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終*

君が欲しい

「思えば僕たちが出会ったのってパーティの時だよね」


イルハウ大会を終え、また普段のルイスの魔術レッスンが始まって数日。勉強中の突然の言葉にマナは顔をあげた。


「覚えてる?あの時のマナ、今以上にぎこちなかったよね」


軽く笑うルイス。マナにとってそんな彼の自然な姿が見られるのが何よりも嬉しかった。


「そんな、あの時はすごく緊張していたんです」

「へぇ、何で?」


答えなど知っているルイスだが、あえて聞いてみた。そしたら、予想通りマナは顔を赤くし、話をうまくそらして勉強を再開しようとした。しかし今日のルイスはいつもとは違っていた。普段ならすぐに勉強に話を戻すのに、今回は話題をそらさせてはくれなかった。


「マナ、答えてくれないとこの先の勉強教えてあげないよ?」

「え!?」


マナの知っている、いや、むしろルイスを知っている全ての人が思うだろう。今の彼の発言がいかに彼らしからぬ言葉か。


「……」

「えっと、ですね……」


さすがに突然いえるわけがない。一目ぼれしたんです、などということは。困っているマナを見て、逆にルイスが口を開いた。


「マナはさ、すごく、綺麗だよね」

「え?な、どうしたんですか?今日のルイスさんはいつもと違いすぎます」


マナの困った顔に少し笑顔が加わって空気が和む。ルイスはこの空間をとても心地よく感じた。そして、何かを決意した目を、彼女に送った。


「マナにさ、いっぱい話したいことがある」


本当の自分。最初の目的と今の気持ち。全てを、彼女に知ってもらいたいと思った。例えその先に断絶が待っていたとしても、今のルイスには何の恐怖とも感じなかった。


「でも、今はまだ……ただ、これだけは言いたいんだ」

「何でしょうか?」

「……」

「?」

「……僕以外の男を、その瞳に、映さないでね?」


言いながらルイスはマナのおでこに自分の唇を優しく落とした。時計の針はちょうど勉強が終わる時間をさしていて、ルイスはそのまま柔らかい笑顔を残して部屋を出て行った。もちろん残されたマナは笑顔を作る余裕などない。というか正確な呼吸もままならない感じなのか、今まで経験した事がないほど自分の心臓の鼓動がうるさく聞こえた。




「ねぇハクセン」


家へと戻りルイスはハクセンと対峙して座った。欠伸で応対したハクセンだがルイスはそんなことは気にせず今のモヤモヤを率直に話し始めた。


「僕、マナが好きなんだけどさ」

「知っている」


何気に周りに結構バレバレな事である。ハクセンは何をそんなかしこまって、という感じで聞いたが、話には続きがあった。


「なんていうか、かなり釣り合わないよね」

「……それは、どっちがどっちなんだ?」

「もちろん僕が、マナとは不釣合い、に決まってるよ。綺麗すぎる。色々」


ルイスは床にごろんとため息と共に体を横たえた。悩むルイスだが、ハクセンはこの状況を嬉しく思った。あのルイスが、あの、謙虚という言葉を知らず、かなりの自信家であったあのルイスが、自分はマナという一人の少女に適わないと言っているのだ。たしかにマナは一国の姫であるから普通にみたら高嶺の花である。しかし今のルイスにとって彼女は決してそれほど遠い存在ではないはず。先の戦争や大会で名実ともに高位にあがったルイスなのだ。


「まぁだからと言って他の誰かに譲る気なんかサラサラないんだけどね」

「そうか」


あまり変わっていないところもあるが、それはそれで彼らしいと、ハクセンは内心また嬉しく思った。


「……今度はどこへ行くのだ?」

「うぅん……どこでもいいや。ハクセンがまだ行った事ない所は?」

「ない」

「やっぱり」







綺麗に手入れされた庭園に、マナは一人腰をおろしていた。背中を木にあずけ、手には文学小説を握っていた。しかし、あまり時間をおかずマナはその本を閉じ、長いため息をはいた。


「……」


顔をあげると葉と葉の間からキラキラと眩しい光が降り注いできた。

ルイスが王宮を去ってから早2年。別れの言葉もなく、この2年間手紙の一つも受け取らなかった。しかし、マナは一度として涙を流しはしなかった。流していたものといえば、自分の髪である。手入れはしているものの、2年も伸ばしているからかなりの長さになっている。マナはそれを見て、ルイスと会わない時を思った。と、そんな時、上空から何かが降りてくるのが見え、マナは思わず腰を上げた。それは鳥だった。おかしなことにマナの肩へと舞い降りてきた。それは真っ白な鳥で、とても小さかった。


「ふふ、かわいい」


マナは肩から自分の手に鳥を移し、優しく撫でてやった。すると、その白い鳥は小さな輝きを放ってマナの手から消えてしまった。かわりにマナの手にいたのは、緑の癖のついた髪をした子どもだった。


「……えぇ…え!?」


しかも背中には羽がついている。たしかに羽である。マナは目を点にしながらも子どもをちゃんと確認した。とりあえず、人の子ではない。


「ママ!」

「えぇえ!!?!?」


子どもはマナに抱きついた。そしてママ、ママ、と笑顔で呼び続ける。


「ちょ、ちょっと待って!」

「ママだぁ!ママ〜!」


一しきり会話ではない会話をして子どもは少し落ち着いたらしく、羽をパタパタと使って宙に浮いた。


「ふぅ。ねぇ、あなたはだぁれ?私はマナっていうの」

「僕はシルフ!パパの子ども!」

「パパって、誰なの?それと、どうしてシルフはここに来たの?」

「パパの名前は……うぅん……忘れた!」


相変わらずの笑顔のシルフ。シルフと言えば召喚術で呼び出す精霊の総称。その総称が名前になっているなんて、この子を呼び出した術者はよっぽどの面倒くさがりなのだろう、とマナは思った。


「でもね、パパは黒い髪をしてるよ!」

「え?」


マナは心臓が一瞬高く脈打つのを感じた。


「それでね、黒い瞳なの。それでね、とっっても強い魔術師なんだって!」

「それって……」


それは、まさか。マナの脳裏に浮かんだのは彼だった。この2年間、まったく音沙汰のなかった、あの彼。


「それでね、パパからのお使いなんだ!」

「お使い?」

「うん!あのね、今パパは砂漠にいるんだ。色々旅してるんだ。ハクセンっていう白いタイスと一緒に!だから寂しくないし、心配ないの。でもね、時々ママを思い出すんだって。そうすると、ぎゅ〜って心臓が苦しくなるって、パパ言ってた」


マナの視界がぼやける。瞳には綺麗な水がたまっている。


「ママに会いたいって。でもまだ会えないんだって。僕よくわかんない」


会いたい。彼がそう言ったの?マナは声にならない声を心の中で呟いた。そしてその場に崩れてしまった。


「ママ!?どうしたの?大丈夫??」

「えぇ、大丈夫よ。ありがとう」


涙が止まらなかった。そして震えも。恐怖ではない。マナはシルフを優しく抱き寄せた。


「ありがとう……ありがとう」


シルフは大人しく抱きしめられていた。


「ママ、あとね、パパがね?」

「えぇ、何?」

「パパが言った事、ちゃんと守ってね、って言ってた。パパ、ママになんて言ったの?」


マナは思い出したように目を見開き、そして照れるように笑った。


だから僕はさよならをした

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