初イリューマ
「すっげーな」
ベルクスは周りをキョロキョロと忙しく見渡している。オーヴァルガンとは違い、何となく都会、という雰囲気に飲まれていた。隣を歩くテムイもベルクスほどでなくてもイリューマの独特の雰囲気に興味深々だった。
「ベルクス、あんまり勝手に動くなよ。こんな人ごみではぐれたらシャレになんないからな」
「わーってるって。それよりよ、イリューマの王都に来たのはいいとして、どうやってルイスを探すんだ?」
ベルクスの至極単純な質問に、テムイは顔を青ざめた。
「どした?末期の病人みたいだぞ?」
ベルクスはケラケラとテムイを指差しながら笑った。
「笑い事じゃないだろ!どうしてそんな大事な事に気付かなかったんだ…こんな広い初めての国でどうしろっていうんだ…」
テムイは頭を抱え始めた。ベルクスはそんなテムイを無視して珍しい店を見てまわり始めた。
「こらベルクス!どこ行くんだよ!?」
「悩んでたってしゃーねーだろ?それより見てみろよ!錬金の店もあるぜ!」
ベルクスは目を輝かせて店の中へと入っていった。テムイも仕方なくその店に入り、中でじっくり考えることにした。
「なぁなぁオヤジ、まさかこれこの前ライアンが発表した論文か?」
ベルクスは一冊の分厚い本を手に店主に聞いた。
「あぁそうだよ。お前さんライアンを知ってるのか?」
「あったりまえだろ〜…あ!ここにもライアンが書いたのがある」
「実はあの人のファンでね。あの人の論文はいつも完璧であれは芸術の域だと思ってる」
店主はパイプをふかしながらどこか遠いところを見ている。
「オヤジ!わかってんなぁ〜あれ知ってるか?13年前にライアンが発表した…」
「ポリアンタンの法則か?」
「そうそう!」
苦悩するテムイをよそに、ベルクスと錬金の店の店主は意気投合して小難しい話に花を咲かせている。
「ベルクス」
「マジで!?これもらっていいのか??」
「ベルクス!」
テムイの声にようやく気付いたベルクスは不機嫌そうな顔をした。
「んだよ?今オヤジと話してんだよ」
「お前な…それより、この辺回ってみてルイスの情報集めてくるから俺が戻るまでここにいろよ?」
「おう!遅めに帰ってこいな!」
ベルクスは邪魔者なしに店主と話すことが出来ると解釈し、満面の笑みでテムイを見送ったのだった。テムイはため息をつきながらもルイスの手がかりを探しに込み合っている街へと繰り出したのだった。
「ユフィールさ〜んvv」
「…サレオス、すっごく恥ずかしいからちょっと離れてくれる?」
大きな時計台の下で待ち合わせていた二人。サレオスはユフィールが現れていきなり抱きついたのだった。そしてユフィールの言葉に従い取り合えず離れたサレオスだが、手はちゃっかりしっかり握っている。こう出来るのも、二人がはれて正式に恋人同士になったからである。
「今日はどこ行きましょうか?」
「この前言ってた公園へ行ってみましょう?」
二人は仲良く歩き始めた。道すがら二人を振り返ってみる人が少なくなかった。ユフィールの優しい美しさと、中身とは違ってミステリアスな雰囲気をかもし出すサレオス。人目を引くには十分なものだった。と、その二人の道の先で小さな人だかりができていた。
「どうしたのかしら?」
ユフィールは人の合間を縫って進んだ。
「ユ、ユフィールさん、ちょっと待っ…」
サレオスの声を聞かずにユフィールは人だかりの中心へと到達した。そこには母親らしき女性が子どもを抱いて青ざめていた。
「すみません!誰かお医者様を呼んできてください!」
女性の必死の声に周りは困惑してざわめいている。ユフィールは慌てて女性に駆け寄った。
「落ち着いてください。どうしたんですか?」
「子どもが…私の子が…」
女性は片手を子どもに、もう片方の手でユフィールの服を掴んだ。
「どこか怪我を?」
「違います。元々病弱な子で…でも今日は体調がいいからと外に出たんです…そしたらいきなり倒れてしまって…」
「薬は持ってきてないんですか?」
「はい…今日は本当に元気そうだったので必要ないかと…」
ユフィールは困ってしまった。彼女の担当は外科である。もちろん他科についても知識があるが、どうやらこの子ども特殊な病気持ちらしい。病名を聞き、彼女の記憶によればそれは1万人に1人、発症するかしないかのものだった。
「ユフィールさん!どうしたんですか?」
人ごみを掻き分けてようやくサレオスが現れた。
「サレオス!この先に病院があるから内科の先生を呼んできて!」
「え?わ、わかっ…」
「ちょっと失礼します」
サレオスが慌てて走り出そうとした時、1人の色白な少年がユフィールの方へと近づいていった。そして子どもの状態を見て、一発で病名をあてたのだった。
「…センガス症ですね?」
「は、はい…」
少年はふと、買い物袋を持ったおばさんに何を持っているのか聞いた。
「リンゴにジャガイモにティック、それとトマトジュースよ」
「…ティックとトマトジュースをいただけますか?」
おばさんは急いで袋からその二品を出して少年に渡した。
「あなた、何をする気?」
ユフィールは怪訝な顔つきで少年を見た。少年はそれには答えず持っていたカバンを開ける。その中には多種に渡る医療器具、それに薬品が入っていた。
「医術師なの?」
「まだ学生の身ですが、腕は確かです」
薬品と、先程おばさんから受け取ったものを混ぜながら少年は答えた。
「よし。取り合えずこれを飲んで一時的に今の症状を抑えます。それからこっちの注射を打ちます。その後にかかり付けの病院へゆっくり運びましょう」
「は、はい…」
渡された見た目はほとんどトマトジュースのような薬を母親は子どもに飲ませた。それから少年は注射を打った。
「すみません」
「ん?俺?」
サレオスは少年に呼ばれた。
「なるべく振動をなくして運んでくれますか?」
「お、おう」
サレオスは子どもを優しく抱き上げ、母親にユフィール、そして少年と共に病院へと向かった。
「…適切な処理ですね」
子どもの担当医は息を吐いた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
母親は少年の手を強く握って頭を下げた。少年は照れたように応対し、すぐに病院を去ろうとした。
「ねぇ」
病院の入り口のところで、ユフィールは少年を呼び止めた。
「もう行っちゃうの?お礼がもらえるかもしれないわよ?」
「別に、そんなのが欲しくてやったわけじゃないので…」
少年はさっさと病院を出ようとしたが、またユフィールがとめた。
「あなた、名前は?」
少年の正面に回り、目線を合わせて聞いた。
「え、っと…テムイです」
「テムイ君?ってもしかしてあの!?」
ユフィールは驚きの声をあげた。そこにサレオスがやってきた。
「どうしたんですか?そんなに声あげて」
「テムイ君よ!去年新薬の合成法を発見した!」
「テムイ?どっかで聞いた事あるなぁ」
サレオスは首をかしげた。そして記憶をさかのぼり、1人の少年を思い出した。
「あ!ルイスが言ってたあのテムイか?!」
「ルイス?」
テムイはその名前に反応した。
「あの、もしかして黒髪黒目のルイスの知り合いですか?」
「えぇそうよ。私はユフィール、こっちはサレオス。よろしくね?」
「よろしくな!ってかあのルイスの友達ってことだろ?アイツにしちゃまともなダチがいたもんだな〜」
真面目に感心しているサレオスを見て、テムイはたしかにそうだ、と思わず笑ってしまった。
「俺ルイスに呼ばれてもう1人の友達とここに来たんですけど、肝心のルイスの居場所知らなくて…」
「なんだそりゃ?まぁアイツらしいって感じだな」
「今の時間なら国立図書館で何かの研究をしてるはずだから、そこに行ったら会えると思うわ」
ユフィールは親切にも地図をかいてテムイに渡した。テムイは重々お礼を言い、二人と別れたのだった。
そして文句を言っているベルクスの腕を引いて、ルイスがいるであろう国立図書館へと向かった。