決勝
〜何となく名言〜
He is the happiest, be he king or peasant, who finds peace in his home. Goethe
「あんなお子様チームが決勝までくるなんて、この大会の質もか〜なり下がったって認識していいんだよね?」
「そうね。でもあの子達将来絶対良い男になるわよ。今のうちに知り合っておかなくちゃ♪」
「へぇ、お前って年下が好みなんだ?アーキルが聞いたらあの無表情な顔がちょっとだけ動くかもな」
「それおもしろいかも!今度言ってみましょう♪」
遠くに対峙しているルイスチームを眺めながら、同じく決勝まで勝ち進んできたアーキルチームが世間話に花咲かせていた。
「何か向こうのチームかなり余裕ぶっこいてるけど」
「まぁ実力はあるからしょうがないよ。今までの戦いを見ても、一度だって全力出してないみたいだし」
ベルクスとルイスは自分達が甘く見られている事を知り若干不機嫌な顔をしていた。
「それより向こうのリーダーのアーキルとかいうヤツ遅っせーな。びびってんじゃねぇの?」
「不戦勝だなんて何か勝った気がしない。どうあってもアーキルって人には出てきてもらいたいね」
「二人とも少し落ち着けよ。さすがにもうそろそろ来るだろうし」
いつもより発言の多い二人の気持ちをテムイは感じていた。ルイスとベルクスが早く相手チームと戦いたがっている事を。それと言うのも、相手チームのリーダーであるアーキルは名の知れた魔術師、今向こう側でお喋りをしている男が錬金術師というまさに二人が戦うには自分の実力を見極めるいい対戦相手だからである。
「えぇ、会場にお越しの皆様。ただいま連絡が入りました。アーキル選手ですが、どうやら昨晩食べた貝類にあたり、現在自室にて横になっているようです」
突然のこのアナウンスに会場はどよめいた。ルイス達はどよめきよりも呆れの方が強く、そして同じチームである錬金術師のザイドと医術師のピュアは恥ずかしさで顔を伏せている。
「何でアイツだけあたってんだよ……」
「知らないわ。しかも朝起きたときは普通にしてたのに、この数時間で彼の体内で一体何があったのかしら……とりあえず見て来るわ」
ピュアがどよめきの残る会場から去ろうとすると、ザイドも居たたまれなくなりその場を後にした。
「……決勝戦の相手がこんなんだとさすがに気が抜けるな」
「うん」
数分後、またアナウンスがなった。今度は活気のある声だった。
「さぁ皆様お待たせをいたしました!アーキル選手は見事体調を回復し、すぐこの決勝の場に姿をみせます!」
「「おぉ!!早くしろ〜!」」
「「待ってたぞー!!」」
場内は一気にボルテージがあがり、そしてようやく、相手チームが揃って出場してきた。
「ったく、待たせすぎだぜ」
ベルクスは文句を言いながら前にでた。それにルイスとテムイが続き、アーキルチームも円状になっている戦いの場の中央に歩を進めた。そしてお互いの声が聞き取れるぐらいの間隔になった時、両チーム歩を止めた。会場は熱気だっているが、選手達のいる空間は静かだった。
「遅れて申し訳ない。生まれてこのかた貝というものを食べた事がなかったので、つい食べ過ぎてしまった」
開口一番にいったアーキルの言葉は謝辞だった。この行動に少しだけ驚いたルイス達だったが、そこはすぐに切り替えた。
「いいえ。それより、体調のほうは本当に大丈夫ですか?」
「ああ。ピュアの医術師としての腕がいいせいか、いつもの調子を戻せた」
この言葉にルイスの目は変わった。戦うものの目、そしてそれを楽しみにしている目だ。
「それはよかったです。もし僕等が勝っても貝のおかげだったと周りに思われるのは納得がいきませんからね」
笑顔で挑発とも取れるルイスの言葉に、アーキルは何の迷いもなく答えた。
「あぁ、それは問題ない。例え俺が全身複雑骨折していても、君たちに勝機は微塵も存在しないから」
「なっ!」
「……」
ベルクスが言い返そうとしたが、ルイスの黙示にそれは出来なかった。
「戦いの場では結果が全てです。早く始めましょう」
「そうだな。戦いを始めるのには賛同するが、前者には賛同しかねる……やはりまだ子どもだな」
「両チーム準備はいいですか!!?!?それでは、いよいよイルハウ大会決勝戦、アーキルチーム対ルイスチームの試合を始めます!!!」
「「わああぁぁ!!!!!」」
激しいゴングの音と同時に両チーム全員が術を唱え始めた。アーキルとルイスは攻撃魔法、ザイドとベルクスもまたそれぞれ独自の攻撃系錬金術を発動させ、魔術医であるピュアとテムイは味方チームの様々な能力を上げるインクリースを放った。
「何という爆発力!!!やはり決勝戦だけに今までとは格の違う戦いとなっています!!!しかし観客の皆様ご安心下さい!!我がイリューマの魔術師団が等間隔で配置していて皆様の安全を保証しています!!」
砂煙が収まるのを待たずにアーキルチームは攻撃をしかけた。それは数十本という鉄槍が飛んでくるというものだったが、ベルクスが鉄の壁を作り防いだ。そしてその鉄の壁を更に鉄の玉に作り変え、お返しにアーキルチームへと放った。次いでルイスが今まで見せた事もないような巨大な電気と炎の塊で攻撃をした。
「お前、また腕上げやがったな……」
「ベルクスこそ。連続錬金が出来るなんてすごいよ」
一方、アーキルチームもルイス達の力に感心していた。
「中々やるね。ぜひ俺の弟子にしたいよ」
「あら、ザイドの弟子なんかになっちゃったらせっかくの美少年が台無しになっちゃうじゃない」
ピュアとザイドはまだまだ余裕で笑っているが、アーキルは相変わらずの無表情だった。
「で、どうよアーキル?あの僕ちゃんの実力は?」
ザイドは興味心身でアーキルに感想を求めた。それというのも、昨晩貝を食べながら珍しくアーキルが相手選手に興味を示したからである。
「ああ。やはりまだまだ子どもだな。だが……」
「「だが?」」
ピュアとザイドの声が重なった。そして視線はアーキルを向いている。
「……いずれ、そう遠くない未来には俺のところまでくる。こんなに楽しいのは、久しぶりだ」
このアーキルのセリフに二人は驚きを隠せない。しかしそんな二人を他所にアーキルはブロウを放って砂煙を一掃し、ルイスだけを見た。彼もまた、この戦いを楽しんでいるようにアーキルは感じた。
「……オリジナルを作る能力があることはいいが、術が幼稚すぎる。君ならもっと複雑で高度な術を編み出せるだろう?」
「あなたこそ、無駄が多いんじゃないですか?」
ルイスは彼の実力を感づいていた。それはつまり、術を唱えるという助力が、彼にとっては特別意味をなさないという事である。
「君と俺との差が一体どれぐらいあるのか、わかっているんだな」
「えぇ。最初の一発で……嫌でもわかりますよ」
同じ魔法を放ったにもかかわらず、アーキルの魔法はまるで質が違った。例えば自分の放ったものが水ならば、向こうはそれを凝縮させた氷塊なのである。
「それでもなお、戦いを続けるのか?」
「じゃああなたは、こんなにも良い修行の機会を自ら放棄するんですか?」
ルイスのこのセリフを聞き、アーキルは目を細めた。
「……そうだな。そんなもったいない事するわけがないな」
アーキルは言い終わると、右手を上に上げて何やら唱え始めた。ルイスは直ぐに、それが重力系魔法であることを覚り、ベルクスに合図を送って防御の体制をとった。
「いいかルイス君。これは俺の中で一番軽いグラディだ」
「っっ!!」
アーキルが手を振り下ろすと一気にルイス達に重力がのしかかってきた。
少しばかりルイス達には強いであろう魔法を放ったアーキルに対して、ザイドは不満を漏らした。
「アーキル、あんまいじめんなよ。それに錬金術師のほうは俺の担当だって言っただろう?」
「すまない。まさかここまで魔術と錬金術を融合させる事が出来てるとは思わなくてな」
ルイス達は何とか“一番軽い”というグラディを耐え、テムイに回復術を施してもらった。
「おいルイス、あれ何とかしろよ。大体俺は錬金術の戦いの方がしたい」
「って言われてもね。これチーム戦だし」
「お前な、もう勝つ確率ゼロってことぐらいわーってんだろ?だったらこの決勝戦でやる事は一つ」
ベルクスもまた、この戦いを楽しんでいた。決して勝つことの出来ない相手ではあるが、それは届かないものではない。今この一瞬一瞬が、机に向かって一人で黙々と勉強している何十時間というほどの価値があることを、ルイスもベルクスもわかっていた。そしてテムイもまた、相手の医術師をよくよく観察してその腕を盗もうと真剣だった。
国王であれ、農民であれ、家庭に平和を見出せる者が、もっとも幸せである。 ゲーテ