簡単な試験
品のいい部屋にルイスは待たされていた。出された紅茶を三口ほど口にした時、ノックの後に一人の若いとは言えないが老いてもいない男が入ってきた。
「初めまして、スダンと申します。マナ姫の教育係兼世話係をしています」
「こちらこそ初めまして、ルイスと言います」
一度席を立ち一礼し、互いに席についた。スダンと名乗った男を少し観察する。知的なオーラを放っているが、学者肌ではないようで、だいぶいい体格をしている。察するところマナの護衛も兼ねているのだろう。そうすると大分オールマイティーにこなす人物であり、父親であるイリューマの国王からの信頼も厚いものであると考えられる、とそこまで考えているとスダンからいくつか質問が飛んできた。
「普段こういったことな無いのですけど、今回は姫の推薦ですのでかなり特例となります。えぇっと、まず年齢は?」
「十六です」
「出身は?」
「オーヴァルガンです」
「・・・・今の君の年齢なら学校へ行っているというのが普通だと思うんですが?」
「家が貧しかったので学校へはいけませんでした。けれどいつか育ててくれた両親に楽な生活をして欲しいと思い、仕事をしながら図書館で勉強をし、独学で魔術を覚えました」
もちろん全部デタラメである。まぁ独学で、というのは半分当たってはいるが、自分の興味のあるもの意外に関心を示さないルイスが仕事などというものを今までしたことなど皆無である。
「なるほど。イリューマの姫に魔術を教えているということをご両親が聞いたらとても喜ぶでしょうね」
「はい、両親のためとはいえ、家を出てきてしまった僕をきっと不肖の息子と思っていると思います。ですからもしマナ姫様に魔術を教えることが出来ると聞いたら僕はやっと一つ、親孝行ができます」
まさに孝行息子、けなげな少年を演じ、スダンに訴えた。そのスダンはしばらく考えてからルイスを外へと連れて行った。そこは広い整備されたグラウンドの縮小版のようなところだった。
「親を大切にしようとする者に悪いものはいません。しかし君の実力が及ばないものであったら、いくら信用できる者であっても登用はできません」
「はい」
「では、とりあえず簡単な魔法から」
実技の試験はすぐに終わった。理由はルイスが杖を持たずとも魔術が使え、さらにレベルの高いものを難なく放ったからだ。これにはスダンも驚きの表情を隠せない。
「姫はいい目をしていますね」
この日、ルイスがイリューマの姫に魔術を教える者と決まった。
「えぇぇ!!?!マジで?!?」
サレオスの甲高い声が狭い部屋に響く。ちょうど本日ののろけ話が終わった時、ルイスは普段と変わらない様子でイリューマの姫に魔術を教える、ということを伝えたのだった。
「ルイス、本当なのか?」
この事にはハクセンも疑いの眼差し向ける。それもそうだろう、たかだか十六の子どもが一国の、しかも大国の姫を相手にするのだから。普通ならありえない。
「本当です。パーティーでたまたま会ったんで、今回のような事になりました。何でも無料で部屋を貸してくれるらしいです。もちろんハクセンと住めるようなところを希望しておきました」
マンガを片手にルイスは淡々と話を進める。
「はぁ〜、スゴイ坊やとは思ってたがまさかここまでとはね」
「誰が坊やですか・・・・・」
「しかしお主が一ヶ所に留まっているというのは性に合いそうに無いように思えるが・・・・?」
ハクセンの疑問にサレオスも同意した。
「・・・・まぁその辺はもう考えてます。僕としても一生あんな狭いところにいるのはゴメンですから」
狭い、と言っているが王宮の広さといったら半端ではない。それなのにそう言ってしまうルイスの感覚に、二人ともため息がもれてしまった。
「何はともあれそういう事なら親御さんも安心するだろうな」
ふと、サレオスは呟く程度に言ったがそれはルイスの耳にしっかりと届いた。
「・・・・・・・・なぜあなたがそんな事を?」
突然話に親が出てきたので訝しく思った。しかしサレオスは適当に笑い流して部屋を出て行った。
次の日、無事に部屋も決まり明日国王に謁見してその次の日から正式にマナ姫に魔術を教えることになった。
明日国王と会うというのにルイスはまったく緊張した様子をみせずに新しい住家でくつろいでいた。夕方にはサレオス、ユフィール、ダイゴローが祝いをしにやってくる。
「・・・・・フェイ?」
応答が無い。どうやら出掛けているようだ。
「ハクセン様・・・」
街をぶらぶらした末、広い公園に着いたハクセンは木陰でくつろいでいた。
「ルイスについている神族か・・・・・?」
「はい。名をフェイと申します」
ルイス以外で唯一言葉を交わし、その正体を知っているハクセン。ルイスをいつも心配しているフェイにとって、父親的存在に位置するであろう彼は心強い味方であった。
「今回の行動、あなた様はどう思われますか?」
フェイの問いかけにハクセンはすぐには答えなかった。長年生きている彼にとってもルイスの行動は不思議なのであろう。
「まだ子どもゆえ、目に見えるものから手に入れようと考えているにすぎぬ」
「それは・・・・?」
「姫に近づいて婚姻でも結ぶのではないか?」
本当のところはわからぬが、と言いながらハクセンは眠りについた。
「そ!だからまぁとりあえずは安心だね。召喚術師たちも手をだしにくいだろうし」
『わかった。それで、お前はどうするんだ?』
「俺はまずユフィールさん!今夜もまた会えるんだぁ〜♪まぁルイスのお祝いってことだけど、それでも会えるもんに変わりはない!」
『そうか、恋がみのるといいな。じゃあ体には気をつけるんだぞ?』
「はいはぁ〜い、おじさんもね〜」
ガシャン
「(ついに明後日、あの方とまたお会いできる)・・・・・・・・」
城下町のみえる大きな窓をのぞきながら、マナ姫は緊張していた。パーティーの日、たまたまベンチで休憩している時に出会った人。まだ何も知らない。けれどこれから彼を知っていける。そう考えるとマナ姫の胸は弾んだ。