森の住人
ヤイゴの森に入り数日。“狂気の笑み”を確保した事を国に報告し、それならば伝説の召喚獣も頼む!、などと身勝手で無責任極まりない事を言われたアーキルはただひたすら怒りを抑えていた。それが表面に出る事はないのだが、唯一以前旅を共にしたザイドだけがそれに気付いていた。
「……(くっそマジ怖ぇよ)……」
何やら楽しそうに前を歩くエルラン、シュワルガ、ベルクスと、何やら冷気すら感じさせてその後ろを歩くアーキル、ザイドの間には激しい温度差という名の壁があった。もちろんその壁を感じているのはザイドだけなので特に問題があるわけではないが、あまりに心臓に悪いのでザイドはあえて、あえて勇気を振り絞ってアーキルとたわいのない話をしようと弱っている心臓にムチをうった。
「きょ、今日もいい天気だな。ヤイゴって年間を通してこんな感じみたいだし、やっぱりなんか違うよな?」
アーキルの無表情な顔を恐る恐る見る。
「……違うのは当たり前だ。ここは尋常じゃない力が働いてる。それぐらい分かるだろう。ヤイゴに隣接する三国には曇りや雨といった気候が見られるが、ここはずっと晴れ」
「そう、だな。でもその力ってなんなんだろな」
「……やはり有力なのは、神族だろう」
知っている者しか知らないここでのその存在。
アーキルの怒りが少し薄れただろう事を察知したザイドはここぞとばかりに話を広げた。その声があまりに必死なので前を歩く3人が振り返り会話に入ってきた。
「何々??何の話??」
エルランが興味津々といった顔をザイドに向けた。
「神族の話だよ。エルランは知ってる?」
「神族?うぅん……」
「なんだそれ?」
失礼ながらエルランが知らないのはいいとして、意外にもベルクスも知らないようだ。
「幽霊みたいなのでしたっけ?ずっと昔にあった全面戦争でこの世界での姿を失ったとかいう……」
「たいした知識だな。さすがだ」
シュワルガの説明を聞いてアーキルは感心した。
仮に神族の存在を知っていて全面戦争の事も知っていたとしても、“この世界での姿を失った”、というところまで把握しているものは本当に数少ないはずである。
魔術師であろうと召喚術師であろうと何にせよ、その道に通じている者には世界が見える。そんな事が書かれていた本をいつか読んだな、とアーキルは妙に納得した。
「へぇ。で、その神族が何だってんだ?」
「ここヤイゴの森はその神族の加護があると聞いた事がある。どこまで真実かは知らないがな」
ふ〜ん、とベルクスはあまり興味を持てず、アーキルの説明を適当に聞いてまた先へと歩き出した。
「あ!ベルクス一人で歩き回ったら大変だよー!」
エルランが後を追い、シュワルガもゆっくりと二人に続いた。
「…………」
「……」
しばらく一定の間隔で森を進んでいた5人だが、アーキルとザイドの視界から前の3人がいつの間にか消えていた。
「……マジ?」
「どちらにせよ、さっさとこの術から抜け出さなければ」
「どちらにせよって?」
「ビビハかこの森の住人か、そのどちらかって意味だ」
アーキルは右手で大きく弧を書いた。すると周りの草木が風を受けたようにざわめき、それは次第に大きな波になっていった。
「ちょ、待てって!なんかすっごい飛ばされそうだから!!」
「鉄の重りでも作ってそれにしがみ付いていろ」
アーキルの赤い髪が激しく揺れている。ザイドは言われたとおり錬金術で鉄の重りを作り出してそれにつかまった。風はさらに強さをまして二人の近くにあった木は横にしなっていた。
「なぁ!!お前何してんだ!?」
鉄の重りを壁に作りかえて強風をしのいでいるザイドがアーキルに向って声をあげた。しかし聞こえていないらしく、ザイドは再度質問をした。
「おーい!!なぁ!何やってんだよ!?」
「術者を炙り出しているんだ。少し黙ってろ」
「炙り出すって、これじゃ吹っ飛んでいくんじゃないか……?」
そんなザイドの疑問は強風に呑まれていった。
「……ふん、小ざかしい」
重い言葉と共に風はやんだ。そして二人の前に一匹のモンスターが現れた。
「こんな所までくるなんて、よほどのバカかただのバカだな」
所謂上級モンスターが大きな目を見開いて二人を凝視した。しかし、それに押されるアーキルではない。
「……3人はどうした?」
「お前等の前を歩いていたやつらか?あれなら俺に捕まる前に他のやつの領域に入ったみたいだな。今どうしてるかなど知らん」
モンスターは鉤爪の鋭い4本ある両手を大きく開いた。どうやら殺す気満々らしい。
「ア、アーキル。すっげー怖えぇよ。こいつ俺らの倍以上の」
「援護しろ」
「へ?」
ザイドの間の抜けた声はアーキルのだした激しい爆音でかき消された。ザイドはとっさに後ろへと飛んだ。隣にはちゃんとアーキルがいて一度安堵した。
「毒に気をつけろ。あと空間錯覚を起こされるな」
「そ、それはどう気をつければいいんだ?」
ザイドは弱い声で聞いたが、もちろん答えなど返ってなどこなかった。その代わりにモンスターの方から毒であろう黒紫の液体が飛んできた。
「くっ、おいアーキル!俺が動き封じるからな!」
液体をなんとか交わし別方向に飛んだ二人は同時に少しだけ口を動かした。
「人間が……来るところではない!」
モンスターはそれぞれの手を大きく振り上げ二人をねらったが、その手はザイドの術によって封じられた。
「何!?」
地面から幾本もの鉄が伸び、それが動きを封じたのだ。いくら動いてもピクリともしないほどの強度のある鉄だ。さらにモンスター目がけて高濃縮度の雷が飛んできた。もし生身の人間が受けたら一瞬にして骨まで灰にしてしまうほどの威力のあるものだ。
「がぁぁあ!!!!」
「ザイド!囲え!!」
「もうやってる!!!」
先程までモンスターの動きを封じていた鉄は柔らかく薄く伸び、モンスターをあっという間に包んでいった。
「……」
「……」
一瞬だけ、静けさが通った。
ボゴッ!!グギギッギギ!!!!
「ちっ」
「破壊されるまで13秒だ、アーキル!」
「わかった」
アーキルは今度は声を出して術を発動させようとした。唱え終わるとほぼ同時に、モンスターが鉄の殻をやぶってアーキル目がけ襲ってきた。
「ぎゃああぁぁぁぁああ!!!!!!」
……どさっ。
「……」
「……」
倒れたのは、モンスターの方だった。
「……」
「……っかぁーマジ疲れた!」
ザイドはその場に崩れた。アーキルも同様、地面に腰をおろした。二人とも息があがっていた。
モンスターはその体にザイドが繰り出した銀をいくつも突き刺され、熱伝導を通じてアーキルの術を体内にもろに受けたのだ。
「……なぁ、コイツホントに死んだか?」
暫く休んだザイドは重い腰を上げてモンスターに近づき、指先でちょん、とつついてみた。
「うわっ!!」
するとモンスターは突き刺された格好をボロボロと土の上に落としていったのだった。
「はぁ、マジ焦った」
「まったくだ。ケタ違いの強さだな」
上級モンスターの生息地とは聞いていたが、最初からいきなりレベルの高いモンスターに出会ってしまった二人は早急に3人の事が心配になった。
「どうやって探す?」
「俺がわかるわけないだろう」
二人は一瞬気落ちしたが、そんな気持ちと疲れた体など無視を決め込みとにかくまたヤイゴの森を歩きだしたのだった。