半歩
『……君は実に優秀だ、ルイス君』
『自負しています』
『それは驕りだよ』
『……』
――驕り?それは自分の力量を測り違えている人の事だ。僕は違う。自分のことはよく知っている。人格は別として、自分の魔術師としてのレベル位ちゃんと分かっている。だから驕ってなんかいない……驕ってなんか、いない。
重い瞼を開けると温かい日差しが広い部屋を包んでいた。上半身を起こすと少しだけ体が痛む。ふと、自分の右下に目をやると大きな白い物体があった。
「……ハクセン」
弱く放たれたその声に体を横にしていたハクセンは耳をピクッと反応させた。そしてゆっくりと頭をルイスの方へと向ける。しばらく互いに沈黙のまま見つめ合っていたがハクセンがそれを破った。
「大事無いか?」
優しい声だった。ルイスは全身から力が抜ける感じがした。いや、もとから力など入ってはいなかったのだが、なんとなく、安心感のようなものに触れたような気がしたのだ。
「はい……」
「そうか」
ハクセンは頭を戻そうとしたがルイスの言葉がそれを止めた。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「なぜ、僕を助けなかったんですか?仮にもあなたの主であるのに……」
ルイスは心無く聞いた。なぜなら答えなどすでに知っているから。
「良いお灸だと思ったからだ」
ルイスがそうですね、と小さく呟く声がハクセンの耳に届いた。彼の顔を伺えば、その目はどこか遠くを見ていた。ハクセンの視線に気付いたルイスはなんとなく思ったことを言ってみた。
「……驕っている、というのは僕のような人を言うんですね」
「自負とは違う」
「理事長にも言われました」
「そうか」
それだけ話し、ハクセンは部屋を出て行こうとしたがドアの所で一瞬とまり、
「サレオスを呼んでくる」
と言って、部屋を出て行った。
一人残されたルイスは静かな虚しさを感じていた。温かい日差しがその虚しさに拍車を掛けているように思えてならない。
昨日の夜、龍に乗った少女が現れ一戦交えた。ルイスが余裕で勝つかと思いきや大事な杖をとられ一気に形勢が逆転。その時、自分が足手まといだといった男に助けられた。彼はルイスの代わりに戦った。まぁそこまでは護衛としての義務であるからいいとして、問題はその後に起きた全ての事柄である。それがこの虚しさの原因であろうことはルイス自身なんとなく分かっている。
『うあぁ!!』
『ルイス!?』
蛇に巻きつかれたルイスの目に左腕から血を流しているサレオスが写った。その時は何も感じなかった。せいぜい、なんてドジを、と。
……しかしその後、
『ダイゴロー!ルイスを!』
サレオスがダイゴローに自分を助けるように叫んだ。
――なぜ……?
ルイスの頭をよぎったのはその言葉だった。
それからハクセンがサレオスの助けに入った。今思えば当たり前の行動だ。いくら自分が主だからといってルイスにはダイゴローがついていたのだから。だが、その時はそうは考えられなかった。気付けばハクセンを睨んでいた。それからは記憶がない。
「……汚いなぁ」
言葉と同時に涙が頬をつたい、直ぐに消えた。ルイスはようやく自分の小ささに気付いた。
何かを倒し、生き残る力があるから強いとか、単純にそう思っていた。たしかにそれも強いのかもしれない。けれど、本当に強い者というのは、そんな見え見えの力ではなく、むしろまったく逆の力を持っていて、それは、今まで自分がまったく不必要なものだと思っていたものなのではないだろうか。誰かを思いやるとか、心配するとか。
「よ!目ぇ覚めたってな、大丈夫か?」
ドアが開くと同時に静けさを破る明るい声が部屋に響いた。
あぁ、本当に強い人だ、とさっき気付いたことを思い出しながらルイスは声の主、サレオスを見た。
「どうした?ボーっとして」
そう言いながら左腕に包帯を巻いたサレオスが近づいてきて自分のベッドに腰をかけた。ルイスは包帯をジッと見ている。それに気付いたサレオスは慌てて、
「いやぁ、俺もまだまだだね〜こんな傷作って。でも深くないからこれからも役にたつぞ?」
左腕を元気よく振って問題なしアピールをした。それを見たルイスが眉間にシワをよせるとサレオスは、まさか捨てられる!?と心配したがルイスからは意外な言葉が出てきた。
「無理しないで下さい。傷が開きますよ?」
え?と思ってルイスの顔を見るとそこには苦笑いがあった。いつもと違うルイスにサレオスは少したじろんだ。苦笑いを残しつつルイスはなにやら話し始めた。
「自慢じゃないですが僕は今まで戦って負けた事がありません。モンスターでも人間でも」
「ルイス君、それは世間一般では自慢と言う」
「だからといって上級モンスターに勝てるとか、自分が誰よりも強い魔術師であるとは思ったことがありませんでした」
「ご立派」
「そう、僕もそう思ってました」
困ったように笑いながらもルイスは続けた。
「でもそれは物理的な強さ、もとい力であって、しかもそれが全てだと勘違いしてました」
「というと?」
「……あなたの方が強いのだと思い知らされました」
はぁ?とサレオスは目を丸くした。あの、あのルイスからそんな言葉がでるなんて、と。しかもサレオスとしてはルイスが昨日言ったとおり剣が魔術にかなうと言うのは道理にかなっていないので、なぜ自分がルイスに強いと言ってもらえているのか皆目検討がつかなかった。
「その傷は僕のせいです」
「いやいや、これは俺の不注意で……」
「注意を逸らせたのは僕です。なのにあなたは僕を責めない。それどころかダイゴローに僕を助けるよう指示した」
「だってお前巻き巻きされてたし」
「(巻き巻きって)……危機的状況であったのはサレオスさんも同じです。それなのに僕を心配する余裕を持っていて、尚且つあなたの助けに入ったハクセンをも僕の方へやろうとした……もし僕がサレオスさんの立場だったらまったく逆の行動をしていたと思います。そんな余裕、僕は持ち合わせていません」
そうそう、あの時のルイスの睨みは怖かったなぁ、などとサレオスは思い出していた。そしてあの時の心配も思い出し、慌てて自己弁護を始めた。
「そう!俺はハクセンにルイス助けたら?っていったんだけどハクセン無視してさぁ。あ!でもハクセンは俺のこと心配して助けてくれたわけだからあいつは悪くないぞ?だからその、なんだ、ほら、」
サレオスの慌てっぷりにルイスは思わずクスッと笑った。
「心配しないで下さい。別に怒ってませんから」
あ、そう?と、それを聞いたサレオスは一気に肩の力が抜けた。
「そっか、ならいいか」
「……そういうのも強さなんですね」
「ん?何か言ったか?」
いいえ、と首を振りルイスは体をベッドに横にしてもう一眠りしようとした。それを察してサレオスは、じゃ、とだけ言って部屋を出て行った。
さっきまでの虚しい気持ちはもうなくなっていて温かい日差しを温かいと感じることが出来た。
「フェイ」
「はい」
目を瞑ったまま呼ぶと柔らかい声が返ってきた。
「力、というか強さにも種類があるんだね」
「さようですか」
「魔術師としては僕は申し分ないんだよね」
当たり前のように言い放つルイスの耳にクスクス、と笑い声が聞こえた。
「でも欲しいのはそんなんじゃない。もっと、もっと大きいんだ」
「はい」
「いや、もちろん魔術師としても世界一になるつもりだけどさ、そんなのもう手に入れてるようなものだよ。僕が欲しいのは……全てなんだ」
最後の方はほとんど聞き取れないほど小さな声だった。それというのもルイスはすでに眠ってしまっていた。
「……届きますよ。あなたの、全てに」