アーキル
人の欲なんて無くなればいいのに……。
ハンディーラの首都、トルアルにその人はいた。
「アーキル様」
呼ばれた男は振り返る。綺麗な赤髪がすっと流れ、それに負けないくらいの真紅の瞳が見るものを射抜く。
「何か」
「首相がお呼びです。どうぞ3階の広間へ」
アーキルは表情を変えずこの国の長の秘書について行った。
横に長い階段を登りながら、アーキルは自分の中に渦巻いている激しい感情を落ち着かせようとしていた。
数週間前――
「ここがお前の故郷か」
アーキルはハンディーラの町並みをゆっくりと歩きながら楽しんでいた。石造りの家が多く、町全体がまるで一つの芸術作品のようだ。
「そ!中々いいところでしょ?」
アーキルの前をショートカットの医術師、ピュアが歩いている。
二人は錬金術師のザイドと別れてからも変わらず世界を旅していた。そして今回たまたまピュアの故郷であるハンディーラに来たのだ。
「……ご両親は健在だったか?」
「そうよ!勝手に殺さないでよね!」
笑いながらそう答えるピュアの足取りは軽い。何年ぶりに家族に会うのだから何も不思議な事はない。アーキルはピュアにせかされながら彼女の実家へと向かった。
そこは一段とりっぱな家だった。しかも驚く事に、玄関先には俗に言うメイドが出迎えたのだ。
「お嬢様だったのか」
「まぁそうも言うわね。でもいたって普通に育てられたわよ」
興味なさそうに答えるピュアの前に一人の男が現れた。俗に言う執事である。
「ピュアお嬢様、真にお久しぶりでございます。お元気そうで何よりです」
男は深々と頭を下げ、笑顔をピュアに送った。
「ショーンもね。誰かいる?」
「いえ。しかしあと一時間もすれば奥様が戻られます」
「本当に!?じゃあ少し庭にでて待ってようかしら。ね、アーキル?」
「あぁ。何でも構わない」
二人はバラが咲いている庭へと向かった。間をおかず執事のショーンが紅茶とケーキを持ってやってきた。
「ありがとうございます」
アーキルは軽く頭を下げた。そしてショーンはすぐにその場を去った。
「……ご両親は何をしているんだ?」
「ん?えーっと、父は政治家で母は何もしてないわ。ただ母の父は医師だったみたいよ」
そうか、とアーキルは紅茶に口をつける。まさか自分の旅仲間がお嬢様だったなんて、アーキルはため息をついた。
「どうしたの?」
「きっと君の父親に睨まれるな。……刺されなければいいか」
アーキルの頭にあるのは娘を持つ一般的な父親の言動だった。
『大事な娘が、どこの馬の骨ともわからぬ男と一緒に旅だと!?許さんぞ!!』
父の鉄拳はアーキルにヒットするだろう。それを想像しただけでアーキルは眩暈がした。
そんなアーキルの憂いなど他所に、ピュアはこれから母親に会えることにルンルンだった。
「失礼します」
秘書とともにアーキルは長の部屋へと入った。長はイスの背もたれに寄りかかり、口元にはいやな笑みがこぼれていた。
秘書は一礼してアーキルを残し部屋をでる。しばしの沈黙が部屋を覆う。
「仕事だ」
先に口を開いたのは長のほうだった。
「ついさっき手に入れた情報なのだが、ビビハが老魔術師のラリアを連れてヤイゴの森に向かったらしい。しかも、召喚術師にはあの“片目の無音”がいるらしい」
「片目の……無音……」
アーキルは以前ザイドが話していたのを思い出した。
『召喚術師で名の通った奴と言えば、“霧の外れ”“狂気の笑み”“雪の人”、それと“片目の無音”だな』
『なんだそれは?全部通り名じゃないか』
『俺ら一般人とは格が違うんだよ』
『……よく言うな。そう言えば“錬金の父”は最近本を出さないようだが、女でも出来たのか?』
『さぁな。女に相手にされなくてへこんでるんじゃないか?』
“片目の無音”。ビビハは伝説の召喚獣を手に入れるために正面戦争などせず少数精鋭でフライングをしたわけだ。
「……で、俺に何をしろと?」
いつになく感情のない声でアーキルはハンディーラの長に問いかけた。長の口元には相変わらず笑みが残っている。
「こちらはまだ召喚術師を確保していない。今我々に出来ることは奴らの足止めだ。いいな?」
それだけ聞くとアーキルは部屋をでた。
『城の者を使っても外で見つけてもいい。とにかく奴らを1ヶ月食い止められるよう、お前が部隊を作ってやってくれ』
長の言葉がアーキルの頭を何度も行き来する。
アーキルは城を出た。あの老魔術師に“片目の無音”。相当な戦力が要る。アーキルが見たところ肝心な城にはあまり優秀なものはいない。こういう時は酒場と相場が決まっているので、彼は重い足取りで仲間を探しに街に出たのだった。
そうしたらわしらは人では無くなってしまうよ。
ロードと賢者の会話