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嬉しかった事

「(えっと……多分この辺に…)」


道に白いじゅうたんの様に雪が積もっている晴れた昼。左手にバスケット、右手に小さな紙切れを持った少女が辺りをキョロキョロ見ながら歩いている。


「(この建物かな……?)」


少女は自信なさげに、大きなホテルのような建物の中へと入っていった。

中に入るとこれまた広い待合室があり、その少し奥に男性のフロントスタッフが立っていた。


「あの、ルイスさんに会いに来たのですが……」


恐る恐るフロントの男性に聞くと、愛想のいい笑顔で応対してもらえた。

少女はエレベーターに乗り、5階まで上っていく。ドアが開き、508号室を探した。一つ一つのドアの間隔が広く、少女は焦る心を抑えようと、ゆっくりと歩を進めた。




ルイスが戦場から戻ってきて早数週間。傷はまだ完治しておらず、最近ようやく自力で生活ができるようになった。それまでは、ユフィールやホテルのスタッフに色々と世話をしてもらっていたのだった。


「あ〜ヒマ。マンガも全部読んじゃったし…」


ソファーで横になりながら、もう何回も読み返している魔術の本を放り出す。ハクセンもフェイも一緒に仲良くお出かけなので、本当の暇人である。


「今度ユフィールさんに図書館の本借りてきてもらおうかな…」

コンコンッ

「はぁい。今あけます」


時刻はちょうどお昼時。ランチが運ばれてきたのだろう、と思いドアを開けるとそこには予想外の人物が立っていた。


「マ、マナ?!」


あまりに突然の訪問客にさすがのルイスも驚いた。というか、一国の姫がこんなところに護衛も付けずに来ていいものなのだろう?と、一気に色々な疑問が頭の中に浮かんでくる。


「突然ごめんなさい!でも、あの、私すごく心配で。あ!すぐに帰りますから!」


マナ姫をよく見ると、左手から何やらおいしい匂いが漂ってくる。


「…時間、ないの?」


ルイスは優しく問いかけた。


「え?あ、いえ、そういう訳ではないのですが、やはりお体に障ると思いますし…」


それと聞き、ルイスの顔に柔らかな笑顔が広がった。


「ちょうどヒマしてたんだ。よかったら上がっていってよ」


と、マナ姫の腕を引き、部屋へといざなう。マナ姫は突然腕を掴まれたので、いつものように顔を赤く染めている。

マナ姫をソファーに座らせ、ルイスは飲み物を持ってこようとしたが、それはマナ姫に止められた。


「私がお持ちします!ルイスさんはゆっくり休んでいてください」

「え?でも…」


ルイスの声も聞かず、マナ姫はちょっとしたキッチンのある方へと歩いていった。しかたがないのでルイスはソファーに腰をおろす。しばらくすると、紅茶を二つ持ってマナ姫が戻ってきた。


「ありがとう」

「いえ、私にできるのはこれぐらいですので…」


マナ姫の顔が少しだけ曇る。


「……そのバスケット、何が入ってるの?」


気を利かせたのか、ただの好奇心なのか、ルイスは話を移した。


「あ!そうです。あの、クッキーとドーナツ、それとパンを作ってきました」


そう言いながら、バスケットにかかっていた布を取り、テーブルの上に置いた。そしてお皿を取りにまたキッチンへと行った。

ルイスは目の前に出されたそれを見つめながら、心が和んでいくのを感じた。


「お待たせしました」


お皿に綺麗に盛り付けていき、ルイスに差し出す。ルイスはまずクッキーを口に入れた。


「…うん、おいしい」

「本当ですか?!」

「本当本当」


ルイスにおいしいと言われ、目を輝かせているマナ姫をよそに、ルイスはドーナツとパンを食べていき、お皿に盛られた分をあっという間に平らげてしまった。


「うん、ホントにおいしかったよ。ありがとう」


笑顔をマナ姫に送る。マナ姫はまた、いつものように顔を赤くして俯き、小さな声で返事をした。


「……また今度、何か作ってもらってもいい??」

「!はい!今度はもっとあっさりしたものを作ってきます!」


マナ姫は本当に嬉しそうな顔をしている。そんなマナ姫を見て、ルイスは今までに無いほどかわいい、と思った。

ルイスはどちらかと言えばモテる方に分類されるが、学校にいた時も、さして女の子には興味が無かった。何かもらったとしても、今のような感情は生まれなかった。

そんなことを考えていると、やはり自分は少し変わったんだな、とルイスはつくづく思ったのだった。


「あ!もうこんな時間…私、もう帰ります」

「え?もう?」


マナ姫が席を立ったので、ルイスも立った。


「また、お伺いしても良いですか?」

「…うん、今度はいつ来れるの?」

「えっと…一週間以内には来れるかと…」

「…わかった。下まで送っていくよ」


ルイスは止めるマナ姫の言葉を無視して無理やりホテルの玄関まで見送りをした。

そして部屋に帰ってきてふと、先程自分の言った事を思い出す。


『え?もう?』


窓の外を見るとマナ姫の後ろ姿があった。


「……(僕、変じゃないかな)」




夕食の時間になって、ようやくハクセンが戻ってきた。


「おかえり」

「あぁ…そのバスケットは?」


ハクセンはテーブルに置かれていたいい香りを発するバスケットをいち早く発見した。


「今日マナが来たんだ。で、クッキーとドーナツ、パンを作ってきたわけ」

「ほう、一つもらってもいいか?」

「え?…でもさ、ハクセンってこういうの食べても平気なの?」

「?あぁ。サソリや毒蛇も食べれるからな」

「いや、でもさ、やっぱこれ人間のための食べ物でしょ?だからあんまり口に合わないと思うよ?」

「……」

「……」


しばしの沈黙。しかも見つめ合って。ルイスは嫌な汗をかいた。


「なるほど。せっかくマナがお主のために作ってきてくれた物を、他の者には食べさせたくないと……」

「ち、違う!!別にそういうわけじゃ!」


ルイスは何やら必死にハクセンの言い分を否定する。そしてお皿に適当に(しかも少しだけ)盛り付け、ハクセンに渡した。


「はい。じゃあ僕はもう寝るから」


ふてくされたかのように、ルイスはベッドに潜り込んだのであった。




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