50万フィル
案の定朝起きてこなかったサレオスをルイスは起こす羽目になった。
しかも豪商の家へ行けば、息つく暇もなく出発となった。荷台は一台、二頭の馬が引っ張っていてその前に依頼主の馬車がある。依頼主の方は家来であろう者達が周りを囲んでいてルイス達は荷台の方の護衛にあたる。
「なぁルイス、何でお前五十万フィルいるんだ?」
出発してまもなく、手綱をもっているサレオスが聞いてきた。
「足が欲しかったんです。陸地を徒歩で行くのはあまりに時間がかかりますから」
「……なるほど!八十万フィルもらえるなら二人分買えるな。どの種類にするんだ?」
「……」
「お前まさかまだ俺との旅を迷ってるのか?」
「……いいえ、それは昨日意を決しました。ご心配なく」
「……(俺との旅がそんなに嫌か)」
心中涙を流すサレオスをよそにルイスは周りに気を配る。今のところ誰かにつけられている気配はない。
「馬が良いですね」
「馬?そんなの五十万フィルもしないだろ」
「普通の馬じゃありません。トラとかけたものです」
「タイスか!いいね〜それなら殺傷能力もあるし見た目もカッコイイもんな♪」
その後特に話すこともなく事件も起きず夕方には目的地についた。
「いやぁお疲れさん。何事もなくて一安心だ。これは証明書だ。二人ともありがとさん」
依頼主が立派な筒をサレオスに渡した。中を確認すると仕事の証明書と印鑑が押してあった。
「なんか全然仕事してない感じで少し気が引けますよ」
サレオスが本当に申し訳なさそうにそういった。
「そんな事は気にするな。こちらにしてみれば安心の時間をもらったようなものだ。ではこれで」
依頼主はさわやかに去っていった。サレオスとルイスは一礼し、宿を探しに町を歩いた。するとちょうどよくタイスやその他にも色々な動物が売られている店を見つけた。どちらともなく店へ入って行きタイスを探していると小太りな店主が話しかけてきた。
「いらっしゃい。お二人ともどのタイプをお探しで?」
「タイスです。二頭合わせて八十万フィル以内のはありますか?」
「二頭合わせてですかぁ、質としては中級になりますがそれでよろしいですか?」
「なんだっていいって、とりあえず陸地をいければ。な?」
「そうですね。見ても良いですか?」
どうぞ、と店主に案内されたのは店の外であった。そして隣の建物へ入るとそこにはタイスばかりがおかれていた。一頭づつ檻に入れられている。
「すごい数ですね」
ルイスは少しばかり感心した。
「まぁね、うちはピンからキリまで取り揃えてて誰にでも提供できるのが売りなんですよ。中級はこちらになります」
頭数が一番多いようでここからここ、と示された幅が長い。
「いいねぇ、選びたい放題♪」
サレオスは早速物色し始めた。ルイスは店主に質問する。
「他のお客さんはどうやって決めていきますか?」
「そうですねぇ、見た目とかフィーリングだと思いますよ。かわいい感じがいい人もいれば闘志むき出しのを選ぶ人もいます」
「そうですか」
「じゃあ俺はこいつ♪」
ルイスと店主の短いやり取りの間にサレオスはもう決めてしまった。それは全身赤のタイスだった。周りのものより一回り大きくどっしり構えた感じがする。
「早いですね」
「大切なのはカンだ。ルイスもこれ!と思うのがいたらさっさと決めろよ」
そうですか、とサレオスは置いといてルイスも物色し始めた。
カンと言われてもルイスにはどのタイスも同じにしか見えなかった。外見こそ違えどカンだのフィーリングだのはいまいち理解しがたい。そう考えていたのもつかの間、ルイスは一頭の白いタイスの前で足を止めた。
「あぁ、お客さん売主の私が言うのもなんですがソイツはやめた方がいいですよ」
店主がそう言いながらルイスの方へやってきた。
「何か問題でも?」
「それがコイツおとなしそうに見えてかなり凶暴でね、前の持ち主からタダでもいいから引き取ってくれっていわれたんですよ」
「そうなんですか……」
ルイスは白いタイスと目を合わせていた。
「おやっさん、俺のほう先に支払いしていいか?それに少し乗ってみたいんだけど」
「わかりました、じゃあ試乗はこの建物の裏が広い空き地になってますからそこに案内します」
ごゆっくり、と店主はルイスに言ってサレオスと建物を出て行った。
「……どう思う?」
「もし近距離で襲われでもしたらお命に危険が及びます」
突然の声に白いタイスはビクッと体を動かした。
「まぁその時はその時だね」
「ルイス様らしくないお言葉ですね」
「フェイが言ったんだよ、サレオスを見習えって」
「……たしかにそういう意味で申しましたが」
ルイスは檻に近づきかがみ込む。
「じゃあこれからよろしくね、問題児のタイス」
ニコッと微笑むと直ぐ立ち上がり店主達のいるところへと向かった。
「……ッ!」
「大丈夫かぁ?」
サレオスの心配しているのかいないのか微妙な声がルイスにかけられる。
例の空き地でルイスも試乗することにしたのだが、まだ一度も乗れずにいた。一方サレオスは相性がいいのかもう乗りこなしている。
「お客さん、やっぱりソイツは無理が……」
「いえ、絶対乗りこなします」
そう言ってまた白いタイスに近づいていき背中にヒョイと乗ったと同時にタイスが激しく動き回りまたしてもルイスの体は地面に叩きつけられた。これを繰り返してもう小1時間にもなる。まわりはすっかり暗くなってきた。
「今日はとりあえず諦めて宿に行こうぜ。おやっさん、また明日の朝くるからそれまでここにおいといて良いか?」
「はい、構いません。では明日お待ちしています」
納得のいかない表情をしたままのルイスを引きずって適当に安い宿を探しやっと夕食をとることが出来た。
「お前って結構強情だなぁ。他のにすれば良いだろ?」
食事をしながらサレオスが呆れ気味に言ってきた。
「あなたの言ったとおりカンで決めたんです。それに僕は一度自分で決めたことを途中で諦めるのはすごくキライなんです」
「はぁ〜、まぁがんばれよ。俺はダイゴローと一緒にたわむれてるから」
「ダイゴロー?」
「そ!俺のタイスの名前!かっこいいだろ?お前もさっさと名前決めろよ、そしたら少しは懐くかもしれないし」
じゃな、とさっさと食事を終えサレオスは部屋へ戻った。ルイスも食事を済ませて部屋へと戻っていった。そしてベッドの中でどうやってあのタイスを手なづけるかを思案しながら眠りについた。
「お客さん……」
「なんですか?」
「その、あの、」
「用がないなら話しかけないで下さい」
「は、はぁ……」
冷や汗を流している店主と血を流している黒髪の少年、ルイス。その光景をあくびをしながら眺めているサレオス。
「おやっさん、仕事してていいよ、コイツは俺が見てるから」
「そうですか、よろしくお願いします」
店主は心配しながら店の中へと戻っていった。
「なぁルイス〜名前決めた?」
「え?そんなの考えてません。タイスで十分です」
「お前マジ酷いぞ!なぁダイゴロー?」
隣に静かに座っていた自分のタイスの名前を呼ぶとダイゴローは軽くのどを鳴らした。
そんな和やかな一人と一頭を一瞥してルイスは白いタイスを睨んだ。
「なんで言うことを聞かないんですか。だいたい僕にこんなに傷を負わせて……ただで済むとでも……?」
「ダイゴロー……ルイスは独り言を言い始めたぞ。ちょっと怖いな。でもコミュニケーションをとってるなら良い傾向だな」
「サレオスさん、少し黙っててください」
「はぁ〜い」
それからお昼をまわりサレオスは店主と昼食をともにし、その間にもルイスと白いタイスの戦いは続いていた。いい加減サレオスも飽きてしまいルイスを一人残してダイゴローと散歩に出かけてしまった。
「はぁ……はぁ……」
朝から休みなしでいるルイスの息は上がっていた。まったくもっていう事をきかないこのタイスに一睨みし、少し休もうと腰をおろした。するとタイスが近づいてきたので、ルイスは慌てて身構えた。
「いい加減諦めろ」
「!?」
ルイスは目を丸くした。なんとタイスが喋ったのだ。
「なっ、ど、どういう……何者ですか?」
「わしが何者であろうとおぬしには関係のないこと。さっさと他のタイスを選びわしの前から立ち去れ」
「……」
「わしは主を選ぶ」
「……」
「おぬしのような青二才にわしはもったいない」
「では力ずくで僕のものになってもらいます」
ルイスの黒い瞳があやしい輝きを持った。と同時に霧がタイスを取り巻いた。
「ほう、幻惑の魔術か。しかしこんな子供だましわしにはきかぬ」
タイスはしっぽを一振りした。するとあっという間に霧が消えてしまった。
「そんな、これは……」
「ルイス様、彼は古代獣のようです」
突然の声だったがタイスは昨日のようにはビクつかなかった。
「古代獣?」
「はい、本来このようなところにいるなどありえませんが、言語を操り耐魔術の能力を持っているというのならそうとしか考えられません」
フェイの声を聞きながらルイスは古代獣というものと向き合う。するとその古代獣の口がルイスよりも先に開いた。
「そういうおぬしは人間に絶滅させられたはずの神族ではないか。一体何ゆえこんなものと共にいる?」
姿がみえないというのに古代獣はフェイの正体を言い当てた。ルイスは一瞬驚いたが、しかしそれよりもある事が気にかかった。
「人間に……絶滅させられた……?」
ルイスは動揺した。フェイが神族という部類のものであることは聞かされていたが、人間に絶滅させられた、などということは一切聞いていなかったのだ。
「……どういう事?なんで隠してたの?」
ルイスは不機嫌に聞いた。
「……お話する必要はないと思いました。それより今は目の前の古代獣です」
後でじっくりゆっくり聞いてやろうと考え、ルイスはとりあえず本題に戻った。
「で、どうして僕が主ではダメなんですか?」
「ではおぬしは利己主義者のものの言いなりになりたいと思うか?」
あっ、とルイスは唇を噛んだ。納得のいく理由だ。しかしここで引き下がるわけにはいかない。今目の前にいるこの古代獣はフェイやサレオス同様ルイスの欲しているものへの手がかりであり、道しるべ、つまり届くものへの足がかりであると感じたからだ。
「……幼い頃に形成された人格というものは修正しがたいものがあります」
「くだらん。都合よくいい訳を作っているにすぎぬ」
「その通りです。それをフェイに教えられ、今またあなたに教えられました」
「学習能力がないのか、それとも予想以上の自尊者か?」
「ですが、僕にはたった一つの救いがあります」
「ほう、言うてみよ」
「……『省吾』」
古代獣は目を細めた。数えるほどしか生きていない子どもが何を生意気なことを、と。
「仏の顔も三度まで、といいます。僕はまだこれで二回目です」
そして少し呆れてしまった。が、それと同時に少しばかり興味がわいた。
「極めて愚者に似ているものよ。わしに何を望む?」
「全てです。……この世の全てが欲しいんです」
「何?」
変に言葉をつないでも逆効果だと思い、ルイスは正直に話した。
「一つのように見えてそうでなく、多いように見えてそうではないもの。それは僕には届くものであり欲しているものです。けれどまだ掴めない。それを手にするにはまずあなたを手にしなければいけないと思いました」
そういえば遠い昔に似たことを聞いた覚えがある、と古代獣は靄のかかった記憶を引き出してみたが思い出せなかった。しかしそんなことはどうでも良かった。
「おもしろい。このわしをおぬしの欲のために利用しようというわけか」
「……」
「おぬしの欲しているものに興味などないがおぬしに興味がある」
「それは、つまり……?」
「人間を乗せるなど何年ぶりか。運が良いな、今のわしはすこぶる機嫌が良い」
ルイスは思わずガッツポーズをした。
「古代獣ねぇ〜」
ダイゴローに乗っているサレオスがまじまじと白いタイスを見ながら言った。
つい先ほど店を出てきたばかりだった。店主はルイスが笑顔で空き地から店へ入ってきたときはそれは驚いていた。遅いお昼を店主にご馳走になって、どうやってあのタイスを、という質問に適当に答えているときに散歩を終えたサレオス達が帰ってきたのだ。
「まさかダイゴローもか!?」
「そのものは違う。だが十分可能性はある」
どうやら古代獣というのは元々は存在しないらしい。
「仙人のようなものですね」
「なるほどねぇ〜。てかルイス、まさか古代獣と分かっても名前タイスのまま?」
ルイスはのん気にそういえば、と思い出した。
「じゃあ白い仙人だからハクセンっていうのは?」
「うっわ、相変わらずの愛情のないネーミング……」
「わしはかまわん。むしろなかなかではないか?」
「ですよね、サレオスさんのネーミングセンスの方が疑わしいですよ」
笑いながらルイスはハクセンを走らせた。
「な!ダイゴローのどこが悪いんだよ!?ちょ、待てよ!」
サレオスもダイゴローを走らせ、夜にはオーヴァルガンの玄関へと再び戻ったのであった。