第3-2話:出立
そうして、俺達は群衆に見守られながら東豊学園を出た。
除雪がある程度されているとはいえ、再氷結した地面は馬にとっても悪路だ。
もしその道中に落馬などして、それを誰かに見られてしまっていては。
身体と共に威厳が文字通り地に落ちるだろう。
そう思うだけで、無意識に手綱を握る力が強くなる。
集団の駆る馬は俺と橘の乗る二頭。
続くは書記が一人と、武装した護衛が八人。
俺達以外は、皆が自転車を引きながらの行進だ。
旧自衛隊の小銃で武装させているとはいえ、護衛八人というのは些か不安だ。
だが、あまり大人数を引き連れて帝国を警戒させるわけにもいくまい。
それよりも護衛の中に見たところ十四や十五ほどの少年が二人ほど混じっていることの方が気がかりだ。
体躯もまだまだ小柄で、その背に背負う小銃すら大きく見える。
東豊の自警団は完全な志願制を敷いているため、彼らにとっては望んだ仕事なのは確かだ。
実際、彼らの表情には「嫌々やらされている」というものはなく、むしろこれから赴く先を知っているだけに、緊張に満ちている。
とはいえ、彼らに銃を持たせねばならない差し迫った状態に胸が締め付けられる。
加えて、本当ならば彼らも馬に乗せてやりたいところだが……。
草を食べていれば維持できるという想像に反し、馬という生き物は案外維持費が嵩む。
一日維持するだけで三十メートル四方の牧草地が、牧草をローテーションさせようと思ったら百メートル四方の牧草地が必要になる。
これは俺が輸送部門……物資収集から帰った後に圭介から配属された部署で知ったことだ。
それだけでなく、冬の間は牧草は雪の下。
備蓄された牧草や病気になり刈り取った麦、湿気ってダメになった旧文明の備蓄穀物などでなんとか維持している現状。
現に、二百頭以上いたところを、維持が無理だと悟り半数近くを冬の前に屠畜したほどだ。
そのため、馬というのは非常に維持が重い。
ならば金食い虫を、明日を食いつなぐ肉へと変えてしまいたいところだが、そういうわけにもいかない。
馬には馬にしかできない役割が多く、また「威厳」の問題から馬を乗り物として使わねばならない場合もある。
もちろん、車も論外だ。
ガソリンは牧草と比較にもならないほどの立派な資源、それを無駄遣いするわけにはいかない。
更にそれが民衆に知れたら「自分だけ旧文明の生活を享受する愚かなリーダー」の烙印を押されて終わりだ。
大げさな例えかもしれないが、かつてテレビの向こうで見ていた日本の首相が、ボロいチャリや金ぴかな高級車を乗り回し東京を徘徊していたら。
人にもよるだろうが、大抵の人間はどちらにも悪いイメージを抱く。
この手のものは塩梅が大事であり、さっきの首相の例えならば質素な黒塗りの国産自動車を乗り回す。
それぐらいの、丁度よい塩梅というのがこの立場には求められる。
もっとも、その首相もシステムごと「消失」により消え去ったのだが……。
とはいえ、消失後の世界における「質素な黒塗りの国産自動車」の立場にあたるのが「馬」である、というわけである。
そして愛馬こひばりは、俺が圭介から輸送部門の部長へ就任する際に渡された牝馬だ。
旧文明の時代は、東豊の近くにある乗馬クラブの牧場で飼われていたものらしい。
……当の圭介本人は、さっきの「威厳」の話をまるっきり無視して自転車を乗り回していたのだが。
最初はリーダーたるもの威厳が無くてどうする、と叱ったが途中から諦めた。
あれもあれで圭介らしい一面なのだろう。
「ところで藤原……人、かなり増えたな」
「人?」
よそ事を考えていると、橘が藪から棒に話しかけてくる。
「西部連合の解体に帝国侵略対策を巡った外交……俺は、一月からまともに東豊へ帰れてなかったからな」
「ああ、そういうことか」
橘は、その役職上東豊へ帰れないことが多い。
春が近付き、皆が忙しくなっていることもあるからか。
橘には、この冬の間に数百人増えた東豊の人口が、余計に多く見えたのだろう。
「お前が居ない間に五百人以上は人口が増えて、今は四千人を数えるようになった。もう学園って名称が窮屈になってきたぐらいだ」
「……そして帝国の侵略で二百人以上が死んでしまった、と」
「……」
橘は前方の雪景色を見据えたまま、淡々とそう述べる。
事実、事実なのだが。
その言い方だと、かなり嫌味っぽく聞こえるというか。
「すまんが、今はまだ、葬式すら終えられていない遺族も多い。もうちょっとこう、言い方ってもんが――」
「ちげえよ、これから俺達は仲間を二百人も三百人もぶっ殺したやつの頭に会いに行くってのを刻んどけって言ってんだ」
橘はそう口にしながら、こちらへ眼光を飛ばしてくる。
その目線は鋭く、しかし責め立ててはいない。
責め立てるというよりも、何かを訴えかけるような。
そんな意図を汲み取れた。
「俺の元にゃあな、東豊だけじゃなく中央区や豊平の悲鳴も届く。帝国は東豊だけじゃねえ。札幌そのものを弄んでんだ」
「だからその覚悟を持って臨め、と……」
「そうだ」
……そうか。
こいつなりに、俺へ活を入れてくれたつもりだったのか。
大丈夫だ。
もちろん、その自覚はある。
「大丈夫だ、約束する。もう帝国にこれ以上俺達の仲間を殺させることも、奴隷にさせることもないってな」
「ハハハ、お前ならそう言ってくれるって信じてたぜ」
橘はこちらへ目をやり、口角を上げながら笑いかけた。
それはいつもの軽薄な笑いなんかじゃなく、確かな〝仲間〟へと向けられた不器用な激励。
……陰気そうな見た目に反して、情に熱く他人の意思を汲み取れる男なのだ。
情に熱くも無ければ、人付き合いの究極系とも言える外交にも手を伸ばせないのだろう。
除雪された路面の薄氷を蹄鉄が砕き、自転車のチェーンの音。
その二つの音だけが、静まり返った雪景色の住宅街にリズムよく響く。
足取りは重く、しかし確かなもの。
自らだけでなく、委員会そのものの運命を背負って。
俺達は、帝国との首脳会談の地へと旅立った。




