パーティー・M
「……というわけなんだ」
『そうか…また明日連絡をくれるか?』
「わかった。いつごろ?」
『そうだなぁ…夕方には』
「了解。じゃあまた」
ガシャン
サレオスは宿のフロントにある電話の受話器を置いた。その顔はどこか寂しげだった。
つい先程、ルイスがイリューマに落ち着くということを聞かされた。だがまぁルイスは最初からここを目的に故郷を離れたのだからしょうがないが、あまりに突然言い渡されたのでサレオスとしては少し困惑を覚えた。またいつあの召喚術師に狙われるかもわからないのに、と。そのことを本人に言ったら、
「他人の心配より自分の心配をしてください」
と言われ、返す言葉がなかった。
とにかくサレオスとしては明日、電話の相手の答えを待つしかなく、トボトボと寝室へと戻っていった。
次の日、サレオスがどうしてもと言うのでルイスは一緒にイリューマを観光した。やはり魔術大国、そこかしこに魔術に関する店が軒を連ねている。
「にしても今日は人が多いな〜」
「何かあるんでしょうか・・・?」
人ごみに揉まれながら進んでいくと大きな広場にでた。
「どうやら宴があるらしいな」
ハクセンが答えた。言われてみるとそんな感じだ。しかしこんな昼間から、と思っているところに酔っ払いのグループがぶつかってきた。
「す、すみません!」
ルイスはとりあえず無駄な争いを避けるためすばやく謝った。男達はひと睨みしたがすぐに笑顔になった。
「ダハハ!!これくらい気にすんな!!!」
「そうだそうだ〜今日は城でパーティー!!ここも盛り上がるってもんだ!!!」
「は、はぁ・・・・・」
酔っ払いグループは笑いながら去っていった。
「なるほど、お城でパーティーしてるのかぁ。」
周りのテンションにまだついていけない二人の前に見覚えのある女性が現れた。
「ルイス君!それにサレオスも!!」
「「ユフィールさん!」」
いつもより綺麗な服を着こなしているユフィールだった。腰まである髪を上に上げていて、どこか色香を漂わせている。
「ユフィールさんもですか」
「ええ。私は王宮に招待されてるのよ、よかったら二人もどう?」
それを聞き、ルイスの顔は気色に染まる。魔術大国であるイリューマの王宮に足を踏み入れるなんてことは滅多にない。ルイスは二つ返事で承諾し、サレオスにも聞くと、
「え?あぁ、うん」
と歯切れの悪い返事が返ってきた。ルイスとユフィールは訝しく思ったが、すぐにいつものサレオスに戻り、程なくして王宮へと足を運んだ。
王宮は朝から大忙しであった。昼は一般の来客をもてなし、夜は王族関係や貴族をもてなさなければと廊下をパタパタ走る音が途絶えない。そんな中、宮中に穏やかな時間が流れる一室がある。
「父上、今日はあまり飲みすぎないでくださいよ」
「何を言うか!わしはまだまだ若い奴らには負けん!」
「お父様ったら、そう言ってこの前の食事の席で眠ってしまったのは誰でしたか?」
「うぅ・・・」
「ふふ。マナ、あまり国王陛下をいじめてはいけませんよ」
丸いテーブルに湯気の立つティーカップが四つ。イリューマ十五代国王デューマとその家族がテーブルを囲んで談笑をしている。
「そう言えばガイラ、今日はお前の婚約者であるティーナもくるとか?」
「はい、父上達とじっくり会う機会がなかったので今晩ゆっくり、と思いまして。」
「そんな事言って、本当は皆に自慢したいんじゃないですか?」
マナ姫は少しからかうようにガイラ王子に聞いた。すると、
「ああそうだよ。お前も早くいい相手が見つかると良いな」
と、おもしろそうに答えた。マナ姫は言い返せないでむすっとしたが、ガイラ王子はそれこそからかうように笑っている。この二人のやり取りをみて、国王であるデューマも、その后であるセリアーナも目を細めて優しく微笑んでいた。
しばらくすると、会場へ案内する者がやってきて四人そろって来客の待つ大ホールへと向かった。
「おお、国王陛下だ!」
「まぁお后様も!すごくお綺麗だわ!」
集った人達はぞくぞくと四人の周りに詰め寄った。あやうく混乱が起こりそうだったが警備の兵がすかさず規制をしたので大事には至らなかった。皆落ち着きを取り戻し、音楽に合わせて踊る人たちもちらほら。マナ姫は疲れを取るためあまり人のいないところへ行き、ベンチに腰をかけた。
「ふぅ。楽しいけれど疲れるわ」
片手には会場から持ってきたジュースがある。それを一口飲んで落ち着いていた。
「隣、いいですか?」
突然の声にマナ姫はあやうくジュースをこぼしそうになった。振り返ると黒髪で黒い瞳の少年が立っていた。
「すみません。驚かせてしまいましたか?」
「・・・・・・」
時間が一瞬とまる。そんな感覚にマナ姫はとらわれた。そう感じるのは今自分の目の前にいる少年の放つ存在感のせいなのかもしれない。
「?あの、?」
「え!あ、はい。あ!いえいえ、どうぞお座りになってください。」
マナ姫は焦りながらも何とか応対した。ありがとうございます、と丁寧に返事を返しながら少年はマナ姫の隣に座る。二人の間はそれほど近くないが、マナ姫は心臓の鼓動が早くなっていることに気付く。ちらっ、と少年の方を見ると目が合ってしまい、慌てて顔を伏せた。
「どうか、しましたか?」
少年は優しく声をかけてくれた。
「いえ、なんでもありません。」
顔が熱い。マナ姫は、これが俗に言う一目ぼれなのかしら、とすでにいっぱいいっぱいの頭で思った。イリューマ国王の娘であるがゆえに、今まで様々な人からアプローチをされてきたが、こんな気持ちになったのは初めてであった。一体どこの誰なのか?今の時間帯に来ているということは一般の人。だけどそれ以上は分かりえない。色々な考えが浮かんできては消えていき、浮かんでは消えていき、と繰り返してる間に少年はマナ姫が体調が悪いのかと心配した。
「誰か呼びましょうか?」
「いえ!何ともありません、大丈夫です。」
「そうですか」
会話は終わってしまった。さして長くもない沈黙が、今のマナ姫には一時間以上にも感じられた。
「あの!」
「は、はい・・・?」
突然の少し大きめの声に少年は驚いたが、しっかりとマナ姫の方をみている。恥ずかしくて目を見ては話せないと思い、マナ姫はうつむきながら勇気を振り絞って質問をした。
「あの、お名前はなんというんですか?」
「え?ああ、すいません。紹介がおくれて、ルイスです。」
「ルイス、さん・・・」
少しだけ顔をあげたマナ姫だがやはり顔は見れない。
「あなたは?」
「あ、はい、マナと申します。」
「かわいい名前ですね」
その言葉にマナ姫は顔を上げルイスを見ると、優しい笑顔がそこにあった。