんだがのう」
ラリアはとても寂しそうに、そして悲しそうに話す。
「実をいうと、わしもあの子のことはよくと知らなくてな。たまたま行倒れになっていたところを拾ったんじゃ。わしは自分の子どもを亡くしていたから、あの子がとてもかわいくて。あの子もわしの事を気に入ってくれたみたいで、今こうやって一緒にいるんじゃが……中々自分のことを話してくれんのよ」
最後に弱く笑った。ガーバがすかさずフォローを入れ、この場をあまり盛り下げないように、という気遣いをしたおかげで話題はすぐに明るいものに取って代わった。
――老魔術師と呼ばれる人でも、やっぱり人間らしい悩みがあるんだ。
前にいるクラヴィスを除く三人で、たわいのない会話をしながら、ルイスは思った。
ある程度の力を持っている人間というのは、周りから畏怖の念を抱かれる。特に、人知を超えた力を持ってしまった者などは、同じ人間とは思われないものだ。事実、キリエラ語の解読に成功した“言霊のモビウス”や、魔術大国イリューマの、建国の父の右腕であった“大魔術師アスキディア”など、あげていったらキリがない。
ラリアの力は、魔術師の中では上の中ぐらいだろう。例えモビウスやアスキディア程でないにしても、やはりどこか“普通”とは線を引かれる。何よりルイス自身、心のどこかでそんな感じがしていた、のだが……。
「どうしたルイス?急に黙りこくりおって」
ラリアとガーバが振り返る。
「いえ、何でもありません」
そうか、と優しく笑う老婆を見れば、ルイスの疑問など取るに足らないことなのだと、彼は気付いた。
あの人はああだから、この人はこうだから。そんなものは関係ない。同じ人の子として生まれたのだから。
そこまで考えがまとまりスッキリしたところで、ルイスはふと、あの存在を思い出した。
――じゃあ、賢者と呼ばれる人達は一体何なんだろう……?
人の寿命や条理、この世界にすら縛られていないように思える、彼らとは。そして、そんな彼らの“卵”と呼ばれる、神族と共にある者、すなわち自分自身とは。
「そもそも“伝説の召喚獣”なんていないのになぁ」
湖から離れ、リンゴを片手で遊びながら独り言を言って、森を歩いている彼は、どうしたものかと悩んでいた。
「うぅ〜ん……まぁいっか!大したことでもないし」
リンゴを一かじりし、今度は満足そうな顔をして、彼は背中から白く綺麗な翼を広げ、空へと飛んでいった。