花の町
さほど大きくはないが、綺麗な花々がよく目に付く町にルイス達は到着した。宿は直ぐ見つかりルイスはハクセンを部屋に残し一人で町を見学することにした。サレオスはルイスより少し早めにダイゴローと宿を出ていた。
ちょうど良い間隔で家々は建っていて、たまにすれ違う人は気軽に挨拶をくれた。ルイスも自然と顔が緩む。しばらく歩いていると小さくてかわいい教会が見えた。そしてその少し先には小さな墓地があった。ルイスは教会ではなく墓地の方へと足を向けた。
お墓もちょうど良い間隔で並んでいた。墓地と言うには似つかわしくないほど色鮮やかな花々が咲いている。その中を歩いていくと、一番奥に一際目を引くお墓があった。実際に目を引くのはお墓を取り囲んでいる花達だ。種類も多く、綺麗に手入れがしてあるようだ。ルイスが足を止め、じっと見ていると後ろから声をかけられた。
「おやまぁ。旅人さんかい?珍しくはないけど、ここに足を運ぶ旅人さんは珍しいねぇ」
振り向くと優しい笑顔の、髪を綺麗におだんごにしているおばあさんが、手に銀色の如雨露を持って立っていた。
ルイスは笑顔で軽く会釈をした。おばあさんはそれに答えてから、ルイスが先ほど見ていたお墓へ近づいていった。
「おばあさんの知り合いですか?」
「あぁ、もちろん。この町のみんながこの子の知り合いだよ」
言いながらおばあさんは花に水をやり始めた。けして軽やかではない足取りで、それでも一生懸命なのが伝わってきた。
「どんな人だったんですか?」
「ん?この子かい?ふふ、この子はねぇ、この町を蘇らせてくれた。私達にとっちゃ英雄みたいなもんだよ」
「……ぜひ、聞かせてもらえますか?」
おばあさんは楽しそうに自宅へと招待してくれた。
墓地から近くはない所におばあさんの家があった。中へ入ると娘夫婦とその子どもがちょうど昼食をとっていた。
「あらあら、お客さん?今ご用意しますからこちらに座って待っていてください」
「わぁ!お客さんだお客さんだ!」
「こら、お行儀よくしてなさい。じゃなきゃお母さんに怒られるぞ?」
「あ、そんな気にしないで下さい。こんな時間にお邪魔した僕が悪いんですし」
「何を言ってるんだい、食事は多い方がおいしいんだよ。さて、私は如雨露を片付けてくるかい」
この家の人は皆突然の訪問客であるルイスを快く受け入れた。子どもは旅人に会うのが初めてらしく、食事中ずっとソワソワしていた。にぎやかに談笑をして食事を終え、ルイスはせめて皿洗いの手伝いをしようと思ったが、そんな事させられないわ!と再びイスに座らされた。
「そんなに気を使わなくていいんだよ。それよりさっきの話の続きをしようか?」
「はい、お願いします」
「何の話だい?」
お父さんが台所からおぼんに乗ったデザートと飲み物を持ってきた。
「フランワードのことだよ」
「僕知ってるー!僕がお話してあげる!いいでしょ?ね?」
子どもが勢いよく挙手をして目を輝かせている。ルイスは思わず笑ってしまった。
「ちゃんとお話できるかい?」
「わかるよー!だってフランワードはこの町のえいゆうなんだから!」
「じゃあお願いしてもいいかな?」
うん!と満面の笑みで元気よく話し始めた。
昔々、この町には水がなく緑は枯れていて、とても生活できる場所ではありませんでした。それでも町の人達は長年住んできて愛着もあり、易々と退くことは出来ませんでした。しかし食べることが一層厳しくなり、一人、また一人と町を出て行きました。最後まで残っていた人達も、もうどこかへ引っ越さなければと思い始めました。生まれ育った町を捨てることはとても心が苦しいことでした。町長はそんな町の人達を見て町の小さな教会へ毎日通い、お祈りしました。
「どうかこの町をお救い下さい」
町長はもう年で、目が不自由でした。それでも毎日毎日教会へお祈りをしに行きました。するとある日、一人の青年が現れました。青年はこの町を見てとても驚きました。そして、毎日が苦しい生活の町の人達にこう言いました。
「大丈夫です。皆さんの力があれば必ずこの町は蘇ります」
町の人達は青年に励まされ、町を蘇らせようと一生懸命働きました。青年は自然に関しての知識が豊富で、色々と町の人達にアドバイスをし、自らもこの町のために働きました。
そして五年が経ち、町は生活のできる場所へと戻りました。町の人達は皆青年に感謝しました。そして町長が青年に、もう一つだけ、とある事をお願いしました。それはこの町をとても綺麗で色鮮やかな町にして欲しい、ということでした。
「わしはもう何も見えない。光すら感じることが出来ない。もし町の人の誰かがわしと同じようになってしまったら、その時きっとわしのように色を忘れてしまうだろう。だから幼い時から様々な色に囲まれ、その時になっても忘れることがないようにしてあげたい」
青年は町長の言葉に心打たれ、それから三年間、一生懸命花に彩られた綺麗な町にしようとがんばりました。もちろん町の人達も一緒にがんばりました。その間に町長はなくなってしまいましたが、青年も町の人達も町長の言葉を忘れずに、一生懸命町を作り上げていきました。そして、もうこれ以上はないというぐらい色鮮やかな、今の町が出来ました。それと同時に青年は倒れてしまい、そのまま起きる事はありませんでした。
「よく覚えたな」
お父さんが子どもの頭を撫でてあげた。子どもは嬉しそうにしている。
「とても良いお話ですね」
「あぁ、もうずっと前の話だけどね。代々語り継がれているんだよ」
おばあさんは楽しそうにそう答えた。
その後、少しばかりこの家族とまた談笑をしてルイスはお礼を言い家を出た。そして再びフランワードのお墓へ行った。
「受け売りだけど……」
「はい」
フェイの声だ。
「人は二度死ぬんだって。肉体が滅びた時と、みんなから忘れられた時」
「……」
自分はどうだろう、とルイスは考えた。忘れるも何も、きっと自分は誰にも知られていない。家族も、友も置いてきたのだから。そして自分はこれから、彼のように命を懸けて誰かに尽くすという事もしないだろう。今のルイスには彼の行動はとても理解できなかった。それでも、ルイスの心に虚しいものが張り付いて離れない。
自分は誰にも知られることなく一人で死んでしまうのだろうか?そう考えると足が震えてきた。今、目の前にいる決して二度死ぬことの無い人と向かい合っていると、否応なしに自分の存在の虚しさを感じさせられた。
そんな事を考えていると、ある事を思い出した。
「そう言えば、だいぶ前の話忘れてた」
ルイスは唐突に言い出した。
「フェイ達が僕ら人間に絶滅させられた、って」
「……」
「どういう事?」
「前にも言いましたようにお話しする必要はないと思い……」
「本当は僕の命を狙ってるとか?」
「そんなわけございません」
「でも憎いでしょ?」
「……」
フェイはそれには答えなかった。ルイスはだんだんイライラしてきた。
「一体、何がしたいの?肉体がないから僕に乗り移って人間に復讐するとか?」
「いいえ」
「じゃあ何?」
怒気を含んだルイスの声。フェイからの返答はなく、草木の揺れる音だけがする。
ルイスは泣きたくなった。寂しいとか、そんな生易しいものではなく……こんなにも周りは色鮮やかなのに虚しくて、怖かった。
物心ついた時にはフェイが傍にいた。話しかけても反応がない事もあったが、フェイも出掛ける、ということをするらしい。幼い頃はおもしろいお化けと思っていたが、知恵をつけ始める年になってフェイの正体を聞かされた。それは肉体を持たない、数少ない神族という者であるということ。その時たしかに、数少ない、といったはず。しかしハクセンは、絶滅、という言葉を使った。
「どっちでもいいや」
「?」
「憎まれてたっていいからさ、僕のこと忘れないで」
「ルイス様……」
「知らなかった。一人って、こんなに苦しくて怖いものなんだね」
「……そうですね」
ルイスはその場で声の出ない涙を幾度も流した。忘れさられたくない、一人で死ぬのも怖い。けれど、ルイスにはどうすればそれが避けられるのか考え付かなかった。自分は自分のためにしか生きていないから。他人のために何をすれば良いかなんて、想像もつかないから。