矛盾
絶対ってある?
―男はいつもこう。全身傷だらけになってそれでも立ち上がって、本当に死んだっていいと思っているのかしら?残されている方の身にもなってほしいわ。まったく、本当に男って身勝手よね。
ユフィールはルイスとベルクスの診察を終え、心中複雑な気持ちだった。それを察してか、二人は元気ですアピールをしたり、仲良くケンカをし始めたりした。
「っるせー!!大体テメェだってボコボコにやられてんじゃねぇか!!」
「ベルクスなんてあのザイドとかいう相手選手に傷一つつけられなかったよね?まったく、同じチームっていうのが恥ずかしいよ」
「はぁ!!?!やんのかテメェ!!!」
「別にやる気はないけど、そっちがその気ならこっちにだって考えはあるよ」
あの決勝の場で2時間以上戦い続けたというのに、ルイスもベルクスもまったくその疲れを見せていないのでユフィールは呆れてしまった。
「二人とも、退院するまでは私があなた達の担当医なんだから言うとおりにしなさい。まず、むやみやたらとケンカしないこと。いい?」
「そうだそうだ!ユフィールさんを困らせるヤツは俺が許さん!」
どこから湧き出てきたのか、サレオスが普通にユフィールの隣に立ち腕を組んでいた。
「……おい、誰だよコイツ」
「さぁ。ただのでしゃばり?」
「ってルイス!?お前それは酷いだろ!!」
優勝を手にしたアーキル達が望んだものは一般には公開されなかった。しかし、彼らの名前はイルハウ大会の歴史に確実に刻まれた。
「なぁアーキル、俺あの美少年が欲しいんだけど、どう思う?」
ザイドの突然の発言にアーキルもピュアも食事の手を止めた。そしてピュアは汚いものを見る目をザイドに送った。
「待て!お前等何か勘違いしてるだろ!!?俺が言ってるのは」
「まさかそういう趣味があったなんて……アーキル、私この先彼とはやっていけないわ」
「同感だな」
「だからちょっと待て!俺が言ってるのはあのベルクスとかいう子どもを俺の弟子にしたいってことだ!!決してやましい意味などない!!」
ザイドの必死の訴えに優雅なレストラン中の視線が一点に集中した。アーキルとピュアはお金をテーブルにおいてそそくさとその場を後にし、まだ誤解を解こうと声をあげているザイドが二人の後を追った。
「なぁ、本当に弟子にしたいと思うんだ。あの才能を伸ばせるのは俺だけだって!」
人通りの激しい道でザイドは少し声のボリュームをあげて二人に話しかける。しかし二人は一向にザイドの声に耳を貸そうとはしなかった。が、アーキルが突然後ろを振り向きザイドの目を真っ直ぐに見てこう言い放った。
「弟子にするならこれから先俺達が共に歩む事はない。じゃあな」
それだけいうと、ザイドを残して二人は人ごみの中に消えていった。
ザイドと別れてから二人は船に乗り、新たな大地を目指した。アーキルはベッドに横になっていたが、ピュアは甲板にでてイリューマのある方角をじっと見ていた。すると、聞き覚えのある声が横から聞こえてきたので視線をイリューマからはずした。
「あら、まさかこんな所で会うなんて」
「本当ね」
視線の先にはイリューマの王子、ガイラの妻であるティーナが立っていた。どうやらナンパされていたようだ。ピュアが軽く睨みを利かせると男達は簡単にさっていった。
「護衛もなしにこんな一般の船に乗るなんて、一体どういうこと?」
「ふふ、護衛はアーキルさんに頼んであるの。よろしくね」
ティーナは柔らかく笑うと、何かに気付いたように問いかけた。
「そういえば、ザイドさんが見当たらないけど……?」
それを聞きピュアは困った顔をしてティーナに事のいきさつを話した。二人の髪がよくなびく。いつの間にか周りから大陸はなくなり、水平線だけがあった。
「……イルハウの呪いね」
ピュアの弱い笑いが浮かび、すぐに消えた。イルハウ大会の優勝者には望みのものが与えられる。それは決して嘘ではなかった。事実、ザイドはずっと探していた理想の弟子を見つけ、アーキルはライバルと出会い、そしてピュアは新たな医術の道を切り開いたのだった。だが、望みが叶えられると同時に、必ず何かを犠牲にする。
「いいえ、世の常よ」
「?」
ティーナは遠くを見ていた。
「何かを手に入れたら、何かを失う。それがこの世の絶対の法則。どんな生き物も、この法則から逃れる事などないわ」
「そうかしら?」
「違うと思う?」
ピュアは苦い顔をした。
「……賢者は、彼らは全てを持ってるじゃない」
彼女が言っているのは世界七賢者の事。なぞの多いその存在は、しかし決して不確かなものではなかった。
「そうね。だけど、それと同時に、彼らは何一つ、その手にはしていないのかもしれないわ」
「どういう意味?」
ピュアにとって、七賢者は鬱陶しくもある存在だった。強大な力を持っているにもかかわらず、それを世のために使わずに静かにしている。それは到底理解しがたい事。
「わからないわ。ただ、そう思うの」
今度はティーナが弱い笑いを浮かべ、甲板から消えていった。
ピュアは水平線を眺めながらティーナの言っていた事を考えた。全てを手にしているのに、実は何も持っていない。なんという矛盾。しかし、思い起こせばこの世の中など矛盾だらけではないか。個人から国家という単位に至るまで、矛盾という生き物は存在している。一面青の世界を瞳に映しながら、ピュアは静かに甲板を後にした。
「ユフィールさん?」
サレオスは隣を歩く麗しの恋人の名を呼んだ。しかし返ってきたのはカラ返事。何かあったのかと問えば、彼女は笑ってごまかした。二人が着いた先はルイスの部屋だった。ルイスが入院している間、ハクセンの面倒を見ていてほしい、と言われここに寝泊りしている。そしてもちろんダイゴローも一緒である。そして今では日課となったダイゴローのお散歩にサレオスは出掛け、部屋にはハクセンとユフィールが残された。
「何かあったのか?」
はたから見れば普段と変わらないユフィールに対してハクセンは聞いた。また笑って誤魔化そうとしたユフィールだったが、ハクセンと目を合わせたら自然と口が開いた。
「……ねぇハクセン。どうして男の人って命を平気で危険にさらすの?」
弱い眼差しは、すぐに床に落ちた。ハクセンは何も答えず、次の言葉を待った。
「父も、兄も、弟も、皆戦争で亡くなったの。家を出るときは意気揚々としていて、こっちの気持ちなんか考えないで……」
「それで医師に?」
「そうよ。でもただの八つ当たり。良くなって、幸せになってほしいって、私本当は思ってないのよ。ただ、治れ、治れ、って目の前の現実を否定したいのよ。多分」
思い出すのは行き場のない悲しみ、怒り。どうにも出来ない、出来なかった事。しかも彼らは国のためにとその身を投じたのに、見返りは使いまわしの弔いの言葉。何かがおかしい。そうは思っているのに、現実は考える暇を与えずただ進むのみ。
「生きたかったのだろう」
「え?」
落ちていた眼差しがハクセンのほうへと向けられた。
「人は、特に男というのは、生きた証を欲する。だから、そのために死んだのだ」
考えた。ユフィールは必死にハクセンの言っている意味を考えた。しかし分からない。だって、どう考えたって、矛盾しているのだから。
「今解らずとも、いつかわかればいい。人生は思っているよりも長いものだ」
そういうとハクセンはリビングを出て自分の寝床へとゆっくり歩いていった。
しばらくソファーでボーっとしていると、いつの間にかサレオス達が帰ってくる時間になっていた。ベルが鳴り出向え、ダイゴローもまたゆっくりと自分の寝床へと歩いていった。ユフィールはサレオスに温かいコーヒーを作って出した。
「はぁ。やっぱユフィールさんの入れてくれるコーヒーは心が暖まる」
サレオスは幸せそうな笑顔をユフィールに送った。すると、珍しくユフィールの方からサレオスに近づき手をぎゅっと握った。女性からアプローチされるのに慣れているサレオスでも、やはりユフィールに、となると鼓動も早くなる。
「ど、どうしたんですか?」
少し慌てるサレオスだが、ユフィールはじっとサレオスを見ていた。
「あ、あの……?」
「サレオス?」
「はい!」
突然名を呼ばれ、思わず声が高くなった。それを聞きユフィールは思わず笑い、それでその場の緊張がとれた。
「あのね、サレオス。一つ、お願いがあるの」
「何ですか?」
「なるべく、長生きしてね?」
「?はい。っていうか心配ないですよ!ユフィールさんがいる限り俺は死ぬつもりはありませんから!」
サレオスの言葉に嘘はない。きっと。しかし、それはまったくの嘘である。彼は自分のために命を投げ出すだろう。本当に矛盾している。だが、ユフィールは思った。今までにないほど。確信とも言える。彼と、サレオスと一緒にいたなら、その“いつか”が来るだろうと。
もちろん。
小さな子どもと通りすがりの賢者の会話