美女
「あぁもう!一体どこにいるのよあの魔術師は!!」
エルランはテテの背中でわめいていた。もう一週間も大陸をテテに乗って探し回っているというのに全然見つからなかった。テテには少し疲労の色が見え始めている。
「テテ大丈夫??ちょっと休もうか?」
テテは首を縦に振り、近くの湖へと降りていった。エルランを降ろすと首を少し伸ばし湖の水を飲み始めた。エルランは伸びている首を優しく撫でた。
「ごめんね、こんな無茶させちゃって。私がもっと強い召喚術師だったらテテだってこんな大変じゃないのに・・・」
それを聞くとテテは顔を上げエルランの頬に近づけ、甘えるようにのどを鳴らした。
「テテは優しいね。よし!落ち込んでなんていられない!テテが休んでる間私は修行するね!」
エルランは元気な笑顔をテテに送り、少し離れて召喚術の修行を始めた。テテはリラックスした体勢になって浅い眠りに落ちた。
「やばいって」
サレオスは真向かいに座る食事中のルイスに話しかけた。花の町をでて数日野宿をしてから今の宿につき、ようやくおいしい食事にありつけているのでそれを邪魔するサレオスをルイスは無視した。
「いや、シカトは失礼だろ。」
もっていたフォークでツッコミを入れるもルイスは無視しつづけた。
「じゃあいーよ、俺の独り言ね〜。何か最近魔術師と剣術師のペアの旅人が連続殺人されてるんだって。ここちょっと大きい街だから情報が入りやすいんだ。」
ルイスは相変わらず興味を持たず食べ続けている。それでも負けじとサレオスは話を続ける。
「ソイツがどうも召喚術師みたいなんだよね。思うにあの女の子では?」
「ご馳走様でした。」
「っておい!!」
今度は立ち上がりツッコミを入れた。しかしルイスはサレオスを置いてさっさと部屋へと戻っていき、行き場のないツッコミは周りの人たちのクスクス笑いを生んでしまった。
ため息をつきながらうなだれるようにイスに座ったサレオスだが、この事は本当に気になっていることであった。それというのも魔術師と剣術師のペアの旅人というのは一番多い組み合わせであって、もし本当にあの船で会った女の子が犯人だとしたら自分達と会わない限り日を追うごとに被害者は増えてしまう。
「俺達のせいで・・・」
サレオスの頭にあったのはそれだった。
そんなこんなを考えているサレオスの前をきらびやかな光が横切った。何かと思い顔を上げると俗に言う美女という人が歩いていた。腰まである柔らかそうなウェーブ髪にすらりと伸びた手足。その細く白い手には茶色のかばんを持っていた。サレオスだけではなくその場にいた男も女も皆一度は振り返って彼女を見た。
サレオスは口に含んだ食べ物を危うく落とすところだったが、すばやく食事を済ませ、彼女のあとを追った。もちろんナンパをしに。
「ありがとうございます!先生のおかげです!」
夕食どきの時間、ユフィールは患者の寝室にいた。ベッドに上半身を起こしているおじいちゃんと、その隣で頭をさげているおばあちゃん。
「いいえ。でもこれから二週間は薬を飲み続けてくださいね?」
優しく微笑み患者とその家族に薬を渡し、ユフィールはその家を去った。手には茶色のかばんを持っている。大きすぎず、小さすぎず。ユフィールはとっておいた宿へと星空の下を歩いていった。
一階の食堂はすでに満席。しかたなく部屋で食べようと思い、軋む階段を上ったところで男が声をかけてきた。
「こ〜んばんは!お姉さん一人?」
ユフィールは強すぎないウェーブのかかった髪をなびかせる様に振り返った。そこには怪しくはないがどこかミステリアスな雰囲気を感じさせる男が笑顔で立っていた。
「ええ。そうだけど・・・?」
そう言うと男の笑顔に輝きが増した。
「俺サレオスっていいます。お姉さんは?」
「ユフィールよ・・・。悪いけど私疲れてるから。」
ユフィールはサレオスに背を向けツカツカとその場を後にした。後ろから男の声がしたが一切無視した。どうせいつものナンパだろうと思ったからである。
部屋につくとかばんをベッドの傍にあった小さなテーブルに置き、本人はすぐ横になった。夕食を食べねばと思いつつも、今日の仕事の疲れで体はベッドの上から動かない。ユフィールは着替えもしないでそのまま重い瞼を閉じたのであった。
「何を読んでいるんだ?」
ハクセンがベッドで寝転がって本を読んでいるルイスに話しかけた。
「んー・・・よく分からないです。」
ハクセンがルイスの方へと近づいて見せてもらうと、そこにはイラストばかりが載っていた。
「あぁ。たしかマンガとかいうものだな。ヒノモトという国が作り出した一種の娯楽本だ。」
「へぇ〜そうなんですか。なかなか面白いですよ。明らかに猫ではないのに猫だと言い張る青い物体がでてくるんですが、何やらお腹に意味深に存在するポケットから明らかに許容量を超えた代物を出してるんです。」
ルイスはマンガに目が釘付けになっている。その様子を見てハクセンは少し笑ってしまった。
「おぬしが娯楽ものに興味を持つとはな。なかなか見ものだ。」
「本屋に行ったら見慣れない物があったので買ってみたんです。」
「そうか。」
ハクセンはその場に座って眠る体勢になった。が、ルイスに邪魔された。
「ハクセン、ヒノモトっていうのはどんな国なんですか?」
「うむ、たしか勤勉ということで諸外国に知られていたな。あと傲慢ということも。」
「へぇ。どこにあるんです?」
ルイスはハクセンが眠いのをよそに質問を続ける。
「さぁ、場所は覚えておらん。だが小さな島国だったな。」
「そんな隔離された国がこんな画期的な本を作り出したんですか?」
ルイスはベッドから身を乗り出し、下でおやすみモードのハクセンに詰め寄る。
「ん?そうだな・・・猫は画期的だな・・・」
ハクセンは適当に答えて眠ってしまった。一方意味不明な答えをされたルイスは、明日ハクセンにあれを聞こうこれも聞こうとルンルン気分でマンガを片手にいつの間にか眠ったのであった。
「おはようございます、ユフィールさんv」
ユフィールは自分の名前を呼んだ方を向くと、そこには見覚えのない男が立っていた。しかも笑顔で隣に腰掛けてきた。
「おはようございます。で、誰ですか?」
「ヒドッ!!昨日会ったじゃないですか〜サレオスです!」
ユフィールは思い出すのも面倒だったのでとりあえず無視した。無視された本人はといえば、常日頃からルイスの冷たい態度のおかげでここで挫ける事はなかった。
「ユフィールさんも旅してるんですよね?一人じゃ危ないから護衛なんて雇ったらどうですか?今なら俺がタダでやってあげますよv」
「遠慮しておくわ。」
「だってそんな美人じゃ狙われちゃうでしょ?俺こう見えて結構強いんですよ♪」
「あなたといる方が危険を感じるのだけど・・?」
そんなことないです、と言おうと思った瞬間頭に衝撃が走った。
「ハクセン、マンガの新しい使い道を見つけました。」
「げっ!ルイス!!」
振り向くと片手に朝食、片手に軽く血のついた本を持っているルイスが立っていた。隣にはハクセンとダイゴローも。
「つーか血!?」
「お姉さん、大丈夫ですか?変な事されませんでした?」
ルイスが眉をひそめ心配そうにユフィールに問いかけた。
「いいえ、ありがとう。坊やのおかげで免れたわ。」
にっこりとお礼をいうユフィール。ルイスは一安心してからサレオスを睨んだ。
「セクハラですよ?すぐ隣をどけて下さい。」
「あのな、これは大人の話なの。坊やが首をつっこむ事じゃ・・・」
ドガッ!!
言い終わらぬうちにまた一発マンガ本攻撃を食らってしまったサレオス。
「あなたに坊やと呼ばれる筋合いはありません。」
「す、すいません・・・・・・」
頭を両手で抱えながらサレオスは震える声で謝罪した。それを見ていたユフィールは口元に手をやり笑っていた。
「私もあなたの事坊や、って呼んじゃったけど、殴られる?」
「まさか。サレオスさんを血だるまにしてもお姉さんは純白のままですよ。」
ルイスお得意の優等生スマイルでそう答えるとどうやら気に入られたらしく、一緒に朝食をとることになった。サレオスにしてみれば棚から牡丹餅である。・・・が、
「ユフィールさんというんですか、かわいい名前ですね。」
「あら、かわいいって言われたのは初めてだわ。でもおだてたって何も出ないわよ?」
二人のほほえましい会話に入れない(入れてもらえない)サレオスは涙味の朝食を味わっていた。
「ルイス君はもしかして魔術師かしら?」
「はい、そうです。」
「でも杖は?あ、お部屋?」
「いえ、僕は杖無の魔術師です。」
?マーク浮かべるユフィールに簡単に説明をすると、なにやら考えだした。
「どうしたんですか?」
「あ、えっと、今の話だとルイス君はすごく強い魔術師、ってことよね?」
「はい、見えないとは思いますがそれなりには。」
「・・・もしよかったら護衛を頼めないかしら?」
ルイスと、今まで蚊帳の外だったサレオスが思わずむせた。それぞれ違う意味で。
「もちろん!喜んで!な?ルイス?こんな美しい方の護衛だぞ?まさか断るなんて事しないよな?」
「サレオスさん・・・あなたって人は・・・。あの、ユフィールさん。恐縮なんですがそれはちょっと・・」
それを聞いたサレオスが今まで見たこともない恐ろしい(ルイスにしてみれば面白い)顔で訴えてきた。
「理由を聞けるかしら?」
「えっと、僕は目的地が決まっていまして・・・」
「どこなの?」
「イ、イリューマです。」
ルイスは嫌な予感がした。ユフィールの顔には笑顔がある。
「私もイリューマへ行くわ♪」
「よっしっっ!!」
「ハァ・・・」
ガッツポーズのサレオスに対し、ユフィールに気付かれないよう小さくため息をつくルイス。何やら罠にかかったようで自分が情けなくもなってきた。
「もちろん代金は支払うわよ?」
「いえ、どうせ通り道ですし・・・」
「そうそう!ユフィールさんは気にせず俺達に頼ってください!」
暗く重いルイスの声と明るく弾むサレオスの声。ユフィールはようやく安心できる護衛を見つけることができて満足げな顔だった。