イリューマ着
「姫!!姫ぇぇ!!!!」
広く、綺麗な装飾が施されている宮中に若くはない男の声が鳴り響く。彼は魔術大国イリューマの第十五代国王デューマの娘、マナの教育係兼世話係のスダンである。いつものごとく勉強時間に姿を見せないマナ姫を急ぎ足でこの広い宮中を探し回っている。
「まったく、一体何を考えているのか・・・」
速かった足取りも次第に速度を落としていった。その頃、噂の人は宮中ではなく、城下町で子どもと戯れていた。
「マルン姉!!今度はみんなで鬼ごっこしよう!!」
「しようしよう!!」
「よーし!じゃあじゃんけんで鬼決めよ〜!」
明るい声が子どもの声に混ざって響いている。特に治安の悪くないイリューマだが念のため名を偽ってちょくちょく城を抜け出しているマナ姫は十人以上の子どもと広い公園で泥まみれになって遊んでいた。
日も暮れ始め、マナ姫は一人ずつきちんと家に送ってやり城へと戻った。
「姫?!またこんな格好を・・・」
廊下でばったりスダンと会ってしまったマナ姫は、ばつの悪い顔をして逃げようとしたがそれはあっさり阻止された。
「お待ちなさい。そんな格好で中をうろうろされては掃除が大変です。今女中を呼んできます。」
しかたなくマナ姫はその場で待つことにした。すると城の護衛兵達がやってきた。
「マナ姫!?またですか?」
「スダンさんも大変ですね。」
少し楽しそうにマナ姫に声をかけてきた。
「うぅ〜。そんなこと言われたって、外はすごく楽しいのよ?」
あまり皆に心配させないでください、と言って兵達は仕事に戻った。それと入れ違いで女中が手にタオルを持って急いでやってきた。
風呂にも入りすっきりして自分の部屋でくつろいでいる時にコンコン、とドアがなった。
「どうぞ」
「失礼します。」
やはり、とドアから入ってきたスダンをマナ姫は見た。その表情は特に怒っているわけではない。
「今日はどちらに?」
「孤児院の子ども達と遊んでいたのよ。みんな元気が良くていい子達ばかりだったわ!」
かけっこをしていたら転んでしまった事や、みんなでかくれんぼをしたことなど終始笑顔で楽しそうにマナ姫は話した。一息ついたところで今度はスダンが話し始めた。
「姫、あなたがイリューマ国王の娘であることを忘れないで下さい。何かあってからでは遅いのです。あなたは、あなただけのものではないのですから。」
酷な事を言っている、とスダンは思った。マナ姫はまだ十五歳。普通の女の子ならば年の近い子と遊んでいても何も言われないだろう。だがマナ姫がそうであってはいけない。一国の姫という立場、決して自ら望んでそうなった訳でもないのに様々なものに縛られ、監視されていなければならない。
「わかっています。スダン、あなたは心配しすぎよ。」
マナ姫はスダンの言わんとしている事を察して、優しく答えた。
「そういえば明後日はパーティーだったわね。お兄様も出席するのかしら?」
「はい、婚約者であるティーナ様もご一緒です。」
それを聞くとマナ姫の顔が喜びのものになった。
「まったく、お兄様ったら皆に見せ付けたいのでしょうね」
嬉しそうに笑うマナ姫を見て、スダンの顔も綻んだ。
「本当・・・本当に本気ですか??」
イリューマのとある街の一角でサレオスは涙を浮かべながら、ひしとユフィールの手を握り締めていた。
「ええ。最初からここまでの護衛ということだったし。」
ユフィールも少し名残惜しそうにしている。
「あなたがユフィールさんに付いて行っても僕はかまいませんが?一人のほうが楽ですし。」
哀愁漂うサレオスにルイスの冷たい言葉がいつものように刺さる。
「そういうわけにはいかないんだよ。大人の事情ってもんだ・・・」
そのままサレオス達とユフィールは別れた。その後も暗く尾を引くサレオスにルイスはイライラする。
「だから、そんなにユフィールさんと一緒がいいなら付いて行けばいいじゃないですか?」
「だ〜か〜ら、大人の事情だよ。ていうかルイスはよくユフィールさんを一人で行かせられるよな〜。ったく男の風上にもおけないな。」
「余計なお世話です。だいたい何が大人の事情なんですか?」
ルイスは問いただすがサレオスは何も答えなかった。ルイスは国立図書館へ行くと言いサレオスを置いてハクセンと去っていった。
「・・・お前が聞いたら、どんな顔するんだろうな。」
複雑な顔をしてサレオスはポツリと呟いた。そして隣にいたダイゴローと向かい合わせになるようにしゃがみ込み、
「っていうか俺ユフィールさんに本気だったんだけどなぁ〜。いつもならナンパしに街歩くけどそんな元気でてこないし・・・俺はどうしたらいいんだ?ダイゴロー・・・」
また涙を浮かべてダイゴローに抱きついた。周りの痛い視線も気にしないで。と、泣き止んですっきりしたサレオスは何か思い立ったようにスッと立ち上がった。
「ユフィールさんに会いに行こう♪」
「(二、三、・・・・七、ぐらいかな・・)」
ルイスは国立図書館に展示してある「禁断の書」をまじまじと見ていた。普通に展示してあるので見物客の人達がひっきりなしに出入りしている。
ルイスが数えたのは「禁断の書」に施されている封印術の数である。七つもあるのだから尋常ではない。ため息をつきルイスは取り合えず今日は図書館を軽く見てまわることにした。さすが魔術大国の図書館だけあって広さが半端ではない。図書館といっても本だけが置いてあるのではなく、二つに分かれている。一つは「禁断の書」それと「超古代の杖」のような歴史的に価値の高いものを貯蔵している施設、もう一つは本や文献、資料を貯蔵している施設である。「全の宝玉」は王宮に封印してあり、王宮でもその場所は一般に公開している。
ルイスが図書館で楽しんでいる頃、サレオスはユフィールを探していた。
「たしかこの辺りの病院で手伝うとか・・・」
辺りを見渡すと小さな、少し古ぼけた建物を見つけた。一応看板には病院の文字がある。
サレオスはユフィールの仕事の邪魔になってはいけないと思い、外で待つことにした。見ていると見た目の割には結構患者さんがいる事に気付く。
太陽が少し傾いた頃、サレオスが待っていた意中の人が出てきた。一瞬舞い上がってすぐ駆け寄ろうとしたが、その足は止まった。ユフィールは男と出てきたのだ。すばやく身を隠したサレオスだがかなり動揺していた。
「ダ、ダイゴロー。こういう時ってどうすべきだと思う?」
答えが返ってくるはずはないが聞かずにはいられなかった。それもよく見ると男はかなり顔立ちが整っていてユフィールと歩いていると、まさに美男美女カップルのように見えた。ユフィールの顔はサレオスに見せたことがないくらいリラックスした、楽しそうな笑顔だった。これにはさすがのサレオスもヘコみ、二人の姿が見えなくなってもその場から動けなかった。
夕暮れ時、なんとか全てを見て回れたルイスは大満足で図書館をでようとし、入り口にサレオスとダイゴローを見つけた。もう宿はとってあるようだ。
「で、どうだった?夢の図書館は?」
「予想以上でした。僕はここにしばらく留まるので明日は一人暮らしようの部屋を探したいと思います。」
「そうか、そうか・・・・って、ええぇぇぇええぇ!!!??!?」
道端でサレオスは奇声とも思える声を発した。周りの視線が一斉に集まる。
「は、恥ずかしいじゃないですか!取り合えず宿に行きましょう!!」
放心状態のサレオスの背を押してルイスはそそくさとその場を後にした。