ある日
「よ〜、ルイス。起きてっか?」
「ベルクス、おはよう」
ルイスと呼ばれた黒髪に黒い瞳の少年の隣に、ベルクスなる短髪の金髪美少年が腰を下ろした。
どこのドームだ、と思うぐらい広い学生食堂は今、朝食ラッシュで人がごった返している。おいしいと言って食事に集中は出来ない状態だ。
「お前、この前の実技テストまたトップだったんだってな?」
サンドイッチを口にしながらベルクスがルイスに質問をするが、当の本人はあまり興味がないのか、そうだったねぇ、と軽く流された。
「ったくよぉ、ルイス様様かよってんだ。女子がうるさくてしょうがねー」
王子様フェイスであるがそれに似合わずベルクスの言葉遣いは荒い。逆にルイスは外見通りの温和な性格で誰にでも優しいので女子からの人気が高い。もちろんベルクスもその容姿からして人気者で、二人揃って半年に一度、勝手に行われている学内人気ランキングトップテンの常連である。
「はいはい。……そういうベルクスだって女の子に人気だし、それよりもこの前の錬金術大会で優勝してたじゃん。あれはすごかったなぁ」
ルイスはデザートのバナナを食べながら昨日のことのように思い出している。
ベルクスの専攻は錬金術。それもかなりレベルが高く、何もないように見える空気中から金属を作り出すことができる。先の錬金術大会でベルクスは見事な戦車をものの数秒でつくりだしたのだった。
「あったり前だ!お前に勝てるのはこれぐらいだから日夜特訓してるんだからな!」
「〜であるから、〜となり・・・」
午前のハードな魔法演習を終え、午後はひたすら薬草や幾何学といった難しい講義を聞いている。ルイスが専攻しているのは魔術。そして、基礎課程を修了した者は選択教科が取れるため、ルイスは色々なものを学んでいる。
扇形の講堂の教壇に立っているのはオーヴァルガン屈指の医学者、アスクオス。彼は先進30ヶ国の中でもかなり名の知れた人である。医学の中でも薬草の知識がぬきんでていて植物博士とも言われている。
ふとルイスは窓の方を見る。ルイスの倍以上の高さの窓からは綺麗に整えられている中庭が見えた。楽しそうにおしゃべりをしている生徒達、自由に飛び回っている鳥、そして緑豊かな木々と色鮮やかな花。まさに平和そのものだった。
そんな光景をみているとルイスは顔が緩むのであった。
「おいルイス、何ニタニタ笑ってんだよ。いい女でもいたのか?」
ルイスの左斜め後ろにいた少年がからかうように小声で言ってきた。薄茶色の少し長めの髪を後ろで一つに縛っている、色白な少年だ。
「違うよ、なんか平和で良いなぁと思ってたんだ」
同じく小声で答えるルイス。
「はぁ?ったく年寄りみたいなこと言ってんじゃねぇよ」
呆れながら少し笑いつつも手はしっかりと大きな黒板に書かれている難しいことを書き留めていた。
「そう言えばテムイ、この前借りた医学書なんだけど14章のとこにどうしても分からないのがあるんだ。時間があるときにでも教えてくれない?」
相変わらずの小声でルイスは、テムイと呼んだ少年に申し訳なさそうに頼んだ。
「14章?たしか反応のとこだったか。いいぜ、いつでも教えてやるよ」
「本当?ありがとう!じゃあ今夜は勉強会だね」
ルイスが嬉しそうに言った。ルイスの喜びの眼差しをはいはい、と軽く流しテムイは講義を真剣に聞き始めた。それに習ってルイスも再び前を向いた。
テムイは医術を専攻している。かなり優秀で、まだ学生であるにもかかわらず彼の出す論文は学会で皆をうならせている。
ルイス達が在籍しているのはオーヴァルガン国立アカデミー。緑豊かなオーヴァルガンのトップ校である。
今世界には数百という国が存在している。その中で先進国と言われているのはわずか30ヶ国。オーヴァルガンはその内の一つで、自然を多く残し、また共存している、ということで有名である。
夜、日中言っていた通りテムイはルイスに分からないところを教えていた。そこはアカデミーの図書館で、夜中の十二時までやっている。といっても一般の人は八時までで、それ以降はアカデミー生だけが使用できるようになっている。中央が丸く、三階まで吹き抜けになっていてそこで学生達は真剣に勉強をしている。
「なるほど、テムイはすごいね」
「反応ってのはパズルを組み合わせるようなもんだ、すぐ考えるのになれるって」
二人が勉強を終え、帰ろうとした時テムイの目に一人の少女が入った。
テムイはその子に近づいていき話しかけた。
「こんな遅くまで勉強かよ?夜更かしは肌に悪いんじゃないのか?」
テムイの言葉に顔を上げた少女。そして見た瞬間疲れた、という表情をした。
「おあいにく様、手入れならきちんとしてますからご心配なく」
少女はシッシッ、とテムイを追い払おうとした。
「ハイアじゃん、こんな遅くまで勉強してて大丈夫?」
突然歩く方向を変えたテムイの後を追ってルイスがやってきた。ハイアと呼んだウェーブがかった赤髪の少女に優しく話しかけた。
ハイアはテムイと同じ医術を専攻している。成績は普通よりは良いほうで、気が強くて姉御肌な少女だ。
それにしてもこの大人数の中ハイアを見つけ出せるなんてすごいなぁ、と心の中でルイスはテムイに賛辞を送った。
「あっ、ルイスじゃん!久しぶり〜元気?」
先ほどテムイに発したトーンとはだいぶ違う明るい声をルイスに向ける。
「ったく女はみんなルイスには良い顔するんだからなぁ」
タメ息をつくテムイ。
「グチってないであんたもルイスの優しさを見習いなさいよ。まったく最近の男はなってないわ」
「はいはい、ではどうぞお体にはお気をつけて勉強なさいませ、ハイアさん」
「うっわ、鳥肌が立ってきたわ」
「失礼なやつだな。とにかくそういうことで俺達はお先に」
おやすみ、と互いに言って二人は寮へと帰っていった。
アカデミーにはオーヴァルガン中から人が集まってくるので学校の敷地内にいくつか寮がある。もちろん男子・女子と別れていて、学生食堂は東側と西側にそれぞれ一つづつあった。図書館は敷地内の中央に位置している。
アカデミーは後ろを山に、前には海といった感じで天然の要塞となっている。昔は戦争が頻繁に起こっていたためこのような地形のところに人々が集まった。
その名残で、海には大きな船が停泊できるよう港のようなものが残っている。山には複数の穴が掘られていたり、戦車らしきものがボロボロの状態で放置されていたりもする。しかしそれらは森の豊かな緑にうまく包まれている。
近くの町、それはオーヴァルガンの首都イーラゴスであり、そこに行くには徒歩で1時間ほど。夏休みや年末年始にはアカデミーの生徒達が、さほど広くもない塗装された道を埋め尽くす。
今は新学期が始まったばかりでやたらと生徒達のテンションは高く、夜になっても寮の部屋の明かりはなかなか消えない。ここでは勉強という名目が通るため深夜遅くまで明かりがついていても誰かが来て注意するということはない。
今夜もルイスは屋根に上って寝転がり、星空を見ていた。空一面に光の粒がびっしりとつまっていてとてもきれいな夜空である。心地よいぐらいのそよ風が吹き、木々が軽く踊るようにゆれている。
「夏には出て行こうかと思うんだ」
「さようですか」
「止めないの?」
「無駄でございましょう」
「……ありがとう」