船旅
「わかりません」
「わかろうとしないのだ」
広々とした部屋で黒髪の少年と、馬とトラを足して割ったような白い動物が押問答を繰り返していた。話の内容はあまりに少年には似つかわしくないもの。
「そもそもわしはおぬしにわしの価値観を押し付けようとは思っておらぬ。なのに何故こうも突っ掛ってくるのだ?」
「だってあなたは僕より長く生きてるじゃないですか。それに古代獣っていうのはそうそうなれるものではないでしょう?僕はあなたの真理に触れて自分の肥やしにしたいんです」
古代獣と呼ばれた白い動物は軽くため息をついた。
「やっぱ船旅はいいねぇ〜」
ミステリアスなオーラを纏っている美形の成年男子が大きな船のデッキで体を伸ばしながらそういった。隣には赤いどっしりとした動物がその男に寄り添って歩いている。
「いいか、ダイゴロー。船旅の何が良いかってそりゃもう女の子との出会いが素晴らしく転がっているのだよ!」
そう言うなりさっそくナンパを始めた。彼が狙いをつけたのはブロンドの自分と同じぐらいの年齢の女性だった。
「こ〜んにちは!君一人?」
「えっ、あ、はい」
女性は突然のことに少しばかり動揺している。
男は満面の笑みで女性を口説き船の中の喫茶店でゆっくりと話をすることが出来た。
「そうなの?サレオスさんてすごくおもしろいのね」
女性の楽しそうな声がサレオスと呼ばれた男に笑顔を作らせている。
「ところで、サレオスさんはどちらへ?」
「う〜ん……どこだっけ?俺連れがいてソイツの行きたいとこにいくことになってるから」
「まぁ、それって女性の方?」
「違うよ、子ども子ども。それも気難しい坊やでさぁ、ちょっと生意気な感じ?もうちょっと子どもらしくしてほしいんだよね。そしたらかわいげがあるのに」
サレオスが面倒くさそうに説明をする。すると後ろから声をかけられた。
「そんなにイヤならついてこなくて結構ですが?」
サレオスは慌てて振り返る。そこにはさわやかな笑顔の黒髪の少年が立っていた。
「あら、もしかしてこの子が連れの方?かわいいのね」
「どうも初めまして。サレオスさんとはたった今から旅仲間ではなくなりますが彼をよろしくお願いします」
「ちょっと待ってくれルイス!誤解だ!」
サレオスが必死な形相でルイスという少年に説明しようとしたが一蹴されてしまった。
「ご、ごめん!また今度メシでもおごらせて?」
そういうなりサレオスは女性を残しルイスを追って喫茶店を出て行った。ダイゴローはゆっくりと腰を上げて何気なく女性に一礼をしてから店を出た。
再びデッキに出たサレオスはルイスを探した。あたふたしているとダイゴローが仕方なさそうに彼の袖を引っ張って人気のない方へ歩き出した。
「あ!ルイス!」
ボーっと海を見ながら突っ立っているルイスを発見しダイゴローに礼を言ってから話しかけた。
「あのさ、さっきはゴメン、いい過ぎたよ」
手を合わせて謝罪をしたがルイスからは何の反応もない。
自然とサレオスは冷や汗をかいた。魔術師としてはかなり才能があるようなので手放すのはもったいないと思うと同時にそれ以上におじさんとの約束を守らなければ、と思った。それは子どもの一人旅は心配だから保護者代わりになるということ。
「ルイス君〜」
「……」
「好きなもの買ってあげるから!」
「……」
「なんでもいいぞ!例えば魔術師に必要な杖とか本とか、お前の好きなものプレゼントするから、機嫌直して?」
物で釣ろうとしたが特に反応がない、と思ったら返事が返ってきた。
「じゃあ伝説の魔術師が書き記したと言う禁断の書が欲しいです」
真顔でルイスはサレオスにそう答えた。禁断の書、といえば魔術大国イリューマの国立図書館にそれはもう厳重に保管されているもの。魔術師でないサレオスだってそれぐらいは知っている。
「ル、ルイス君、そんな無茶苦茶な……」
ほろりと涙を流すサレオス。しかしルイスはお構いなしに痛いところを突いてくる。
「生意気な坊やと旅なんかしてたら疲れるでしょ?僕もあなたとはやはり合いませんしここは別れるほうがいいと思いますが?」
「いや、だけどおじさんとの約束もあるし……いざという時俺役に立つよ?どうせ捨てるなら死んでからでもいいんじゃない?」
は?、とルイスは訝しげにサレオスを見てやはり彼は理解しがたい、と思った。どんなものかは知らないが、どうして赤の他人との約束をそこまでして守る必要があるのか、しかも彼の台詞からは自分を利用させて必要なくなったら捨てて良いなどという、ルイスにしてみればなんとも屈辱的なことをこの男は平気で口にしたのだ。
「あなたには、プライドと言うものがないんですか?」
「え?あぁそりゃ男だしそれなりにはあるけど、それがどうかしたか?」
不思議そうな顔でサレオスはルイスを見た。
「……あなたとも色々話しをしなければなりませんね」
「はい?」
ハテナマークを浮かべるサレオスを無視してルイスは部屋へと戻っていった。サレオスは慌ててルイスの後を追った。
「なぁルイス〜考え直してくれよ〜」
サレオスの頼りない声がドアの方から聞こえたと思ったらそれが開いて二人と一頭が入ってきた。
ハクセンは身を起こし二人の方に目をやった。何やらサレオスがハクセンの主人であるルイスのご機嫌をとっている。
部屋にはベッドが二つ。船の部屋だと言うのに広い。というのもサレオスの顔が利いていて、尚且つ信頼が厚いことからこんな良い部屋で船旅を過ごしている。さらにルイス達は船の護衛ということでただで乗せてもらっているのだ。
「あ!ハクセン、お前からもいってやってくれよ!」
「どうしたのだ?」
「サレオスさんは僕と旅がしたくないようなので……」
「違う!だから違うんだ!」
サレオスは涙ながらに必死にルイスにくらいついている。
それで、とルイスはベッドに腰をかけた。ルイスと向かい合うようにサレオスもベッドに腰掛けた。
「許してもらえますか?」
サレオスは恐る恐る聞いたが答えは返ってこなかった。その代わりルイスの質問攻めにあってしまった。
そして数時間経過し、
「まったくをもって理解できません。もう疲れたので僕はシャワーを浴びて寝ます」
そう言ったルイスはシャワーを浴びに部屋を出て行った。
部屋に残されたのはげんなりしているサレオスと若干哀れみを含んだ眼差しをサレオスに送るハクセンであった。ダイゴローはどこかへ散歩にでかけている。
「はぁ……もしかしてハクセンも午前中……?」
「あぁ、何とも頑固であるのにこちらの考えを理解しようとな」
「ルイスって変わってる……」
サレオスはベッドにごろんと身を転がした。
「なぁ、ハクセンは何でルイスと一緒にって思った?」
「成長というのは見ていておもしろいからな。特にルイスは今とまったく違った自分を探している。どう変わっていくのか見ものだ」
「なるほどねぇ〜俺も年取ったらそういう考え方になるのかな?」
「その前に死んでしまうだろう」
「でもさ!やっぱ仙人みたいなのはいるだろ?」
「まあな。今は世界に……七人いるか。皆百年はゆうに超えている」
ふぅん、とサレオスは少し考えた。七人、というのは世界七賢者のことだろうか、と。質問しようと思ったがルイスの質問攻めでへとへとになっていたのでそのまま眠ってしまった。
「良いもの発見〜♪」
夜空に一人の少女の姿が浮かんでいる。なにやら翼のある大きな生き物に乗って高いところからルイス達の乗っている船を見下ろしていた。
「暇だから遊んじゃおv」
少女と大きな生き物は船めがけて下降していった。