生前
ずっと胃の奥底で何かが燻っているようで気分が良くない。布団に入っても、深部体温が下がらず、なかなか寝付けない。
症状は昨日や今日始まったわけではない。25になった辺りからだから、彼此丸2年の付き合いになる。その症状が、このところ一層悪化していた。
携帯の液晶を指で叩けば、『自律神経の乱れ』という答えが鋭い光と共に眼球に突き刺さる。知っている。寝付けない原因なんて、2年前から知っている。
毎朝7時に死体のように布団から這い出て、必要な量の炭水化物を摂取して、体と頭のエンジンをなんとか始動する。部屋を出たら徒歩30分の通勤で辛うじて最低限の運動をこなす。錆びついた心と体で8時半から、大体20時くらいまで、悲嘆するほどの激務ではないけれど心身に疲労を溜める。
仕事が終われば、また徒歩30分という最低限の運動で自宅に帰着し、風呂に入り、スーパーで買ったサラダと炒めた鶏肉を義務感で口に押し込む。そうして、また眠れない夜が始まる。
眠れないと様々な由なし事が脳裏に絡みつく。行き着く悩みはいつも決まって、これ以上なくありふれている。
「俺は何のために生きているのか」
思春期の少年少女から、きっと子育ての終わった定年手前の中年、果てはもしかすると老衰で死ぬ間際の老人まで、誰もを苦しめる問いだった。
最初にこの問いにぶち当たってから数年経った大学生の頃、俺はコイツを一笑に付すことができていた。
何をウジウジと考えているのだ、と。誰も意味など持って生まれるはずがない、人間はそんなに高尚な存在ではない、思い上がりも甚だしいと。
ただ、これまでの選択の数々を、その結果出来上がった俺という存在を、そして自覚的になぞると決めた俺という在り方を、それら全てを肯定できていればいい。俺が俺を誇れるなら、誇れるように生きてさえいれば、それが十分に生きる意味になると確信していた。
浅はかだった……とは言わない。この答えが間違っていたとも思わない。今でも思いたくない。
けれど、それを貫けるほど強い人間はそう多くなくて、そして俺はそんな少数派ではなかった。俺は、俺自身が誇れる生き方から逃げた、サボった。簡単な生き方に流れた。今の俺の生き方は既に伝えた通りだ。
いつからか惰性で生きている自分に辟易としていた。俺は、一度死ねば二度と生まれないこの人生において、その時間を既に27年食い潰した。そのうち何年に意味があって、そのうち何年を無為に過ごしたのだろう。
自らを削り出すような思いをしてまで何かを追いかけることもない。情動を、能力を、自分にまつわる全てを使い果たすことがないまま人生が終わる。
薄らと、そんな事実に恐怖を感じ始め、腹の奥底で焦りが内臓を焦がすようになり……。然りとて、何か行動を変えるわけでもない。
眠れないと、様々な思考と感情に縛られる。思考と感情に縛られているから眠れない。そんな日々を2年ほど過ごしていた。
逃げ出せない日々、その真ん中であるはずの本日今日この日。仕事はいつもより早い19時に終わり、やや強くなり出した雨足に急かされるように、俺は帰路を急ぐ。誰が待つでもない部屋に急ぐ。
この街ではなかなか雨が降らない。日本海に面した俺の故郷はいつも曇天で、毎週のようにしとしと雨が降っていた。しかし、この街の雨は、たまにしか降らない代わりに一度降り出すと大抵土砂降りになる。だから急ぐのだ。
所狭しと張り巡らされた十字路の連続を、慣れた足取りで進む。狭隘で、似た景色が連続する道のりだが、毎日迷わず同じ道を行き帰る。ここ数年ずっとそうだ。
耳元で鳴り響くロックナンバーが雨音も足音もかき消している。たまにしか降らない雨なんだから、こんな時ぐらいイヤホンを外して、外の世界の風情というやつを味わうべきなのだろうか。
イヤホンを外す気にはならず、その代わり何の気なしに視線を左右に揺らしてみる。見えるのは変わり映えしないアスファルトと背の低いビルばかり。
ふと、視界に小さな白と赤の花が飛び込んでくる。大雨を避けるように軒先に置かれた植木鉢。その花には妙に見覚えがある。
近づいてみて、その正体に思い至った。それはベゴニアの花だった。小学生の頃、これを鉢植えして、近所の老人に届けるイベントがあった。だから記憶に残っていた。
取り留めのない思考が、今度は顔も思い出せない故郷の老人という概念に接続する。
俺の記憶では彼らは大抵幸せそうに笑っていたように思う。穏やかで、満ち足りていて、故郷は曇天ばかりだというのに、あの町の老人の表情はいつも晴れやかだった、気がする。
それはきっと、俺が子どもだったからで、彼らが子供に優しい“地域のおじいちゃん、おばあちゃん”だったからだろう。
俺はあんな老人になれるだろうか。あんな風に満ち足りた顔をできるだろうか。
もっと言えば、俺の親父なんかはどうだろうか。40年近く毎日、このくだらない大人という日々を過ごし、今日までやってきた親父は、あんな風に笑えるのだろうか。
親父は俺たちに苦労を見せることはそれほどない。が、仕事を楽しんでいないことは嫌でも伝わっている。
もし、親父が今の俺と同じ気持ちで生きてきたのだとしたら……。考えるとゾッとする。親父の人生も、俺と同じで無意味だなんて言いたいわけじゃない。ただ、傲慢な憐れみを抱いたことは事実だった。
故郷の老人の多くは、目的のために自分を削り出すように生きてきたわけじゃない。きっと親父だってそうだ。
もし、故郷の人々が晴れやかな笑顔の下で、親父が眉間の皺の奥で、今の俺と同じような気持ちで生きて、そして死んでいくのだとしたら。人間は薄皮一枚剥げば、全員こんな絶望に満ちているのだとしたら。これほどに恐ろしい想像はなかった。この世界にあったはずの希望を全て奪われる心持ちであった。
「生きなきゃ……。早く生きなきゃ、俺は死んでしまう」
心の奥底から漏れた言葉は、強くなった雨音と軽快なロックナンバーに消され、誰にも、俺にも届くことはなかった。
そんな音を引き連れ、次の十字路の真ん中に差し掛かった。その瞬間だった。
「え……?」
左目の視界が奪われる。強烈な光だ。反射的に首をそちらに向けて、ようやく気づく。それは車のヘッドライトだった。
一方通行の路地を走ってきた車がこちらに向かってきていた。その速度はどう見ても、俺にぶつかるまでに止まるとは思えない。
瞬間、景色がスローモーションになる。
(ボーッとしてたから気づくのが……!)
(てか、こんな狭い路地でそんなに飛ばすなよ!!)
(雨で俺に気づくのが遅れた?)
(ブレーキも雨で効きが……!?)
急速に回り始めた思考回路は、悪態をつくばかりで、解決策を示してはくれない。
「ヤバッ!!!」
ようやく、思考に追いついた肉体はそんな意味のない言葉を吐くだけで、そのコンマ数秒後に逃亡の一歩を踏み出すのがやっとだった。
当然、間に合うはずがなく、来るべき瞬間が来る。高速で移動する鉄の塊が腰部に激突する。筋肉の薄い鎧を難なく裂き、骨まで容易く粉砕する衝撃。その痛みを知覚する間もなく、次の衝撃が来る。
背中に強烈な痛み。回転する視界と混乱する頭で、自分がボンネットに叩きつけられたのだと辛うじて把握する。
その後のことは分からない。数回強い衝撃を感じた後、気づけば右頬に冷たい感触。ぼやけた視界は暗色ばかりで何が何やら判別できないが、恐らく右半分を占めているのがアスファルトだろう。
視界が、痛覚が、思考が、全て乱れる中、突如としてその混沌から抜け出した感情が一つ生まれる。グチャグチャになった五感と思考を他人事のように側から眺めた俺の心はこう呟いていた。
(これで……終わり?こんな呆気なく?)
それは消化不良にも似た感情だった。自分の中に燃え残った、いや着火すらせずに残った何かがある。その存在を感じる。
(だって俺は……俺はまだ)
そいつは胸の奥に、ズシリと重たく鎮座している。そいつを残したまま、俺という存在が終わるこということは。終わってしまうということは……。それはつまり。
(俺はまだ、生きてすらいない……!!)
俺という存在は生きることすらなく、終わりを迎える。そういうことに他ならない。
そうと自覚した瞬間湧き上がって来たのは、未だかつて感じたことのない、強い衝動。これまでと比べものにならないほどの熱さで、胸の奥を激しく焦がす。
しかし、世界は、俺の体は、湧き上がる衝動に応えることはなかった。燃え盛る激情は、俺の指一つすら動かすことはなかった。
(なんで……どうして……!!)
やりきれない、終われない、そんな悔恨の念と妄執が今にも心臓を貫こうとしている。が、それも長くは続かなかった。
意識は激痛に飲み込まれ、更に数秒の後、完全に混濁し、そして途絶えた……のだと思う。




