杖無
「もう最っっ低!あのすかした魔術師にへらへらした剣術師!」
エメラルド色の少し長い髪を持つ少女がいきなり大声を出した。
「シュワルガ聞いてる!?そいつらテテ達のこといじめたのよ!っていうかもう犯罪よ!」
「そうだね〜悪い奴らだね〜」
シュワルガと呼ばれた長身で細身の男が食器を洗いながら背中越しに少女の声を聞いていた。
ちょうど夕食のあとで少女はお茶を手元に置いていた。窓の外は真っ暗でふくろうの鳴く声が聞こえている。時々木のざわめきもまじりつつ。
「今度会ったら絶っっ対タダじゃ置かないんだから!」
机をバン!、と叩くと危うくお茶がこぼれるところだった。
食器を洗い終えたシュワルガが自分の分のお茶を手に持ち少女と向かい合わせにテーブルについた。
「しかしテテをやるなんてかなりの使い手だね。しかもその後三体もだしてるのにエルラン負けちゃったし」
面白そうに笑うシュワルガに対してエルランは頬をぷぅっと膨らませて不機嫌ですと言わんばかりの顔をつくった。
「何その顔?俺を笑い死にするつもり?」
「失礼な!人が真剣に復讐を誓ってるっていうのに!」
笑い声と怒鳴り声が響きながらも、森に囲まれた小さな家はしばらくすると明かりを消したのであった。
――魔術師というのは大抵魔力が備わっている杖を持っている。そうでなければうまく術を成功させることが出来ず、また体への負担が大きくなってしまう。ただしレベルの高い魔術師はこの助けを借りなくとも自由自在に魔力を操ることが出来る。更に言えば、術を唱える、という助力も必要となくなるが、そのレベルの魔術師は世界には片手で数えられるだけしかいない――
「というわけです」
「なるほどねぇ」
行きかう人の肩がぶつかり合うほど賑わっている港町にルイスとサレオスはいた。少し前に船を下りたばかり。その時、二人は先日あった賊の退治の時のお礼とばかりに船員達の温かい感謝の言葉を浴びながら船を後にしたのだった。
賊退治の時、ルイスは大切な杖を奪われてしまった。そこでサレオスはお金に余裕があるんだから、ということで杖を買ってくるよう薦めたがルイスはいきなり前に述べたようなことを言い出した。一応分かったようなことを言ったが、もちろんサレオスにはルイスの意図が掴めないでいた。
「つまり、僕には杖は必要ないと思うんですよ」
「……」
「……」
ルイスの隣を歩いていたハクセンもルイスのこの言葉におもわず彼を凝視してしまった。
「ルイス君、たしかつい最近君は自分の弱さを学んだのでは……?」
サレオスには船旅でルイスが何を言わんとしていたのか分からなかったが、そんな感じの事を言っていたような感じはした。ハクセンもその通りだという顔をした。左にサレオス、右にハクセンと挟まれながらルイスは少し落胆の色を見せた。
「僕が言ったのはそういうことではありません。まったく、あなた達は僕のことを魔術師として弱いとでも思っているんですか?」
呆れ気味に言うルイス、しかしそれに勝る呆れ顔のサレオスとハクセン。サレオスの隣にいたダイゴローだけが普通を保っていた。
「まぁそうは言うもののやった試しがないですから少しばかり練習はしないといけませんが、さすがにこんな人の多いところでは出来ないので今日は僕は町の外で野宿をします。一晩もあればマスターできると思うので明日の朝西門に集合ということでいいですか?」
そこまで一気にいうとルイスはサレオスの同意の言葉を待ち、それを確認してすぐハクセンと共に人ごみの中に消えていった。
「よし、ダイゴロー。まずは女性のいるところへ出かけるぞ」
サレオスは目を光らせて隣のダイゴローに語りかけすぐさま歩き出した。
ナンパに付き合わされるであろうダイゴローはなんの抵抗もなく急ぎ足のサレオスの後を見失わない程度についていった。
サレオスとダイゴローが着いた先はなんと教会であった。ダイゴローが不思議そうにサレオスの顔を覗き見る。それに気付いたサレオスは、
「俺はシスターがタイプなのv」
満面の笑みでそう答えた。しかし中に入り適当な場所に腰をかけるとサレオスはちゃんと祈り始めた。それは瞬き程度の時間だったがダイゴローの目には今のサレオスがどうにも普段のものと結びつかなかった。しばらくするとサレオスは隣に座るダイゴローにだけ聞こえる声で話し始めた。
「ルイスと会ったの教会なんだ。たまたまなんだけどな」
「……」
「強盗殺人犯が入ってきてたらしいんだ、俺は気付かなかったけど。で、俺シスターの一人を見殺しにしちゃってさ〜」
「……」
「さすがにあの時は剣をちゃんと持ってれば、って思ったんだ」
「……」
「……でも、最近気付いたけど、あの時剣を持っていたとしても俺なんかじゃきっと助けられなかったんだろうなぁって」
そう、あの時たとえ剣を持っていたとしても、けして強くない自分なんかに彼女は助けられなかった。そのことに気付いたのはつい最近。あのプライドの高いルイスが、何かは分からないが自分の弱さを認めたことがきっかけだった。サレオスは、結局自分も驕っていたのだと思い知らされた。そしてルイスのすごさも。彼が一体何を求めているのかサレオスには分からないが、彼が普通の、自分のようなごくごく平凡な人間とは違うということを感じた。
ダイゴローはサレオスの話を静かに聞いていた。ダイゴローはハクセンのような古代獣とは違うがそうなるのはけして遠い未来ではないだろう。なぜならすでに人間の言語を理解しているのだ。しかし、ハクセンのように喋れたり、耐魔法の能力を持つことが出来るのはまだ少し先になりそうだ。古代獣とはそうそう簡単になれるものではないからである。
この日一日、結局サレオスはずっと教会にいた。別に祈るわけではないが、ぼーっと、ステンドガラスの鮮やかな光に包まれながらゆっくりとした時間を過ごした。
次の日、サレオスはルイスに遅いと起こられないよう早めに西門で待っていた。するとほどなくして泥まみれのルイスが姿を現し、それを見たサレオスはついふきだして笑ってしまった。結局ルイスにそれで怒られてしまったが、サレオスは可笑しくてたまらなかった。
「そんなに泥まみれの僕を見るのが楽しいですか……?」
軽く冷気を感じ取ったサレオスはすぐに笑いと閉じた。そしてなるべくルイスの方を見ないように喋りながら歩き出した。
「だってさぁ、なんかすごい不似合いだからさ、お前のその格好。坊やは努力家なんだな」
うんうん、と一人で納得しているサレオスの背中に蹴りが入れられた。
「ぐっ!ル、ルイス君……?」
「知らないんですか?天才の99パーセントは発汗なんですよ」
さっさと歩き出したルイスに置いていかれない様にサレオスも歩き出した。
「でもさ、人間諦めが肝心な時もあるぜ?」
「僕は簡単に諦められるようなものなんて最初から望んでません」
「でもさ、いくらルイスでもあぁしてればよかった〜とか、っていうのはあるでしょ?」
「後悔する暇があったら前へ進みます……反省は必要ですけどね」
そう付け加えてハクセンに乗り一気にサレオスとの距離を伸ばしていった。やれやれ、とサレオスもダイゴローに乗ってルイスを見失わないよう追いかけた。
二人が今向かっているのは魔術大国イリューマ。あと一ヶ月も陸路を進めば着くことができる道のりである。
魔術師にとって聖地とも言えるイリューマには数多くの希少価値の高い魔術に関する代物がおいてある。代表的なものといえば
「禁断の書」
「超古代の杖」
そして「全の宝玉」
の三点である。これらはイリューマが建国される前にすでに封印されており、未だに解かれることを知らない。そもそもイリューマはこの三点があるからその場所に出来たようなものであった。
「よっし!準備万端!じゃあ行ってくるね、シュワルガ!」
エルランが傷の癒えたテテに乗ってシュワルガに大きく手を振った。
「は〜い、あんまり無茶はしないでね〜」
シュワルガは小ぶりに手を振り空高く飛び上がったテテの姿が見えなくなるまで見送った。そして小さな家に戻ると何やら身支度を整え始めた。家の中も綺麗に片付け、再び外に出ると左手に綺麗な細工のしてある手袋をはめて名前を呼んだ。
「オセ!」
眩しい光と共に豹の姿をした召喚獣が現れた。
「何か面白いことでもあったのか?」
いきなり豹は喋りだした。
「いや〜かなり不愉快なことだよ〜エルランをいじめたやつがいてさぁ」
シュワルガの目は豹のそれよりも鋭い。そして先ほどまでエルランに向けていた笑顔とはまったく別物の怖い笑みを作っていた。
「船はこの大陸についてるはずだから片っ端から魔術師と剣術師のペアを殺っていこっか」
笑みを崩さずシュワルガはそういった。オセと呼ばれた豹は愉快そうにのどを鳴らし、シュワルガをその背に乗せて疾風のごとく走り出した。