結局
出血を止めようと左腕に右手を当てたが予想以上に傷口は深く止まる気配はない。オセがその左腕をもぎ取ろうとサレオスに近づこうとした時、ドンッ!と何かがぶつかってきた。
「ダイゴロー・・・」
ダイゴローはすぐにサレオスの傍へ行きオセを睨んだ。
「いいなぁ、俺もあんな従順なのが欲しかったよ。」
ヘラヘラ笑いながらシュワルガはオセに嫌味っぽく言った。オセはシュワルガを一瞥しただけで、すぐにダイゴローに襲い掛かった。
サレオスが最後に見たのは傷だらけで、なおも自分の前に立ちはだかるダイゴローだった。
「・・・ん・・・うぅ・・」
「!?サレオス?大丈夫?私よ、分かる?」
聞き覚えのある声。目を開けるとユフィールが眉を寄せ心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「ユ、フィールさん・・?」
サレオスの声を聞くとほっとした様だ。
周りを見渡すとどうやらまたあの宿のようだ。窓からは橙色の光が入っている。どうやら助かったらしい、という事実だけがサレオスには分かった。
「!ダイゴローは!?」
勢いあまって上半身を起こしたが、左腕に激痛が走り顔をゆがめた。
「あの子なら大丈夫、今動物専門の医術師のところにルイス君達と行っているから。」
「よかった・・・」
一安心してサレオスはベッドにまた横になった。するとユフィールはくすっ、と笑った。
「まったく、自分の心配もなしに。」
「俺は殺されても死なないような人間だから大丈夫ですよ!」
サレオスは元気よくそう答えた。
「誰が手当てしてあげたと思ってるの?しばらくは安静にしていなさいよ。」
「はぁ〜いv」
その様子をみて少し離れても大丈夫だろう、と判断したユフィールはダイゴローの所へ行こうと腰を上げた。が、ちょうどルイスが部屋へと入ってきた。
「あ」
「・・・」
サレオスとルイスの間に重苦しい雰囲気が流れる。ユフィールは場を和まそうと、笑顔でサレオスが命に別状はない事を伝えるが、ルイスは冷たい笑顔でそうですか、と答えただけだった。
「ルイス、ユフィールさんがお前の笑顔におびえてるだろ」
「それが命の恩人に対する言葉ですか?」
はっ、と思いサレオスは苦笑いを作った。やはりルイスが助けてくれたのか、と嬉しい反面悔しい気持ちだった。
「と言いたいところは山々なんですがね・・・」
「え?」
ルイスに続きを求めるが反応がないのでユフィールに目を移した。
「何て言ったらいいのかしら、まあ助けたのは女の子なの。多分。」
「?」
話はこうだ。
サレオスと別れたルイスは、どうしたものかとうろたえているユフィールを無視して先へと進もうとした。その時、あの少女が空から降ってきた。
「やぁっと見つけた!!あの時の屈辱、今晴らしてくれるーー!!」
少女が叫ぶと同時にルイスは防御術を発動させた。しかも電気を含ませるというおまけつき。ビビビッ、と予想通りの展開にルイスは思わずぷっ、と笑ってしまった。
「ぬぅぅ、おのれぇ〜」
「・・・そう言えばあなたのお友達がこの先を行きましたよ。」
と言い、ルイスは今来た道の方を指差した。
ルイスのこの行動にユフィールは考えがまわらない。
「誰よ?」
「豹にのった長身で細身の男性です。多分あなたのお友達だと思います。で、あなたの敵であるもう一人、剣術師の方と戦う可能性があります。しかも剣術師は弱いですから簡単にやられてしまうと思います。」
にっこり笑いながらルイスは簡単に解りやすく説明をした。
「シュワルガ!?まさか私の手柄(?)を横取りする気?!?!」
少女はテテと呼んでいた龍に乗り一目散にルイスの指差した方へと飛んでいった。
ユフィールは目を点にしている。この状況を一体どう整理すればいいのか。ルイスを見るとハクセンに乗りユフィールに手を差し出してきた。
「彼から治療費をふんだくりに行きましょうか?」
「着いた時には全身傷だらけのダイゴローとあなたが横たわっていたのよ。」
「なるほど。でもなんで俺は見逃されたんだ・・?」
答えを求めるようにルイスに目を移す。ルイスは面倒くさそうに、
「弱っているあなたを倒したところで彼女の性格では納得しないでしょう。」
なるほど、と内心納得したがサレオスは重要なことに気がついた。つまり、もしその時少女がルイスと会わなかったら確実に自分はルイスに見殺しにされていた、と。想像するだけで全身から血の気がうせた。
「じゃあ僕は疲れたのでもう寝ます。」
まだ日が落ちていないのにルイスはそう言って部屋を出て行った。引きつった顔のサレオスを見てユフィールは少し話を付け加えた。
「着いたら直ぐに回復術をあなたとダイゴローに使ったのよ。あれは普通の魔術とは違ってかなり体力も魔力も必要とするの。それにかなりの知識がないと無理ね。あの時の必死なルイス君、かっこよかったわ。」
その後のしっかりした治療は私がしたんだからね、とそれだけ話すとユフィールも部屋を出て行った。残されたサレオスは心中複雑な気持ちであった。しかし、助けてくれたことに変わりはなく、喜色を浮かべるサレオスだった。
「はぁ・・・ホントサレオスって疲れる・・・」
ルイスはベッドに体を放り出した。
「ですが、助かって本当によかったですね。」
フェイの弾む声が聞こえてきた。ハクセンはダイゴローの所にいるのでフェイも話しやすい。別にハクセンが嫌いという事ではないが、痛い質問をされても困るだけで、何となく話すのは億劫だった。
「・・・でも、あの時あの子が来なかったら僕は・・・・・・」
―見殺しにしていた。確実に。
「ルイス様・・?」
「なんか、結局僕ってあんまり変わってないのかな・・・」
サレオスに会い、ハクセンに会い、自分としてはなかなか成長したと思っていた。しかし相手の力量がすぐ分かったルイスは見事サレオスを助けず、自身の保身を考えた。
「あんなに必死に誰かを助けようとしたルイス様を見たのは初めてです。お変わりになられていますよ。」
「ていうか、今まであんな経験なかったし・・誰かが目の前で死にそうになってるなんて。」
「そうかもしれませんが、他者のために必死になったのは事実です。」
うぅん、と唸りながらルイスはたしかに、と思った。あんなに焦って、しかも力を使ったのは今までのルイスの記憶にはない。自分のためならいくらでも思い出せるが。不思議な感覚に包まれながらルイスは疲れた体を休めたのだった。
「もう!絶っっっ対こんな勝手なことしないでよね!!!あの二人は私が殺すんだから!!!」
「は〜い、はい。ごめんねぇ?」
「ちゃんと反省してるの!?」
テテの上で温度差のあるエルランとシュワルガは帰路を飛んでいた。間一髪のところでサレオスがオセに殺されそうだったところをエルランが止めに入り、散々シュワルガを怒鳴りつけサレオス達を置いてきたところだった。シュワルガとしては不本意な結果になってしまったが、かわいいエルランの命令でしかたなく一時退散という形をとった。
「っ!ちょ、何するの!?」
シュワルガが突然後ろから包み込むように抱きしめてきた。エルランは少し頬を赤く染めた。
「別になにも〜。それより何で俺があそこにいるってわかったの?」
「あぁ、うんとね、シュワルガに会う前に魔術師の方に会って教えてくれたの!」
へぇ、とシュワルガは乾いた声で答えた。どうやらエルランはうまく利用されたらしい。
「で、変なことされなかった?」
「?うん。あ!でも電気ビリビリされた!」
ピキッ、という音がしたのはシュワルガのほうからだった。エルランが後ろを振り向くといつものユルイ笑顔があった。
「どうかした?」
「ううん。それより急いで帰るよ!それで修行つけてね!」
はいはい、とシュワルガは流したが心の中はまだ名も知れぬ魔術師に対する殺意でいっぱいだった。しかし自分とエルランが繋がっているであろうことを見抜いたということはかなり切れる。それに、自分より弱いにしてもそんじょそこらの召喚術師よりは強いエルランが手も足も出ない、ということも頭に入れておかなければならない事だった。