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「どうも初めまして。わざわざ僕を捕まえるためにあんなりっぱな使者まで遣わせていただき、ありがとうございます」
「……」
ルイスはいつになく感情のこもっていない、むしろこの場を凍てつかせるのではと思うほど冷たい声で挨拶をした。
「……」
「クラヴィス、この坊や達は一体なんだい?」
ラリアが首をかしげてクラヴィスと、たった今自分達の前に現れた二人の男を見た。
「僕たちはすでに成人してますので坊やではありません、おばあさん」
「ほほっ、そうかそうか。それは失礼をしたのぉ。あたしゃラリアだよ。ところで、お二人さんはこの子に何か用なのかい?」
「ばあさん、俺達はそのクラなんとかの召喚獣に誘導されてここに来たんだよ」
ルイスの隣にいたガーバがクラヴィスを指差す。指先が心なしか震えているのは恐れではなく、武者震いだろう。召喚術師の中でも名の通っているあの“片目の無音”と対峙しているのだ、ガーバの気持ちはかなり高ぶっている。
「おや、そうなのかい?珍しいねぇ、この子に友達がいたなんて」
「違うからばあさん!」
微笑んでいるラリアの心は嬉しさでいっぱいだった。クラヴィスは本当に必要最低限の事しか話さず、人との付き合いというものなんかはまったく求めていない。いつでも一人なのだ。友達の一人でもつくれ、と自分が口に出したならこの子は、
「……ラリアだけでいい」
と、答えるのだ。自分がこの一人ぼっちの子に求められているのはたしかに嬉しいが、だがやはり、心配になる。
「で、クラヴィスさん。一体僕に何のようですか?」
「……」
「これクラヴィス!人の質問にはきちんと答えんかい!」
ラリアが言うとクラヴィスは軽く指を動かした。すると一匹の小さな悪魔が現れた。
「初めまして、魔術師に召喚術師。主は伝説の召喚獣を確保するためにこの森へ来た。だがこれを邪魔する者共がいる。そいつ等は五人で組んでいてこちらの分が悪い。お前等にはこちらの仲間になってもらう。聞くところによるとガーバとかいうヤツもその目的。お互いマイナスになる事はない」
自分の口からではなく召喚獣を使って説明したことにルイスは眉を動かした。
「……自分で言えないんですか?まったくもって礼儀を知らない人ですね。第一ガーバがその目的でも僕は違います。彼とは微塵の関係もありません」
「ひどっっ!!一緒にメシ食ってる仲だろ!?微塵も関係ないとか涙出るじゃねーかよ!!」
ルイスにしがみつく様に訴えるガーバ。だがそれは、今非常に不機嫌な彼には何の効果もなかった。あえて言えば彼の機嫌の悪さに拍車をかける程度だった。
「……アーキルという男がいる……」
「ぅおっ!?喋った!」
「?」
初めて口を開いたと思えば出た言葉はそれだけだった。その後をまた悪魔が続ける。
「過去に赤髪の魔術師に敗れた事があるのだろ?杖無の魔術師ルイス。お前の場合伝説の召喚獣抜きにしてあの男とまた戦うという名目でこちらに参加すればいい」
「へぇ、ルイスも負ける事ってあるんだな。そりゃそうだろうけど何か以外だ」
「ガーバ、少し黙っててくれる?」
ルイスはガーバに一言そう言ってまたクラヴィスを見た。
右目は包帯を巻いている。無表情で何を考えているのか掬い取れない。その隣のラリアという魔術師をみる。きっと彼女があの“老魔術師”と呼ばれているラリアなのだろう。
例えば、この男、クラヴィスの良いように使われたとしても、確かに自分にマイナスになる事はない。むしろラリアから色々な知識なり技術を盗める可能性だってある。そして力試しのアーキルとの戦い。ルイスにとっては申し分のない状況だ。
だが唯一気にかかる点があるとすれば、それは彼クラヴィス本人だ。気にかかる、というよりはルイスが一方的にただ「気に入らない」だけの話だ。
「……そうですね。まぁこの話飲んでも構いませんが一つ、注文があります」
「なんだ?」
悪魔がクラヴィスの代わりに聞いた。
「はい、どうにもこうにもあなたが気に入らないので、取り合えず「あなたの力が必要です。仲間になってください」、と頭を地面にまで下げてきちんとお願いしてください」
ニッコリと笑うルイス。固まるクラヴィスとガーバ。ラリアは何やら納得したように一人頷いている。
「……」
「どうしたんですか?やらないんですか?」
「……」
「他人の力を頼るとはそういう事ですよね?というか人として最低限のマナーぐらい出来ないんですか?あなた僕より年上ですよね?ちゃんと人ですよね?それでも生きてるんですか?人として」
ルイスは至極爽やかな笑みと優しい声でクラヴィスに話しかける。
ラリアには、どこをどう間違えてかそんな彼が礼儀正しい良い子と認識され、クラヴィスとガーバには笑顔を被った‘鬼’と認識された。
「……」
「クラヴィス!人にものを頼む時はきちんとせんかい!」
ラリアがクラヴィスの背中を押してやった。彼にとってはいらぬ激励だ。だがここはやらなければ事が進む様子はない。彼、ルイスのオーラが半端ではないのだ。
「……た、頼む」
振り絞って声を出した。彼の精一杯を出し切ったのだ、この一言で。だがルイスの方を見るとやはり物足りないといった顔をしていた。
「えらい!よく言ったぞクラヴィス!!わしゃ嬉しいぞ〜!」
凍てつくこの場を彼女だけは感じていないらしい。ラリアが嬉しさのあまりクラヴィスに抱きついた。そしてルイスの方を見て、
「すまんのぉ。この子は激しすぎるぐらい人見知りで……だが今のはこの子なりの精一杯だったと思う。これで良しとしてはくれんか?」
結局年老いたラリアの言葉に折れたルイスはあの一言で彼らと組むことを承諾した。そんなルイスはただの鬼ではないだろう。きっと根の優しい鬼だ。