狂気の笑み
その必要はない。
いつか救った幼い命が今目の前で幸せそうに生きている。
そう思うのはうぬぼれなのか……。
それでも俺は、心の底から喜びを感じている。
「はぁ?アンタそんないい事するようなヤツだっけ?」
「お前は……」
ベルクスの容赦ない言葉に時々、いや、どちらかというと頻繁に心を折られる。ベルクスの言葉に対してエルランとシュワルガは懸命に訴えている。
俺達はこの町に着たばかりなのでまだ宿が決まってなかった。なので今夜はせっかくだからシュワルガ達と同じ宿に泊まってゆっくり話でもしよう、という事になり今に至る。
同じ頃、四人のいる宿の受付に赤髪の魔術師が訪れていた。彼は教えられた部屋へと階段をあがり、そのドアをノックする。
「ん?こんな時間に訪問客?」
ベルクスは師であるザイドを見て訪問客を通すか目で訊いてみた。ザイドの首は小さく縦に振られた。
「……はいよ〜どうぞ入れよ」
どんな丁寧語だ、とザイドは肩を落とした。
彼には錬金の才がある。それはあのイルハウ大会で十分に分かった事だがどうにも彼は言葉遣いや性格が荒い。まぁ根はいい子なので別に問題があるわけではないが、せっかくの才と、その荒さからは対照的な綺麗な顔立ちを下げているように思えてならない。際立って外見に褒める点のないザイドからしてみればもったいない、としか言えない。
「失礼する」
ドアが開かれザイドが見やるとそこには見慣れた人物がいた。
「あ、」
「ん?」
アーキルである。イルハウ大会まで一緒に旅を共にした少し間の抜けた感じの魔術師。
「なんだ?今日は師匠の再会日和かぁ?」
ベルクスは面倒くさそうにため息をついた。
「師匠?……そうか、弟子にしたいといっていたな。というかなぜこんなところにいるんだ?」
「いや、それはこっちのセリフだろ!だいたいなんだこの再会!?なんか俺達微妙な雰囲気で別れたじゃん!!?」
ザイドは思わず立ちあがりつっこんだが、アーキルは頭にハテナマークを浮かべている。
「何が微妙なんだ?まったく、お前は本当に意味がわからないな」
「えぇ?!久々の再会なのに何その乾燥的な態度!!いや、アーキルがそういうヤツだってことは重々承知だけど……」
「それより俺はたぶんその男に用があるんだ」
ザイドの言葉を遮ってアーキルはシュワルガを指さした。
「え?俺?」
「まぁ立ち話もなんだ、取りあえずイスと茶を用意してくれ」
「ア〜なんか思い出した。お前イルハウ大会でカキにあたったアーキルか。っつーかなんでテメェなんかに茶ぁ出さなきゃいけないんだ?あぁ?」
ベルクスはあの時バカにされたのを思い出し機嫌を急速に下降させた。
「こらベルクス、その態度はないだろ」
「はい!アーキルさん!」
ザイドがベルクスに小言を言っているうちにイスもお茶もエルランが用意してくれた。アーキルはきちんとお礼を言ってシュワルガに話しかけた。
「早速で申し訳ないが俺とヤイゴの森へ来てくれないか?報酬は国から出るから悪い話ではない」
その場にいた四人は皆一同に首をかしげた。
「……アーキル、まずは普通の流れとして自己紹介をしよう。うん」
ザイドの提案に皆首を縦に振った。
「エルランです!ザイドさんに昔救ってもらいました♪」
「シュワルガです、同じく救ってもらいました〜」
エルランは明るく、シュワルガはゆるい笑顔と声で挨拶をし、
「アーキルだ。ザイドとは少し前に共に旅した仲だ」
もちろんベルクスは無視で、というかもう部屋に姿はなかった。
「で、話すと長いから省くが俺といっ……」
「そこ省くな」
「……」
「……」
「じゃあ、人質救出のため……か?」
「俺に聞くな!!」
ザイドは再び立ち上がる。シュワルガとエルランは楽しそうに笑っていた。しかし言った当人は至極真面目であった。
つまりはこういう事だ。
ヤイゴの森には伝説の召喚獣がいる。とてつもなく強大な力を持ちリャオのトップに君臨している召喚獣。その伝説の召喚獣を我が物にしようと、浅ましいとしか言いようのない欲に駆られたのがヤイゴの森に接している三カ国。ビビハにルシャントにハンディーラだ。しかし当初噂されていたのと違ったのは、ルシャントだけが今回の件に関してまったく関係がないということ。要はビビハとハンディーラの競争のようなもの。そしてビビハは少数精鋭で先にヤイゴの森に入った。それに焦ったハンディーラの長はアーキルに一ヶ月ビビハの動きを封じるよう頼んだというわけだ。
「でも、どこが人質救出なの?」
エルランは目をくりくりさせてアーキルに聞いた。
「俺とザイド、それと実はもう一人医術師の仲間がいてな……」
「まさかっ」
ピュア、か。ザイドはアーキルの目を見た。彼は小さく頷く。だがなぜ、ピュアにそんな事が降りかかったのか。
「父親が政治家だった。どちらかと言えば誠実な政治家に入る人だ。だからあの人もうまく利用されたのだと思う……。どこから嗅ぎ付けたのか俺の事を知った高官共がピュアを人質にハンディーラに協力するよう求めてきた」
「そう、だったのか……」
一瞬部屋は沈んだ。エルランとシュワルガにとっては知らない人だが、命の恩人であるザイドの仲間だった人なのだ、というだけで気持ちは一緒になった。
「伝説の召喚獣だから、俺を探したんですね」
「そうだ。そして何より、ビビハには“片目の無音”と老魔術師のラリアがついている。どうしても“片目”に匹敵する召喚術師がいないと例え俺でも奴らを足止めすることは無理だろう」
二人の会話を聞いたザイドはふと考えた。姿形こそ知らないが、あの“片目の無音”に匹敵する召喚術師といったら、“霧の外れ”“雪の人”、それと……
「……“狂気の、笑み”……?」
シュワルガを見た。彼はまだ、ゆるい笑顔を見せていた。
笑みの理由を知るなど、