ヤイゴ
無駄に過ごしちゃった。
「……僕もだいぶ成長したと思わない?」
黒い瞳に黒髪の青年は目の前に横たわっている上級モンスターに回復術をかけながら一人呟いた。
彼、ルイスは最近この上級モンスターの生息地である“ヤイゴの森”に来るのが日課となっていた。ここにはルイス以外にも賞金稼ぎやら修行やらの名目で多くの人たちが足を運ぶ。
ルイスに回復術をかけられていたモンスターが目を開けて体を起こした。
「……一体なんのつもりだ?」
上級モンスターは人語を話せる。ルイスの連れというか保護者のような立場に居るタイスのハクセンも人語を話すがモンスターとはまったく別物である。
「最初から言ったじゃないですか。ただ僕は修行がしたいのだと。なのにあなたは目の色変えて僕を殺そうとして。さすがに手加減が出来なかったのでこんな大怪我をさせてしまいました。すいません」
ルイスは軽く会釈するとさっさとこの場を立ち去った。残されたモンスターはしばらくルイスの方を見ていたが、姿が見えなくなると両手を翼に変えてルイスとは逆方向に飛んでいった。
ヤイゴの森に一番近い街の一つにルーパという街がある。ルーパは連日連夜にぎやかな街だ。そしてケンカも絶えない。だから至極当然の流れでこの街の保安隊は一国の軍隊にも匹敵する力を持っているといううわさがまことしやかに流れている。実際問題、ヤイゴの森目的でこの街に来る者達の騒ぎを収めなければならないのだから相当な力はもっていなければならない。
「よぉルイス。今日の収穫は?」
行きつけのバーでルイスは赤髪の男に声をかけられた。名前はガーバ。召喚術師で年はルイスと同じ21。
「別に。いつもと変わらないよ」
ルイスはこの店で一番軽いお酒と今ハマっているオムライスを注文してカウンターに座った。ガーバも自然とルイスの隣に座る。
「……」
「何だよ?」
ルイスのいかにもウザイですという視線に耐えかねてガーバは肩をすくめて聞いた。
「何か用?」
「用がなきゃ俺はお前と一緒に居ちゃいけないのか?」
「……すっごくキモイんだけど」
ガーバはため息をついて手に持っていた酒を一気に飲んだ。彼はルイスがこの街に来る前からここにいた。ルイスが来たのは3、4ヶ月前で、この店に姿を現してからガーバはルイスと組む事を考えていた。その理由は一つ。ヤイゴの森の北のほうにいるという伝説の召喚獣を手に入れるためだ。もちろんその事はルイスに言ってあるが彼の答えはいつも「興味ない」の一言だった。そして今日もまたガーバはルイスに振られたのだった。
「お前もよくめげずに毎日くどくよねぇ」
ルイスの頼んだオムライスと酒を持ってカウンター越しにアルバイトのウィルがからかいに来た。
「うるせぇ。お前は仕事してろ」
「いやぁ。仕事したいのは山々なんだけどこう客が入らないと仕事がないってもんでさ」
あろうことかアルバイトのウィルは自分用の酒を作って一緒に飲み始めた。だがまぁこれはいつもの流れなので誰もツッコミはしなかった。
しかし本当に暇な店である。今店内に居る客はルイスとガーバ、そしてすでにつぶれてしまっているオヤジが一人。よくこれで店が潰れないものだと逆に感心させられる。
「それよりその伝説の召喚獣ってのは一体何なんだ?っつーか伝説をお前のせいで伝説でなくしてしまっていいのか?」
「……お前ってホント色々癇に障るよな」
「ハハッ、よく言われる」
満面の笑みで答えるウィルと何ともいえぬイライラ感をあらわにするガーバ。
「召喚獣は、噂じゃ何にでも変化出来るらしいな。でも逆に本当は実体が無いとも言われてる。よくわかんないけど」
「何そのあやふや?それでいいわけ?まるでお前の人生みたいだね」
ウィルのさわやかな笑顔はガーバの逆鱗に触れた。ちなみによくあることである。
殴り合いをし始めた二人と数センチしか離れていないルイスは涼しい顔をしてオムライスを黙々と食べていた。やはりオムライスはここ“笑う門”のものが一番だと今日もおいしい食事を十分堪能したのだった。
店を出るとそこはもうお祭り状態であった。なぜこうも毎日飽きずに騒いでいられるのかルイスには理解しがたかったが、なんとも人の出入りが激しい街である。この現象も仕方が無いのだろうとすでにルイスは静かな夜を諦めていた。宿に戻るとすでにハクセンは寝ていた。
「フェイ」
「はい」
ルイスは姿無き神族と話し始めた。体はすでにベッドに落としている。
「……僕は絶対に全てを手に入れる。確証がある」
「さようで」
「その一つはフェイだよ。君は、神族っていうのは賢者になる素質のあるものにつく。そうでしょ?」
「……」
「無駄に21年も生きてないよ。ヤイゴの森に来たのだって、修行ってのもあるけど神族について調べるため。どうせフェイは教えてくれないだろうし」
フェイからの反応がないがルイスは一人で喋り続けた。
「ヤイゴの森ってずっと昔は神族が住んでたんでしょ?…………絶対に見つけてみせるから」
「一体何を?」
「神族の、全てを」
本当かい?
小さな子ども、ロードと結局通り過ぎなかった賢者の会話